賑やかな祭りに出かけるよりも、一人で音楽を聴きながら酒を飲んでいる方が好き、つまり、賑やかなことよりも静けさを私は愛している。なので、カラオケスナックなどで歌をがなりたてる人がいると、「煩い!静かにしろ!」と怒鳴りたくなる。もっとも、煩いのが嫌いならカラオケスナックなどに行かなければ良いのだ。煩いと知っていながら行く方が悪い。よって、実際に怒鳴ることはないし、そんな場所へは滅多に行かない。
子供の頃、私は家の中でしょっちゅう怒鳴っていた。母も怒鳴っていたし、父も怒鳴っていた。私がこの世で一番嫌いだと思っている勉強を、母と父が押し付けてくるので、お互いに怒鳴り合っていたのだ。大人になってからは、父母と怒鳴り合ったことは無い。そして、ここ20年ほどは、家の中で怒鳴ったことは無い。怒鳴る相手がいないのだ。
怒鳴る相手はいないが、テレビのニュースを観て、腹の立つことはある。火曜日、総理の「県外移設断念」ニュースには腹を立てた。でも、そんな時も怒鳴りはしない。が、その同じ日、姉からの電話にはつい怒鳴ってしまった。大声では無く、低い声で。
「葬式の時に邪魔だから介護ベッドを明日にでも返して。」
「重いし、トラックを手配しなければならないし、力の強い助っ人が必要だし、明日なんて無理だぜ。傍に寄せておけばいいじゃないか。」
「あんなのがあったら、来た客が不便じゃない、何とかしてよ。」
「寄せておけば大丈夫だろ?とにかく、運ぶのはすぐには無理。」
「何とかならないの!あんたが持ってきたんでしょ!」
といった押し問答が数回続いて、温厚な私もついに切れて、
「できないと言ってるだろ!」と低い声で怒鳴ったのであった。
それから2時間ほども経って、今度は従姉から電話があった。すごく腹が立って、気持ちが収まらないから電話したとのこと。姉から従姉に「邪魔になっているからベッドを引き取るように」との電話があったらしい。介護ベッドを家に入れたのは従姉の助言があったからだが、姉はそれを知って、従姉にそのような電話をしたのだろう。
父の具合が悪くなってから従姉は父のために大いに動いた。最初に父を病院に連れて行ったのは彼女。その後も世話を見、おむつを取り換えたりもしてくれ、「妹の家に上等の介護ベッドがあるから、それを持ってきたら。」と助言した。介護ベッドは、少なくとも父が元気になるまでは必要だし、寝たきり状態になったらずっと必要になるものだ。
私は同僚に頼んでトラックを出して貰い、彼と二人で介護ベッドを運んだ。介護ベッドは肉体的に衰えているオジサン二人には重かった。それでも、何とか運んだ。運んでくれたお礼に、同僚を飲みに誘ったが、「いや、今日はもう疲れた。」と彼は断った。
酒の好きな同僚が、酒を断るほどの難儀をして運んだベッドだ、「邪魔だからすぐに元の家に帰して」と言われたら、私は腹が立つ。父のことを思って助言したことが、「余計な事をして」みたいに言われたら、従姉だって大いに腹が立つ。
葬式に来る客は父のために線香を立てに来るのだ。父のための介護ベッドがあって、それが多少歩く邪魔になったとしても、誰も文句は言うまい。姉は、誰のための葬式かを勘違いしているに違いない。それよりも何よりも、父はまだ死んでいない。
記:2010.5.7 島乃ガジ丸