「ガソリンが値上がりしてるんだって。」と、突然マナが言う。
「何の話だ、急に。・・・あっ、そうか、オートバイの話か。」(ケダ)
「そう、昨日、ジラースーに持ってきてもらったんだけどね、ガソリン。」
「ふーん、石油の生産が不足してるのかなあ。」(私)
「埋蔵量はまだ十分あると思うんだがな。」(ケダ)
「十分って、あと何百年も持つってこと。」
「さあ、よく分らんが、それほどは無いと思うぜ。今のように湯水のごとく使っていたら、百年も持たないと思うぜ。人間もマジムン暦に従えばいいんだ。」(ケダ)
「マジムン暦に従うって、どういうこと?」
マジムン暦についてはケダマンが週刊ケダマンで、マジムンたちが多く住む異次元の世界の暦では13月まであるという話をしている。その補足を少し。
その世界の暦は私達マジムンには馴染み深いもので、人間が使う太陽暦や太陰暦より合理的であると私は思う。人間が使う別の暦、二十四節季に近い。冬至の10日後を1月1日としているが、それは人間の暦に多少合わせたもの。それから28日を1ヵ月として、春分が3月26日頃、夏至が7月5日頃、秋分が10月14日頃、冬至が13月20日頃となる。春分、夏至、秋分、冬至は太陽を観察すればその日が正確に分る。太陽の出ている時間が長いか短いかは多くのマジムンにとって生活のリズムを形成するのに大きく影響する。よって、13月まであるその暦はマジムンにとって便利なのである。
マジムン暦に従うってことは、太陽の運行に合わせて生きるってことで、まあ、早い話が明るいうちは起きて働いて、暗くなったら寝るということになる。
というようなことをマナに説明していたら、マナの隣で、椅子に腰掛け、それまで黙って我々の話を聞いていたウフオバーが口を開いた。
「人間もね、本当は日の出と共に起きて、暗くなったら寝るというのが自然かもしれないねぇ。それが自然の摂理に合っているかもしれないねぇ。」と言う。
「そうすると、電気をあまり使わないで済むね。資源の節約だね。」とマナが納得顔で応える。ちょうどその時、ドアが開いてシバイサー博士が入ってきた。外はもう暗くなりかけている。週末のこんな時間に博士がユクレー屋にやってくるのは珍しい。
博士はのそのそとカウンターに近付きながら、
「おー、マナ、資源の節約って全くピッタシカンカンのセリフだ。」と言って、ビールを注文し、ドカッと椅子に腰掛けて、オバーに声をかける。
「オバー、良いもん発明したぞ。資源の節約になる発明だ。」と言って、博士は懐から黒い塊を出した。何か鰹節に似ている。
「何か、鰹節みたいですが、何なんですかそれ?」(私)
「うん、おっしゃる通り鰹節である。が、ただの鰹節では無い。」
「いくらぐらいするんだ?」(ケダ)
「そういう意味のただでは無い。タダモノじゃないってことだ。これは、削らなくて済む鰹節だ。このままお湯の中に入れて、少し経てば出汁が取れるっていう鰹節だ。」
「そのまま煮るって、そしたら鰹節が煮えて、後、使えなくなるじゃない。」(マナ)
「これは特殊な合成樹脂で出来ていて、煮ても煮えない。だから、ニララン節というんだ。内部に鰹節のエキスがたっぷり含まれていて、煮るとそのエキスが染み出てくる。ボタンが3つ、お吸い物、味噌汁、煮物とあって、それらに合った出汁が出ると自動的にエキスを出すのを止める。どうだ、優れモンだろ?カッ、カッ、カッ。」と博士は、発明品を発表する時はたいていそうなのだが、胸を張って高笑いした。
「歌も作ったぞ。」と、さらに続ける。「前に作った『ねたらん節』が好評で、その2番の歌詞も同時に作ったもんだから、『ニララン節』の歌詞とごちゃ混ぜになって、どれが何やら訳が分らなくなってしまったがな、どっちも傑作だ。」
『ねたらん節』がどこで好評だったのか、2番の歌詞を誰が要望したのか、それが傑作なのかどうか、などについて疑問は大いにあったのだが、
「博士、それは確かに良い発明ですね。」と私は、一先ず褒めておいた。が、ウフオバーに反応が無い。カウンターの中の椅子に腰掛けたままニコニコ笑っているだけだ。今回の発明品にもまた、何か欠陥があるのかもと私は直感した。すると、マナが、
「それってさあ、本物の鰹節から鰹エキスを取るんでしょ?だったら資源の節約にはならないじゃない。普通の市販のカツオ出汁パックと同じじゃない。それにさあ、その大きさだと保存が面倒だしさ、何度も使うのは不衛生だしさ、パックの方がずっといいよ。」と言う。ウフオバーが大きく肯いた。博士の顔から笑いが消えた。