折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

『異色のキャラクター』を活写~浅田次郎著『一刀斎夢録』

2011-01-28 | 読書
激動の幕末から明治維新にかけ、鳥羽伏見、戊辰戦争、西南戦争を戦い、70過ぎまで生きた新撰組助勤三番隊長・斎藤 一(さいとうはじめ)が、若き近衛師団の剣の遣い手・梶原中尉に過ぎし日を一夜の夢と見立てて、七夜にわたり語って聞かせるという設定の物語である。


浅田次郎著『一刀斎夢録(上・下)』(文芸春秋)


この『一人語り』と言う書き方は、著者が得意とする手法の一つだが、今回も語り口のうまさは格別で、新撰組随一の偏屈者、気難しがり屋、冷酷非情の男と言われた斎藤 一と言う人物の虚像と実像を、さまざまなエピソードを通して浮き彫りにしていく書きっぷりは、まさに『浅田マジック』、『浅田ワールド』と言えるのではないだろうか。

以下は、読み終っての感想である。

1・本のタイトル『一刀斎夢録』の『一刀斎』、読む前は、あの剣聖・伊藤一刀斎をイメージしていたのだが、何と斎藤 一を後ろから読ませて、一刀斎。これを本文中、本人の斎藤 一の口から言わしめているところが、何とも軽妙洒脱。

2・剣の道、特に『居合』に関する著者の蘊蓄には敬服。居合を稽古している者として大変興味深かった。
また、沖田総司を引き合いに出して、天才とは何かを語る場面は秀逸。(1月24日ブログ「天才とは~竜王VS名人の激闘を追うドキュメンタリー」でその部分を引用。)

3・斎藤 一と言う人物の目から見た、近藤勇、土方歳三、沖田総司、芹沢鴨、永倉新八、吉村貫一郎と言ったおなじみの新撰組の面々のほか、林信太郎、久米部正親、市村鉄之助といった余り知らなかった隊員のエピソードが実に新鮮で、生き生きと描かれていた。(特に、市村鉄之助をめぐるエピソードは、本作品の骨格の一部をなしていて、読み応え十分。)
そして、偏屈男の皮肉な物言いの中に、仲間たちへの情愛がそこはかとなく感じられて、実は斎藤 一と言う男の中には、熱い血が通っていたのだということが良くわかるエピソードである。

4・西南戦争は、日本の近代化を早期に成し遂げるべく、西郷と大久保が仕組んだ『大芝居』という西南戦争に関する考察。(①不平士族をどうするか ②徴兵令によってかき集めた百姓ばかりの軍隊をどうするか。この二つの難題を一挙に解決するには、西郷が反乱、討伐されることによって、不平士族らに武力に訴えることの愚かさを知らしめ、百姓ばかりの軍隊がこの実践、大演習を通して、真の国軍へ変貌していく端緒とする。)

新撰組の中で一際異彩を放つ斎藤 一という人物を見事に活写し、新撰組三部作(「壬生義士伝」、「輪違屋糸里」、「一刀斎夢録」)を締めくくるに相応しい作品であると同時に、斎藤 一を通して、著者の幕末、明治と言う時代に対する歴史観がつまびらかにされていて、興味が尽きない。