好景気だと言われても、実感がなく、それほど変わらない事態があったり、マスコミや経済評論家のいうところの実状など、庶民には無縁のことだと思っていた。
金で金を増やすだけで、生活の質が変わらなければ、これはあまり意味がない。しかし、長い目でみれば、永年乗ってきた近くの私鉄やバスなど、そして、ショッピングモールなどを利用するとき、過去と比較して、機能的に、設備的に、まったく違う世界がそこにある。ものすごい進歩がある。
現に、情報分野でも、このようにして、駄文を一個人として、出すことができ、それをどこからでも、読むことができるのだから、これはものすごい状況の変化である。
自分の意見を吐くのに、新聞記者にならなくともよいのだし、ましてや、組織からの余計な干渉を受けることもない。質的に、十分でないから、情報のゴミを撒き散らすだけかもしれないが、それは、仕方がないことで、まあ、多様性の補完とでも考えておくことにしよう。
件名のことであるが、経済状況をみる指標が、人口減少社会にあって、どう考えるかが、抜け落ちていて、問題になっているらしい。指標の捉え方に誤りがあれば、当然対処方法も変わる。
そのことに気づいている人がでてきている。ということは、正しい対処できる道に一歩近づいているということかもしれない。