ラムの大通り

愛猫フォーンを相手に映画のお話。
主に劇場公開前の新作映画についておしゃべりしています。

『一枚のハガキ』

2011-06-08 22:49:44 | 新作映画

「先日、ある大先輩の方が、
『監督も歳とるとつまらなくなるね。
最後までオモシロかったのはルイス・ブニュエルくらいだ』と、
そうおっしゃっていたんだけど、
日本にもそれと同じくらいバイタリティあふれる監督が、
それもなんと現役でいる」

----それが、この新藤兼人ってわけだね。
「うん。彼がこの『一枚のハガキ』を撮ったとき、なんと98歳。
自ら『映画人生最後の作品』と語るだけあって、
その想いが隅々まで込められた作品となっている」

----その想いって?
「それは『戦争はやってはいけない』という、
この力強い一言。
ここに描かれているのは、
一家の中心であった夫が死んだことで、
その家族みんなが人生を狂わされていくという悲惨な現実。
ということで物語を要約。
戦争末期。中年兵として徴集された松山啓太(豊川悦司)。
彼は、仲間の兵士・森川定造(六平直政)から
『今日はお祭りですが あなたがいらっしゃらないので
何の風情もありません 友子』と記された一枚のハガキを託される。
終戦後、彼は
そのハガキの送り手である兵士の妻・友子(大竹しのぶ)を訪ねるが…。
と、ストーリーはこの程度でいいだろう。
ある意味、これまでにもよく語られた話でもあるからね。
ただ、それらに比べてもなお、
この映画が強い力を発揮しているのは、
これが監督の実体験に基づいていること」

----へぇ~っ。どういうところが?
「実は、この啓太が生き延びたのは、
上司によってひかれたクジのおかげ。
彼を含む6名だけが
たび重なるクジによってもなお戦地に行かず
予科練の宿舎掃除など国内での仕事を担当。
そのひとりが、新藤兼人監督だった…と、こういうことなんだ」

----それは、複雑だよね。
「うん。
それだけに、この映画において、監督は抑制などと言う手法はとらない。
それぞれの心の内を、叫ぶように互いにぶつけ合う。
この激しさは増村保造以来、
とんとお目にかかっていなかった気がする」

----それが、さっき話していたバイタリティ?
「いや、それだけじゃない。
前作『石内尋常高等小学校 花は散れども』あたりから見られた、
ちょっと間違えば滑稽になってしまうほどの
誇張した戯画的表現。
一般的な意味合いでのリアリズムからは考えられない
演者たちによる大げさな(?)反応。
ここが最大の見どころ。
夜這いは、頬かむり姿で行われ、
ケンカによる殴り合いは、これまた段取り的に進んでいく。
それでいて、戦時中を写すキャメラはフィックス。
戦後になってようやく少しだけ移動撮影を見せるなど、
様式的なこだわりをも見せる」

----それって
自由が少し社会に入ってきたことを意味しているのかもよ。
「だと思うよ。
で、それら独自の表現の集合体としてできあがったこの映画は、
結果的に、どこを切り取っても“新藤兼人”印。
とりわけ、啓太と友子が水を運ぶシーンでは
『裸の島』を思い出さずにはいられなかった。
ただ、あの映画が無声。
こちらが多弁の違いはあるけど…」

----やはり、監督最後の作品。
大きな声で主張せずにはいられなかったんだと思うニャ。



                    (byえいwithフォーン)

フォーンの一言「監督は、反核映画もたくさん作っているんだよニャ」ぼくも観たい

※今度の福島第一原発事故。監督の言葉が伺いたい度

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