ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

若かりし頃の九州旅行5

2018年06月23日 20時42分59秒 | 最近の出来事

電話の上で流れていた放送は、
新しいジュースの宣伝でした。

その飲み物がヤクルトジョアでした。



「新しいヨーグルトジュースの試飲会です。
出口のところで配ってまあす」
という宣伝でした。

「それにしてもあんなときに
放送を流さなくても」と
大笑いでしたねえ。

あの時飲んだジョアの味は
忘れられないですねえ。

なかなか着替えもしっかりしてないし、
温泉地で温泉にも入らず、
しょうゆのにおいのする
リュックを背負って旅する我々は、
もういわばアメリカの
ヒッピー見たいやなあと、
わけのわからん感想を
交わしあったりしていたのでした。

世間にははためいわくな
旅行者だったのでしょうねえ。

そしてこの日は九州で
最後の宿泊となる予定でした。

行先は、メンバーの一人の
親の実家がある熊本の八代です。

指宿にいったのに開聞岳なども
見ることもなく、
またまた鹿児島経由で
JRにゆられて列車旅行を
楽しみながら向かう
われわれだったのでした。

でもねえ、この辺りまで来ると
旅につかれていて
もうあまり記憶がありません。

最後の九州の景色を楽しみながら、
列車に揺られゆられて
旅する我々だったのでしょう。

八代の駅に来ると、
ちょうど駅前に大きな
工場がありました。

製紙工場だったと記憶していますが、
ちょっとわかりません。

その工場から漂ってくるにおいは
強烈でしたねえ。
もう頭が痛くなるほど強烈なにおい。

日本の公害対策の始まった
初期の頃だったと思います。

そこから実家まで車で送ってもらい、
あったかい風呂に入り
幸せな時間を過ごしました。

その時にみんなで見ていた
「木枯らし紋次郎」がとても素晴らしく、
大阪に帰ってからも
九州の思い出をたどりつつ、
毎週観賞していたのを思い出します。

あったかい家庭であったかい料理、
いやあとても楽しい
「お・も・て・な・し」でしたねえ。

翌日は阿蘇を観光に連れて行ってもらい、
いい時間を過ごしました。

外輪山の様子を詳しく説明してもらい、
「う~ん、すばらしい地理の時間やったなあ」
とかいいながら帰りましたねえ。

その帰りも、多分熊本の駅から
夜行列車にのりました。

もちろん寝台ではなく普通車でした。

高校一年から二年にかけての春休み。
ビールの味も知り、
新婚さんのすごい様子も知り、
大人になってかえったすごい旅行でした。

家に帰ったら、
あんなわけのわからん電話もろて
心配したで~
ヤクルトジョアで元気みたいで
わけわからんかったわ、だって。

この時の三人も年賀状は
交わしているのですが、
長いこと姿を見ていません。

一人は中国人と結婚し
子どもも二人いたかなあ。

もう一人も子ども二人
楽しく過ごしていると思います。

あのえびのの夜で
「あんたら心配いらんよ。子供出来るよ」
というおっちゃんの予感は
正しかったということですなあ。

いやあ、もうすぐのdoironとこのように、
孫に囲まれて
いるかもしれません。

機会があれば久しぶりに会って、
あの時言った旅行のコースを
こんどは大人の旅で回りたいなあ。

彼らとは、夏には能登半島にも
むちゃくちゃ旅をしたなあ。

大切な、大切な、昔の旅の思い出を
書いたらとても楽しかったです。

読んでくれてありがとうございました。

この春に首Dさん、T本さんの
我々はよく似たコースを
旅行しました。

明日からはその旅行の話を書きましょう。

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さて、明日は第2段の絵画展開催です。
なんとまあ、事前にこんな花が



いやあ、まったくこの絵画展には
高給すぎますが
ありがたく、ありがたく
頂戴しておきましょう。
ありがとうございます。

明日待ってるからねえ~