ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

すっ富田林 1

2015年12月07日 20時30分10秒 | ウォーキング

さあて、今回の街歩きは「富田林」です。

以前からこの市には「寺町」という場所があって、
一度は行ってみたいと思っていた場所です。



そう、こんな塔のある場所ですね

なんでも、以前の職場の知り合いが
熱心に街づくりをされていたようです。
え~っとその人の名前は・・・ん?
あれは誰だったかなあ?
といろいろと考えてみるのですが、
名前がやはり思い浮かびません。
加えてまあ、脳こうそくの頭には
その記憶の復元はやはり無理ぽいので、
もういろいろと思い出そうとすることは
やめておきます。へへ

で、そこへ行こうと前から考えていたのですが、
どうも距離的にもそんな大したことは
ないのではないかと思っていました。

なので今回は、
たまたま地図を見ているときに
ふと思いついたように、
富田林市寺内町から
滝谷不動までの道があることを知り、
それを歩いてみようと行くことにしたのです。

まずは、出発地である近鉄の富田林駅まで
車でビューンです。



この駅には、現役で仕事をしていたころには
よく行きました。

金剛山や葛城山に行くバスなども
この駅から出ています。

駅前のコスパの横にある駐車場に車を止めて、
さあナビをセットして歩き始めましょう。

まずは、駅の北側で昔の町長が作った
モニュメントを眺めつつ、



屋外にあったトイレにもよって出発です。

この駅の南側に移るために、
こうして作られてある踏切を渡ります。



まあ、そもそも田舎の駅ですから、
行内にたくさんの人が
いてるわけでもありません。

線路を超えて、駅の南側に出ました。



やはりこの駅はこの南側が見どころですね。

たくさんのバスや、
タクシーの姿が早くからあります。

もう金剛山は雪が積もっているのかなあ。
今日みたいな天気の良い日だと、
結構大勢の人が山に向かっているのでしょう。

でもdoironは今日は山ではなく街歩きです。

駅前の観光案内図を
見て回りますと、ありました。
これが寺内町の案内看板です。



そう、そして駅前広場の地面にも
こんな表示がありました。



駅前の国道を渡ると、
すぐのところにこんな案内所があります。



おお~、寄ってみようと思ったら、
まだ早すぎて開いておりませんでした。
仕方ありません。
その施設の前を通るこの道を進んでいきながら、
寺内町へと向かっていきましょう。

で、その寺内町なんですが、
なぜそんな名前なんでしょう。

そう、こういわれる地域というのは
寺院を核として発達した町で、
施設の周りを濠や土塁で囲み、
外敵の侵入をふさいだ自治都市であることから
つけられたのです。

ここ富田林の寺内町が形成されたのは、
もういまから400年も前のころで、
どんどん発達した江戸時代には
商業も発展したという町です。

町内は、南北6筋、東西7町の道路で
整然と区画されています。

現地でいただいた地図には、
それらの道をくねくねと回る道が書かれており、
いまでも街のあちこちに
昔の風情が残っているからと、
歩く人々は一度はやってくる
という場所になっています。

また、この場所は東高野街道、
富田林街道などが交わる交通の要衝でもあり、
おおくの商売が発達していったようです。

この日もそこへ向かって歩いていると、
まず本町公園という場所に差しかかります。



まあ、この公園は駅からの来るときの公園として、
いろんな整備がされています。

これが、富田林市が建てた看板。



もちろん寺内町の案内看板もあります。



ここでまず目を引いたのが、
この寺内町に生まれ、
いろいろと文芸作品を残した
「石上露子」のことが書かれてありました。



まあ、家庭的にはいろんな問題があり、
なかなかたくさんの作品を
残したわけではなかったのですが、
それでもまあ一つの文才として、
今も親しまれてはいる人です。

どれどれと進んでいきましょう。