投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年 7月10日(水)11時03分25秒
「かつて與那覇潤は、歴史学で網野善彦を誤読していないのは、東島誠と桜井英治だけだ(つまり與那覇を含め三人だけだ)と指摘した」に付された注(2)に「同様の指摘として」安冨歩の「無縁・マツコ・オタク」が「参照」されているので、安冨も「歴史学で網野善彦を誤読していないのは、東島誠と桜井英治だけだ」と評価しているのかと思ったら、ちょっと違うようですね。
安冨の論文、というかエッセイが掲載されている『現代思想2015年2月臨時増刊号 総特集=網野善彦』を確認したところ、このエッセイは、
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はじめに
無縁の原理
マツコ・デラックス
異性装者の聖性
オタク
おわりに
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と構成されていて、「はじめに」には、
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本稿では、網野善彦の「無縁」の原理を簡単に説明し、現代日本社会におけるその作動を検討する。その際、無縁の原理が「縁切り」という動作と密接に関係する概念であることに注意する。具体的には近年のテレビを席巻するマツコ・デラックス氏の著作『デラックスじゃない』、歴史学者で女装家である三橋順子氏の『女装と日本人』、オタク文化についての重要な論考である本田透氏『萌える男』とを取り上げて、これらを無縁論の観点から読み解く。
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とあります。(p112)
そして「無縁の原理」の後半に東島氏が登場します。(p115)
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多くの論者は無縁と有縁との表裏一体の関係を無視したが、東島誠(二〇〇〇、二四〇~二四二頁)や櫻井英治(網野 二〇〇一、四五五~四五六頁)は鋭敏にもそれに気づいた。しかし彼らはこれを無縁論の欠陥だと考えた。東島は「共同体からの自由」と「共同体による自由」とが「輻輳」している、と批判し、櫻井は、網野がアジールの聖域性による説明にこだわったために「「私的所有は無所有の原理に支えられて、はじめて成立しえた」という難解な論理をもちださざるをえなかった」と指摘した。
確かに櫻井の言うように、このような背理・矛盾と見える論理の背景には、無縁の原理の帯びる神聖性・神秘性がある。それは時に「穢れ」としても現れる。この非日常的・非世俗的な何かとの接触が、無縁の原理を作動せしめるのである。櫻井は、網野がここにこだわったことが論理を難解なものにしたと批判するが、しかし私は、これこそが、網野無縁論の要点だと考えている。合理的で世俗的な有縁の世界が、神聖性を帯びた神秘的な無縁の原理によって支えられている、という事実を取り出したことこそが、議論の核心なのである。無縁論から神聖性を剥奪すれば、それは何者でもなくなってしまう。
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「文献目録」(p125)を見ると、参照されている文献は東島誠『公共圏の歴史的創造~江湖の思想へ~』(東大出版会、2000)と網野善彦『日本中世都市の世界』(ちくま学芸文庫、2001)で、桜井氏は後者の解説を書かれているようですね。
さて、安冨によれば、多くの学者が「無縁と有縁との表裏一体の関係を無視」している中で東島誠と桜井英治の二人だけが「鋭敏にもそれに気づい」ているが、しかし二人は「これを無縁論の欠陥だと考え」ており、この二人も「網野無縁論の要点」「議論の核心」を掴んでいない訳ですね。
従って、「歴史学で網野善彦を誤読していないのは、東島誠と桜井英治だけだ」という訳ではなくて、網野善彦を誤読していないのは自分(安冨)だけであり、東島誠と桜井英治の二人も厳密に言えば誤読しているが、他の歴史学者よりは「鋭敏」で、多少はマシ、ということになりますね。
つまりトライアングルの頂点に安冨が位置し、それを東島誠と桜井英治が支え、その下に有象無象の歴史学者が密集しているという構図ですね。
ま、ひとつの見方ですので、感想は差し控えます。
なお、『現代思想2015年2月臨時増刊号 総特集=網野善彦』には桜井英治・保立道久・山本幸司・成田龍一氏による座談会の記録「網野善彦は歴史学をどう書きかえたか」も掲載されていて、以前、その感想を書いたことがあります。
『現代思想2015年2月臨時増刊号 総特集=網野善彦』
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2302
コミカルな味わいが出てきた桜井英治氏
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/8943d8dde97b98ba35d5b733f8462afe
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