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「水戸学的な江戸・京都の関係解釈を特権化する」(by 渡辺浩氏)

2019-07-14 | 東島誠「「幕府」論のための基礎概念序説」
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年 7月14日(日)10時55分47秒

さすがに学士院会員・東京大学名誉教授・法政大学名誉教授だけあって、渡辺浩氏の薀蓄の豊富さ、その博引旁証の緻密さはたいしたものだとは思いますが、「幕府」使用禁止令が発布された場合の大混乱を想像すると、あまり感心ばかりしている訳にも行きません。
さて、「「幕府」とは皇国史観の一象徴にほかならない」と説く渡辺氏の考える「幕府」概念の弊害、そして「幕府」の代替案は何かというと、

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 それは、江戸時代の中で、江戸と京都の関係が大きく変化したという事実を見えにくくする。そして、水戸学的な江戸・京都の関係解釈を特権化する。さらには、古代以来、「天皇」家が(「武家」との関係においても)変転に変転を遂げ、そのことによってようやく生き延びてきたという事実を忘れがちにさせる。それ故、特に「幕府」の含意や語感が必要であるとき以外、その語とその派生語(「幕末」「幕政」「幕臣」「幕吏」「幕議」「幕閣」等は用いないこととする(本書収録論文で、かつてそれらの語を用いた個所は全て書き改めた)。

 では、何と呼べばよいだろうか。「徳川政権」等も考えられる。しかし、当時最も普通の呼称を使うのが、自然であろう。それは、「公儀」である。この「公」は、無論、西洋語の public 等とは違う(中国語の「公」とも違う)。したがって、「公権力」「国家公権」「領土公権」を含意するなどと、簡単に言うことはできない。「公儀」や「公方」の語の成立と普及の歴史については、その点を明確に意識した少なくとも中世以来の慎重な再吟味を要しよう。しかし、江戸時代の人々は、単に現代日本語の一般名詞、「政府」の意味で─無論現代語より敬意はこもっているが─用いているように、往々見える。現に、「官」の字で、それはしばしば言い換えられる。そこで、ロシアの「官府」も、「こうぎ」である(桂川甫周『北槎聞略』)。清朝中国の「官船」も「こうぎのふね」である(中川忠英編『清俗紀聞』)。
 江戸時代に現実に中央の政府として機能を果たしていた組織は、原則として「公儀」と呼ぶのが、少なくとも「幕府」よりは、適当であろう。
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とのことです(p4以下)。
ふーむ。
まあ、「江戸時代の中で、江戸と京都の関係が大きく変化したという事実を見えにくくする」「古代以来、「天皇」家が(「武家」との関係においても)変転に変転を遂げ、そのことによってようやく生き延びてきたという事実を忘れがちにさせる」のかもしれませんが、別に見えなくしたり、忘れさせたりする訳ではないので、ちょっと注意すればいいだけの話じゃないですかね。
また、「水戸学的な江戸・京都の関係解釈を特権化する」などと言われても、「水戸学」の信奉者が、仮に僅かに残っているとしても殆ど「絶滅危惧種」だろうと思われる今どきの歴史学界においては、渡辺氏の懸念はそれこそ『水戸黄門』的な時代劇の中の科白のように響きます。
そして渡辺氏が「幕府」の代替案として提唱する「公儀」に対しては、いくら何でもそれはちょっと、という違和感を覚えざるを得ません。
渡辺氏は「この「公」は、無論、西洋語の public 等とは違う(中国語の「公」とも違う)」と言われますが、「公儀」という表現が、二つ(あるいは三つ)の「公」が違う「という事実を見えにくくする」ことは明らかです。
従って、「公儀」の「公」は「「公権力」「国家公権」「領土公権」を含意する」のではないか、という混乱を助長することにもなります。
これに対し、「幕府」の「幕」は、それ自体は単に空間を区分する布をイメージさせるだけの価値中立的な表現であって、「公」のような混乱を惹起させる可能性は皆無ですね。
そして、「幕府」を機械的に「公儀」に置き換えるだけならまだしも、「幕末」「幕政」「幕臣」「幕吏」「幕議」「幕閣」等の「派生語」の処理は大変で、そんな苦労をするくらいだったら、「皇国史観」の僅かな臭み程度は我慢すればいいんじゃないですかね。
まあ、歴史学研究会や歴史科学協議会系の研究者だって「幕府」を使いまくっている訳ですから、別に「幕府」に「皇国史観」の臭みを感じないのが現代の歴史研究者の大勢であって、渡辺氏が極端に神経質なだけのような感じがします。
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