学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

横レス

2006-10-31 | その他
横レス 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月31日(火)21時55分27秒

>筆綾丸さん
>樗牛
検索したら、次のような説明をしているページがありました。
--------------------
樗というのは、無用の長物とか無能な人物のたとえに用いられる。明治の文人・高山樗牛は自らを卑下し「役立たざること樗のごとく、遅きこと牛の歩みごとし」として「樗牛」を名乗った。
http://www.ctb.ne.jp/~akiizumi/soumoku/gonzui.html

>『五重塔はなぜ倒れないか』
『院政』の次に読んでみます。

>釈さん
神田孝平は1830年生まれだから、福沢諭吉より5歳上なんですね。
明治政府の高官ではあっても、権力欲むき出しタイプとは違って、なかなかいい感じの人ですね。
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河上清

2006-10-31 | その他

 ついでなので、河上清について、もう少し書いてみます。
 石井裕氏「第一次大戦期の河上清の活動-外務省の対米世論工作」(『史学雑誌』2005年6月)の「はじめに」には、
----------------------
明治三四年五月に結成された日本初の社会主義政党、社会民主党の創設に参画した河上清は、同年七月に渡米後「彗星のように」米国文壇に登場、日本及び極東問題に論筆を揮い続け、戦前期「アメリカのジャーナリズムの第一線で永年、活躍しつづけた唯一の日本人」と評された。併し河上の論説は屡々日本政府の弁護に流れ、更には外務省との密接な関係を維持し、大正九年頃からは米国連邦捜査局や陸海軍諜報部の監視下に置かれ、「日本政府から内密に委任されて対米世論工作をしているのではないか」との嫌疑を受けていたとも指摘される。(中略)結論から言えば、河上が社主を務めた太平洋通信社は太平洋沿岸部を対象に外務省が設置した世論工作の宣伝機関であり、河上は年間三千ドルの俸給とその他諸費用を支給されて活動する日本政府の宣伝員(プロパガンディスト)であった。更に河上の活動を仔細に分析すると、宣伝員と同時に工作員(エージェント)としての性格が明確に浮かび上がるのである。
----------------------
とあります。
 カギカッコ内は古森義久氏の『嵐に書く』からの引用で、「工作員」という表現からは何かおどろおどろしい印象を受けますが、実際にこの論文を読んでみると、河上清が行ったのはあくまで議会へのロビー活動や労働組合関係者・ジャーナリスト等への接触による「世論工作」であって、例えばゾルゲがやったようなスパイ活動などとは性格が全く異なりますね。
 また、時期的にも日本移民排斥運動が燃え盛り、新聞には反「ジャップ」の煽動記事が満載されていた時代の話ですから、「世論工作」活動は当時の日本にとって本当に必要なものだった訳で、外務省から資金を得ていたとはいえ、河上清の活動は特に非難しなければならないものとも思えないですね。

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久しぶりに準拠法

2006-10-30 | その他

 田中上奏文の関係で河上清というジャーナリストに興味を持ったので、古森義久『嵐に書く―日米の半世紀を生きたジャーナリスト』 (講談社文庫、ただし絶版)を読んでみたのですが、 非常に面白い人物ですね。
 古森義久氏は関係者に精力的に取材して河上清という特異な人物の魅力を余すところなく伝えていますが、若干理想化しすぎた部分もあり、最近では石井裕という研究者が「第一次大戦期の河上清の活動-外務省の対米世論工作」(『史学雑誌』2005年6月)で古森氏の認識の甘さを指摘しています。
 ま、それはともかく、この人は日本で生まれて渡米した人物で、当時のアメリカの法律では一律に「同化不能」という扱いを受け、1949年に没するまでアメリカ国籍はとれず、国籍は一貫して日本なんですね。
 国籍が日本でアメリカ在住、そしてアメリカで多数の英文著作を書き、その内容はほぼすべて日本関連という場合、この人の著作権の準拠法はどうなるんですかね。
アメリカ法であれば死後70年未満なので著作権は存続していますが、日本法では50年たっているので既に切れています。
 まさに著作権のハザマですね。
 前にも簡単に紹介したように、国際私法上の扱いについて学説が固まっている訳ではなく、相当に微妙な問題ですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%B8%8A%E6%B8%85
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061848046
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog210.html

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仏宮寺釈迦塔

2006-10-30 | その他
仏宮寺釈迦塔 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月30日(月)17時10分59秒

>美川圭氏『院政 もうひとつの天皇制』
私も先ほど購入し、「はじめに」と「あとがき」だけ読んでみました。
「あとがき」に出てくる仏宮寺釈迦塔はなかなか立派なものですね。
http://jp.chinabroadcast.cn/chinaabc/chapter16/chapter160304.htm

>釈さん
>はたまた
「神田孝平氏旧蔵文書」風に「鈴木小太郎氏旧蔵文書」でもよい訳ですね。

先日、特許庁のホームページを見ていたら神田孝平の写真が出ていて、こんなところでお会いするとは、と思いました。
そのページでは、
-------------
神田孝平は、漢学、蘭学を素養とし、政治・経済・法律・数理・文学・人類学・天文学に通じた人物。
1871年(明治4年)、兵庫県令に任命され、1874年(明治7年)には全国に先駆けて兵庫県会を開いたほか、県庁機構の整備・近代化、梅毒病院・神戸病院附属医学所の開設、馬鈴薯栽培の導入等で、名県令とうたわれた。
-------------
と紹介されていますが、法律関係の人は神田孝平の古文書収集家としての側面は殆ど知らないでしょうね。
神田孝平は日本で最初に探偵小説を翻訳した人でもあるそうで、訳わからんほど多才な人物ですね。

http://www.kyoubun.gifu-net.jp/rekisi/event/kanda.htm
http://www.jpo.go.jp/seido/rekishi/1304-105.htm
http://homepage3.nifty.com/nada/page051.html
http://www.h2.dion.ne.jp/~kazuf/sao/townstars/chuo.htm
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ご連絡

2006-10-27 | その他
ご連絡 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月27日(金)17時28分6秒

>野長瀬一族さん
いたずら投稿と思って削除してしまったのですが、感じが悪かったですね。
ただ、この掲示板では、「教えて」だけの投稿は歓迎されませんので、「資料探索案内」を参考にして、ご自分でできるところまでやってみてください。
http://jparchives.sakura.ne.jp/reference/reference_index.html

----------------------
DATE: 10月27日(金)12時24分53秒
TITLE: (無題)
NAME: 野長瀬一族 MAIL:
野長瀬一族の皇孫なんですけど、今いろいろ調べていて、なにかしってることのあるきとわなんでもいいのでおしwたください(≧ω≦*)
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本日なり。

2006-10-26 | その他
本日なり。 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月26日(木)10時58分58秒

鎌倉遺文研究会第125回例会の御案内(再掲)

日時:10月26日(木)18:00~
場所:早稲田大学文学部第2研究棟5階第5会議室
報告者:錦昭江氏
題目:「『鎌倉遺文』にみる中世の絹・糸・綿生産と収取方式の推移」
  [報告者の一言]
永原慶二著『苧麻・絹・木綿の社会史』の視点を継承しつつ、『鎌倉遺文』にある関連史料をさらに検討することにより、鎌倉期における絹・糸・綿生産や収取方式の推移等の具体相、および在地社会に与えた影響を検討していく予定です。
http://www.f.waseda.jp/ebisawa/ebisawa/kamakuraibun.html


>筆綾丸さん
>採桑老の翁は鳩杖をついているのですね
そうですね。
北山御幸の場面を描いている『増鏡』作者の頭の中では、鳩の杖を持つ北畠具行の映像がくっきりと浮かんでいる訳ですね。
ここは老尼が登場する場面なので、私としてはついつい深読みをしたくなります。

参考:「採桑老の口傳」
http://www.d2.dion.ne.jp/~kaz/gagaku/tougaku/ban/ban10.htm
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質の維持・その2

2006-10-25 | その他
 前回は変な資料を排除するには、という消極的な観点から書きましたが、ウィキでやる以上、多少は変なのが入ってくるのは仕方ないと割り切る必要もありますね。
 重要なのは良質な、読者の役に立つ資料を増やすにはどうしたら良いか、という積極的な観点からの方法論ですが、これについては、資料のアップに際して、現在の歴史学の問題意識を反映した資料を選んでくださいネ、と呼びかけることでよいのではないかと思っています。
 具体的には、近時の著作・論文で言及されたり、一部引用されたりしている資料を、その著作・論文をより深く理解するためには、こちらもきちんと押さえておいた方がよいですよ、という形で紹介してもらうことを推奨し、当該資料の引用趣旨欄や参考文献欄で、関係著作・論文の名称や該当ページを明示してもらう、と。
 資料自体は著作権の切れた古いものが中心となる訳ですが、それを見る視点は現代の歴史学の水準を満たす、新鮮なものとなるように呼びかける、ということですね。
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蘭陵王と採桑老

2006-10-25 | その他
蘭陵王と採桑老 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月25日(水)09時50分52秒

>筆綾丸さん
>顕家の蘭陵王と具行の採桑老は、物語として作為的に撰ばれた舞ではあるまいか
こういう発想は筆綾丸さんならではですね。
ちょっとドキッとしました。
他の儀式での演目を見ると、蘭陵王は「後嵯峨院五十賀試楽」で出てきますね。
採桑老は「北山准后九十賀」に登場します。
こういった事例を見ると、今のところ筆綾丸さんの深読みかなという感じは受けるのですが、少し調べてみたいと思います。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-masu8-gojunoganoshigaku02.htm
http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-towa3-30-daisannichi.htm

>鴨志田さん
管理者へのメールは私のGooのアドレスに来る設定となっています。
釈さんには転送しました。
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田中上奏文

2006-10-24 | その他

 ウィキペディア「田中上奏文」の「外部リンク」先となっていたサイトに、田中上奏文の英訳とされるものが載っていたので、読んでみました。
http://users.cyberone.com.au/myers/tanaka.html

 印刷するとA4で30枚ほどの分量があり、最初は解説、8ページ目からが田中上奏文の英訳です。
 さて、田中上奏文の大体の内容はもちろん知っていましたが、実際に読んだのは私も初めてです。
 なじみのない地名が頻出し、若干しんどい部分もありますが、英文自体はそれほど難しくなく、地図や地名解説等が適度についていれば、ずいぶん読みやすくなりそうですね。
 まあ、およそ上奏文にはふさわしくない言い回しや語彙が頻出するなど、田中義一首相が天皇に提出するような文書でないことは納得できましたが、反面、個別情報には異常に詳細で真実味を感じさせる部分も多く、やはりそれなりの凄みがありますね。

 他人がきれいにまとめてくれた解説と、実際にその資料に当たってみて受ける印象が違うことはよくありますが、資料の入手に手間がかかると、勝手なイメージ・先入観がいつまでも解消されないままになってしまいます。
 百科事典ではなく、資料集をネットで作る意味はやはり大きいんじゃないかなと改めて思いました。

コメント (3)
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既に

2006-10-23 | その他
既に 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月23日(月)13時18分44秒

一参加者と化している私です。

>筆綾丸さん
>宰相中将顕家、陵王の入綾をいみじう尽してまかづるを・・・

召し返して、前関白殿御衣(ぞ)取りてかづけ給ふ。紅梅(こうばい)のうはぎ、二色の衣(きぬ)なり。左の肩にかけていささか一曲舞ひてまかでぬ。右の大臣(おとど)大鼓(こ)うち給ふ。その後、源中納言具行採桑老(さいしやうらう)を舞ふ。これも紅(くれなゐ)のうちたる、かづけ給ふ。

増鏡の中でも名場面のひとつですね。
このとき顕家はまだ14歳ですか。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-masu15-kitayamagoko.htm

>阿哈馬江さん
>誰のことだか...
確かに。
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ウィキペディア、「保護」の一例

2006-10-20 | その他

とりあえず資料集にはあんまり関係ないですけど、旬のネタなので。
朝日新聞より。

------------------
どこまで載せる?ウィキペディア 進行中の項目巡り議論

誰もが編集に参加できるネット上の百科事典「ウィキペディア」で、ネット証券大手「楽天証券」の社員が自社の不利益情報を削除していたことが発覚して間もなく2カ月。ウィキペディア上ではその後、「現在進行形」の出来事をどう記述するべきか議論が続いた。刻一刻の変化まで無制限に載せることができるネット時代に、百科事典の定義そのものが見直されようとしている。http://www.asahi.com/national/update/1020/TKY200610200259.html

該当記事(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%BD%E5%A4%A9%E8%A8%BC%E5%88%B8

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わはは・・・。

2006-10-20 | その他

 「竹内文書」はさすがに例としてまずかったですかね。
 歴史学とは別の、独特の世界の話ですから、この種のものは資料集から排除できるようにルールを定めるべきでしょうね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E6%96%87%E6%9B%B8

 偽書でも「田中メモランダム」なんかは現実の国際政治に相当の影響を与えた訳ですから、資料としてあげること自体は問題ないと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A0

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質の維持

2006-10-19 | その他
 「中世史アーカイブズ」と「日本史アーカイブズ」の重要な違いは、前者には編集者が存在し、後者には存在しないということですね。
 「中世史アーカイブズ」には分量的な制約はないので、厳格な編集方針の下で整然と諸資料を配置する書籍の資料集よりは緩やかではありますが、しかし一定の編集方針があって、編集者が了解したものだけがアップされるという仕組みは書籍の場合と同じです。
 これに対し、「日本史アーカイブズ」では、これこれの資料は重要なので多くの人がアクセス可能な状態にすべきだと判断した人が、自分一人の判断でアップできるので、中には「竹内文書」を投稿したり、歴史的価値のない先祖の日記を投稿するような人が出てくる可能性もあるでしょうね。
 アラシ目的でそういうことをする人に対しては、投稿ルールをきちんと定めて、その手続きに従って淡々と対応することで、ある意味簡単に処理できるはずですが、「信念」を持って投稿する人への対処はけっこう難しいかもしれないですね。
 「偽文書」が絶対駄目かというと、「偽文書」が作られた経緯が歴史的に重要な場合もある訳で、投稿ルールの定め方はけっこう難しいところがあります。
 つらつら考えるに、「竹内文書」なんかでも、排除はせずに、批判の場を確保するという対応で良いのかなと思います。
 批判されることは許さないという人は、単なる莫迦者、我儘人間ですから排除するしかないですね。
 ま、基本的には優れた資料をアップすることにより、変な人が近づきにくい雰囲気を維持したいと思っておりますが、楽観的過ぎでしょうか。
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鎌倉遺文研究会第125回例会の御案内

2006-10-18 | その他
鎌倉遺文研究会第125回例会の御案内 投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月18日(水)19時33分47秒

例によって勝手に宣伝です。
----------------------------

日時:10月26日(木)18:00~
場所:早稲田大学文学部第2研究棟5階第5会議室
報告者:錦昭江氏
題目:「『鎌倉遺文』にみる中世の絹・糸・綿生産と収取方式の推移」
  [報告者の一言]
永原慶二著『苧麻・絹・木綿の社会史』の視点を継承しつつ、『鎌倉遺文』にある関連史料をさらに検討することにより、鎌倉期における絹・糸・綿生産や収取方式の推移等の具体相、および在地社会に与えた影響を検討していく予定です。

http://www.f.waseda.jp/ebisawa/ebisawa/kamakuraibun.html
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トリカブト女

2006-10-18 | その他
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2006年10月18日(水)19時25分44秒

>釈さん
>こーゆー女子が一番危険です。
そーゆー展開になるとは予想しませんでした。

>阿哈馬江 さん
>人喰地蔵
これですね。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/tennen/kyouto/gss-kyt011.htm
http://www002.upp.so-net.ne.jp/tennen/kyouto/gss-kyt006.htm

>筆綾丸さん
話題が前後しますが、私も旧霊山町の霊山神社までは行ったことがあります。
寒い時期だったので、霊山城址は断念しました。
そろそろ紅葉がきれいでしょうね。
http://hatabear.gooside.com/ryouzen.html
http://mountainweb.cot.jp/f61/f6106/f6106.html
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