第96回配信です。
一、前回配信の補足
(その1)~(その3)のタイトルは「歴史学研究会傍観」がふさわしかった。
呉座勇一のブログ
https://ygoza.hatenablog.com/entry/2024/05/30/170000
陳述書p41
別紙1 原告が応募した公募一覧
呉座勇一vs.日本歴史学協会訴訟第一審判決(令和6年5月20日判決言渡)
http://www.mklo.org/mklo/wp-content/uploads/2024/05/60e679ff8a4b2a23f04d97cb21344e27.pdf
(その1)~(その3)のタイトルは「歴史学研究会傍観」がふさわしかった。
呉座勇一のブログ
https://ygoza.hatenablog.com/entry/2024/05/30/170000
陳述書p41
別紙1 原告が応募した公募一覧
呉座勇一vs.日本歴史学協会訴訟第一審判決(令和6年5月20日判決言渡)
http://www.mklo.org/mklo/wp-content/uploads/2024/05/60e679ff8a4b2a23f04d97cb21344e27.pdf
二、小池勝也氏の報告「中世東国武家政権と鎌倉顕密寺院」について
小池勝也(中京大学准教授)
https://www.chukyo-u.ac.jp/educate/letter/member/rekibun/staff9.html
全体の構成
-------
はじめに
◎運営委員会からの課題
◎課題設定の背景
◎中世東国武家政権と鎌倉顕密寺院をめぐる研究史
◎研究史を踏まえての課題
◎報告の構成
第1章 鎌倉幕府と鎌倉顕密寺院秩序
第1節 鎌倉後期(13世紀後半以降)における鎌倉幕府の顕密寺院政策
第2節 鎌倉顕密寺院秩序と畿内の仏教界との関係
第2章 鎌倉府政権下の鎌倉顕密寺院
第1節 鎌倉の顕密仏教界と畿内の顕密仏教界の関係の推移
第2節 鎌倉府の鎌倉健顕密寺院および東国寺社に対する政策
第3節 鎌倉顕密寺院と東国
第3章 古河公方期(戦国期)における鎌倉顕密寺院衰亡と宗教秩序の変容
第1節 古河公方と東国寺院
第2節 鎌倉顕密寺院のその後
第3節 都市鎌倉の性格および東国宗教界における位置づけの変容
おわりに─報告総括および課題と展望─
-------
以下は「宗教的空白」がいつ頃生まれたのかという私の個人的な関心からの感想。
0025 群馬県の宗教風土(富山県との比較)〔2024-01-26〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e1b30aee098ac45ae2cac3286df98943
「都道府県民の信仰」
東国(東北・関東地方)と西国では顕著な差がある。
富山・石川・福井と広島、かつての「真宗王国」は突出して宗教意識が高い。
今回の報告では権門体制論の是非は全く論ぜられず。(自明の前提)
顕密体制論の是非も同様。(自明の前提?)
平雅行氏『鎌倉時代の幕府と仏教』(塙書房、2024)
http://rr2.hanawashobo.co.jp/products/978-4-8273-1350-5
-------
p22
現世の祈りにおいても、来世の祈りにおいても、顕密仏教は主導的役割を果たしていた。鎌倉幕府が朝廷とともに顕密仏教を必要とし、それを保護した理由はここにある。ただし、戦国時代に大規模開発が進められ軍事技術が飛躍的に発達してゆくと、祈祷・呪詛の効力に対する社会的信頼が毀損され、鎮護国家と五穀豊穣という仏教の現世的機能への信任が急速に低下してゆく。その結果、近世仏教は、国家仏教ではなく来世の祈りを基軸とするものに変容してゆくのである。
-------
「祈祷・呪詛の効力に対する社会的信頼」の「毀損」は既に南北朝期に明らかではないか。
梅原猛氏の南北朝期に関する基本的な誤解(その3)〔2021-06-21〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4076ea1756e949eb1ccb89855cb0c821
「からからと打ち笑ひ」つつ首を斬る僧侶について(その1)(その2)〔2021-06-23〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a8052d48baab08d63014dddfbc9283aa
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/991ec9ad3c8d2402ccd944273dbe413d
『太平記』の笑いと近世の戯作の笑いとの相違〔2021-06-24〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/96d744689726bd877217ba6729e2ab22
歴史研究者における「鎮魂莫迦」の系譜について〔2021-07-04 〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e8df56f47ac1e7fc5b7ba0fffbab8503
富山・石川・福井と広島、かつての「真宗王国」は突出して宗教意識が高い。
今回の報告では権門体制論の是非は全く論ぜられず。(自明の前提)
顕密体制論の是非も同様。(自明の前提?)
平雅行氏『鎌倉時代の幕府と仏教』(塙書房、2024)
http://rr2.hanawashobo.co.jp/products/978-4-8273-1350-5
-------
p22
現世の祈りにおいても、来世の祈りにおいても、顕密仏教は主導的役割を果たしていた。鎌倉幕府が朝廷とともに顕密仏教を必要とし、それを保護した理由はここにある。ただし、戦国時代に大規模開発が進められ軍事技術が飛躍的に発達してゆくと、祈祷・呪詛の効力に対する社会的信頼が毀損され、鎮護国家と五穀豊穣という仏教の現世的機能への信任が急速に低下してゆく。その結果、近世仏教は、国家仏教ではなく来世の祈りを基軸とするものに変容してゆくのである。
-------
「祈祷・呪詛の効力に対する社会的信頼」の「毀損」は既に南北朝期に明らかではないか。
梅原猛氏の南北朝期に関する基本的な誤解(その3)〔2021-06-21〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4076ea1756e949eb1ccb89855cb0c821
「からからと打ち笑ひ」つつ首を斬る僧侶について(その1)(その2)〔2021-06-23〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a8052d48baab08d63014dddfbc9283aa
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/991ec9ad3c8d2402ccd944273dbe413d
『太平記』の笑いと近世の戯作の笑いとの相違〔2021-06-24〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/96d744689726bd877217ba6729e2ab22
歴史研究者における「鎮魂莫迦」の系譜について〔2021-07-04 〕
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e8df56f47ac1e7fc5b7ba0fffbab8503