大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第22回

2024年09月06日 20時30分54秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


     『孤火の森』 リンクページ




                                 



孤火の森(こびのもり)  第22回




交代要員の男達に言われ握り飯をほおばりながら、すごすごとブブのところに戻って来ると、ポポより先に男達の邪魔にならないようにサイネムがブブのところに戻って来ていた。 ブブの頬に手をあてると温かい。 ブブの確認をすると入口の方に足を進める。

「ヤマネコ、ブブはどう?」

サイネムに遅れて戻って来たポポ。 ヤマネコに抱えられているブブの顔を覗き込む。

「変わらないね、でもここはもう森の近くだ、落ち着いて来るんじゃないのかねぇ」

「腹減ってないかなぁ・・・」

いつもブブと一緒に食べていた。 だが今はポポ一人で握り飯を食べている。

「なぁ、ポポ、あの旦那は何をしてるんだ?」

サビネコに目顔で示され、見てみるとサイネムがこちらに背を向けて胡坐をかいている。

「あ・・・」

「なんだい?」

「多分・・・森の中を探ってる」

ヤマネコとサビネコがギョッとして互いを見た。 見てはいけないものを見てしまったのだろうか。 サイネムから目を逸らすと穴の奥に目をやる。
暗かった穴の中にポツポツと火が灯されていた。



小屋の中はかなりいっぱいになってきた。 狭いのを嫌って外に出ている者たちもいる。

本来ならこの時間ともなればこの森を見ていた兵たちが森の見回りに出ているはずだが、今日はそれどころではなかった。
昨日、伝書を足につけた鳥が飛んできていた。 そこに書かれていたのは明日夜より五日かけて夜だけに森を焼くというもので、それにあたり、いま森に居る兵はやってきた別兵に森の案内をせよ、指揮は総隊長から出るというものであった。

そしてやって来た別兵の方には、森の案内を受け、明日夜より五日かけて夜に森を焼けというものだった。 延焼をして一日で終わらせてはいけなく、六日かかってもいけない。 そして夜以外は焼くなということであった。

「ある程度集まったか」

「そうだな、延焼をさせないために木を切らねばならんだろう、そろそろ森の中を見るか」

「広いからな、まずは六つ・・・いや七つに分かれるか」

「そうだな。 おい、案内を始めろ」

ついさっきやって来たばかりだというのに、この森のことを何も知らないというのに上からの物言いをされてしまう。 だが逆らえない。 この男達に逆らうということはセイナカルに逆らうということにもなってしまう。 とっとと総隊長から指揮の命令が出ればいいのに、そう考えながらも案内をせよと書かれていたことを遵守(じゅんしゅ)せねばならない。

「こっちだ・・・」

案内の男たちが七方向に分かれて歩き出した。



お頭が後ろから首根っこを摑まれ後ろに引っ張られた。

「って、何しやがんでぇ!」

「交代だよ」

「テメェー、やり方とか言い方ってもんがあるだろうが!」

「んじゃ、年寄りは引っ込んでな」

このヤローが、と言いかけたが、次から次に後ろに追いやられる。 最終的に一番後方となってしまった。

「口の利き方を教えなきゃなんねーな」

ブツブツ言うと後ろを振り返りヤマネコ達を見る。 いつの間にかチャトラも一緒に居る。 その先にサイネムがこちらに背を向け座っていた。

「よぉ」

「なんだい、もうへばったのかい?」

「追い出されたんだよ」

シッシ、と手を動かすとチャトラとサビネコに場を譲らせブブの顔を覗き見る。

「どんなもんだ?」

「変りがないんだろうと思うよ。 だけどこの状態だ、手足が冷えてると言っても身体が汗をかいてるかもしれないし、蒸れてるかもしれないからねぇ、身体を拭いてやりたいんだけどねぇ」

「蒸れてる?」

言った途端、チャトラにペチンと頭を叩かれた。

「男がそこんところをあれこれ言うんじゃないよ」

そっちの話だったのか。
口の利き方もあるが、手を出さないようにとも教えなければいけないようだ。 一応、お頭と呼ばれているのだから。
チャトラに言われどんな顔をしていいのか分からない。 話を逸らそう。

「旦那は何をしてんだ?」

「森の中を見てるみたいだよ、ポポが言ってた」

ねぇ、ブブ、と言ってブブの頬を指先で撫でている。 まるで赤子にするかのように。

「・・・ヤマネコ」

「なんだい」

「オメー・・・おかしくなってないだろうな」

ヤマネコがブブから目を外すとお頭を睨む。
今度はヤマネコから拳を下ろされた。 ゴン、と良い音が穴の中に響く。

「ッテー・・・」

思わず頭を抱える。

「ヤマネコのは効くからな、うん、オレも経験がある。 お頭、ご愁傷様」

他人事のようにポポが言うが、目からどころか頭からも星が出たと思うほどだ。

「頭がおかしくなったのはお頭じゃないのかい!」

この群れ・・・解散しようか・・・。

「分かった、わかったよ、ちょっと心配になっただけだろうが・・・」

「ははは、今のブブは赤子みたいだからね。 お頭、自然とヤマネコみたいになるんだよ」

「そうかい・・・」

だがどうしてそれで叩かれなくてはいけないのか、どこか納得がいかない。

「泣いて乳を欲しがってくれたら嬉しいんだけどね」

「ああ、水も飲まないねぇ」

そういったチャトラの後にサビネコが続ける。

「で、お頭だったらチャトラみたいなことを言わないで、オメー、もう乳なんて出ないだろうがぁ、って言うんだろ?」

当たってる。

「だね、だからヤマネコに叩かれんだよ」

男たちにも女たちにも散々なことを言われる。 何故だ。

「放っとけ、な、それよりヤマネコ、訊きたいことがある」

「なんだい」

「オメー、思い出したのか?」

ヤマネコがお頭を見た。 そしてゆっくりとブブに顔を戻す。

「・・・そう、みたいだね」

チャトラとサビネコが目を合わせる。 聞いてはいけない話だろう。 ポポを手招きして呼び寄せると男達の最後部まで歩いた。

「気付いてたのかい?」

「ああ、兵が向かってるのがこの森って分かった時にな、オメー、どこまでも邪魔ばっかりしてって、怒鳴っただろう」

ヤマネコがブブの頬で指先を遊ばせる。

「ああ。 思い出したよ、あの時に。 ・・・あたしの居た群れが兵に潰されたってね」

「え?」

「全滅」

「いや、待て、あの時そんな話なんてどこからも聞いてなかったはずだ」

ヤマネコが首を振る。

「この州にまで話しは届かなかったんだろう」

「州?」

「あたしの居たのはこの州の群れじゃない」

「他の州ってのか!?」

そんな所から赤子を抱いて歩いて来たというのか!?

「て言っても、ほとんど境だけどね」

「なにがあったんでぇ」

突然だった。 何の前触れもなかった。 兵が群れの穴に突然入って来た。 兵隊長だろうか、ふんぞり返った男が『穴を潰す』 そう言った。
群れの長が理由を訊くと『ここにブドウ園を作る』 それだけを言った。 あの群れのねぐらはお頭の群れのねぐらように岩山ではなかった。 土が豊富にあった。

『今すぐ出て行かねば・・・覚悟があるのだな?』

小首をかしげてまるで操り人形のように、邪念さえない、心の無いような言いぶりで、穴を潰すことに関心がないといった様子だった。

『今すぐって、まだ生まれて間もない子が居る』

『そんなことは私の知ったことではない』

『あと、あと半年待ってくれ、難産だったんだ、あと半年待ってくれたら子も親も安定する』

兵隊長らしき男が踵を返した。 『逆らう者はヤレ』 と言い残して。

「だけど兵は逆らう逆らわないは関係なかった。 有無を言わせずだ。 子供も男も女も」

剣を振り回されるさなか、ヤマネコの亭主がヤマネコを庇い穴の外に出た。 ヤマネコの腕の中には我が子がいた。

「逃げろ、って言ったのが最後だったかね。 押されて振り返ったら、背中を突きさされて倒れてった。 父親が守った子さ、母親であるあたしが守らないでどうするって、走ったさ、無我夢中で」

兵からは逃れられた。 だが我が子にはまだ母乳を飲ませていた。 それなのにヤマネコ自身が何日もまともに食べ物を口にしていなかった。

「木の実や草をむしって食べたんだけどね、その内にほとんど乳が出なくなっちまってね」

我が子が死んだ。

(だからあれほど痩せてたのか・・・)

見た目もそうだったが、ヤマネコからそっと子を抱き上げると殆ど重さを感じなかった。

「それからどれだけ漂い続けたのかは覚えてないね」

「そうかい、漂ってたことは思い出さなくていいだろうよ。 オメーは守られてた、それだけだ」

「・・・」

「オメーの群れにも亭主にもな」

ヤマネコを捨てた、探さなかった、待っていなかったのではない、探す身体を、待つ身体を失くしてしまっていただけだった。
ヤマネコからはやっとできた子だと聞いていた。 その子をその母親を群れと亭主が守ろうとした。 それだけで十分だ。

「ヤ、マ、ネコ・・・?」

ブブの声にハッとして見ると、ブブの頬が濡れていた。

「泣い、て、る?」

え? と思って自分の頬を触ると濡れている。
いつの間に涙を流していたのだろうか。

「ああ、ごめんよ、そうじゃないよ」

慌ててブブの頬に落ちた涙を指で拭く。

「泣、いて、ない?」

「ああ、泣いてなんてないよ。 どうだい? 水を飲むかい?」

ブブが緩く首を振る。

「香り、する、の」

「香り? いったい何のだい?」

「わか、ら、ない」

何のことだろうかとサイネムを見るが、相変わらずこちらに背を向けているだけである。 ポポからは邪魔をしないようにと言われている。
サイネムから視線を戻すとブブの瞼は再び閉じられてしまっていた。


「なぁー、聞いたんだけど、チャトラはサイネムに助けられたんだって?」

「誰に聞いたんだよ」

サイネムと言う名は知らなかったが、ここに来るまでに散々聞かされてきた。 誰のことを指しているのかくらい分かる。

「イワキツネ」

「喋りが」

「チャトラ、喋りって、あそこに居たのは全員聞いてるよ」

「まぁ、な。 言ったのはアタシだしね」

「ポポじゃないけど、アタシも気になる。 アタシはさ、ブブが旦那を認めたから認めてるってだけで、旦那がどんな奴かも知らないし、何より森の民だろ? 森の民が誰かを助けるって・・・、あ、ポポごめん」

「いいよ。 オレもそんな風に聞いてたから」

でもきっとそうじゃない。 サイネムは悼む心を持っていた。

「森の民全員がどうかは知らないよ、でもあの旦那は。 雨の日で緩んでたんだろうね、上から岩が転がってきてさ、思いっきり肩を打ったんだ、挙句にもう一つ転がってきて足を挟まれて動けなくなったんだ」

「雨の日に外に出てたのか?」

「ちょっとね、探検さ」

「オレとブブと変わらないじゃないか」

「ははは、だからアタシはポポもブブも怒らなかったろ?」

「うーん、そうだったっけ?」

「アタシと似たようなことをしてたんだしさ、怒るわけないだろ」

「ってかさ、群れの大人たちは怒るっていうより叱ってるよね? ポポとブブが雨に濡れて帰ってきたりしたら、風邪ひいたらどうすんだーって、身体拭きまくりの、湯を沸かしまくりだったよ、きっと」

「間違いない。 羨ましいよ、ポポ」

「そうなのかな」

「そうだよ」

「で? サイネムがどう関係してくんの?」

「それが昼前だったんだよ、動けなくてそのうち暗くなってくるし、もう泣いても泣いても誰も来てくれなくてさ。 諦めた時に旦那がふわりと下りてきたんだよ」

「ふわり?」

「そう、上からね」

そう言って指を上に立てた。

「すぐに岩をどけてくれて、打っていた肩を治してくれて、ついでに岩の下になって痛めた足も。 で、歩けるかって訊いてきたんだよ」

「治したって、その場で?」

「うん、呪だと思う。 すぐに痛みも引いたしね」

「呪ってそんなことも出来んの? 呪うだけだと思ってた」

「じゃないみたいだね、アタシも大人達からそう聞いてたんだけどさ。 で、雨の中帰ったってこと。 もう散々怒られた。 その怒り方が気に食わなくてさ、お前のせいで散々だ、とか、お前を探しに歩いた群れのみんなの服を明日洗えとか」

「えー? それって誰も心配してくれなかったのか? 怪我しなかったかとか、獣に会わなかったかとかって」

チャトラが首を振る。

「だから群れを出た。 すぐにじゃないけどね。 ま、その時にはアタシも落ち着いてた。 けどさ、いつまで経っても大人たちは同じ様なことを子供に言ってたし、それを庇うとこっちも言われたりで嫌気がさした」

「そっか、群れにも色々あるんだ」

お頭の群れに居ると当たり前と思っていたことがそうではなかったということ。 だからさっき羨ましいと言ったのか。

「あれ? もしかして “ふわり” って・・・」

チャトラはここに来るまでの道をよく知っていた。 それにさっき “探検” と言っていた。 “ふわり” ということは、森を出ないであろう森の民のサイネムが上から下りてきたということ。 チャトラ自身も上からと言っていた。

「そっ、探検してたのはここ」

サビネコとポポが目を丸くしてチャトラを見ると、また二人で目を合わせた。

「偶然って・・・あるんだね」

その時にサイネムがチャトラを助けなければ、こうしてやって来られなかったかもしれなかったし、探検していなければここまでの隠れ道も知らなかっただろう。


サイネムが森に意識を飛ばし出した時には森の中に兵は居なかった。 少なくともサイネムが見た中では、であるが。 この森は広い、意識を飛ばしていないところに兵が居たかもしれないが、危険を避けるために意識を広げることはしなかった。

<どこにいる>

お頭と若頭の話では何人もの兵がこの森に向かったはずだ。
もしかして見ていないところで呪師も来ていたかもしれない。 それを思うと無暗に意識を広げられない、飛ばせない。

<小屋か・・・小屋に集まっているのだろうか>

下を見ていた意識を上げると小屋に向かって飛ばしたが、その途中で兵に行き当たった。 少なくともそこに呪師はいない。 兵に近づくことが出来る。

「この辺りは木が多いな」

「ああ、それに上手い具合にどの木も完全に幹が枯れてやがる」

「火が回りやすいか」

<火?>

「おい」

おい、と呼ばれて先頭を歩いていた男が振り返った。 返事をする様子がない、それに先頭の男は何度か見た山の民を真似た服を着ている。 他の者は兵の格好をしているのに。

「焼くとしたら、森の奥からの方がいいのか、表からの方がいいのかどっちだ」

<・・・焼く?>

「表からだろう」

「理由は」

「奥に行くほど木は多い」

そう言ってまた前を見た。 話す気がないと言った具合である。

<どういうことだ>

奥に行ってもさほど変わらない、ここより木が多いわけではない。

「延焼の可能性か」

「これだけ枯れている、火が大きくなればいくら木を倒していても延焼を免れられないかもしれない、か」

「どこで区切りをつけるかだな」

「一応、奥も見ておくか」

「ああ。 おい、奥まで案内しろ」

先頭を歩いていた男が無言で歩きだした。 だがその方向は奥から逸れる方向だ。 方向を錯覚させるように今まで歩いて来た。 地図を作っている様子もない。 完全に森の中のことはこちら任せなのだろう。

(お前たちに手柄をやるとでも思っているのか)

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