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風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

『桜姫東文章 ~上の巻~』 @歌舞伎座(4月14日)

2021-06-03 00:23:27 | 歌舞伎




あまりにも遅くなりましたが、4月の歌舞伎座の感想を(以下、「今月」とは4月のことです)。
第三部『桜姫東文章 ~上の巻~』を観てきました。
発売と同時の瞬殺チケットだったため、この日を逃したら観られない。ファンからの要望はエベレストの山ほどあったはずなのにこのコンビでの再演は36年間なかったことを思うと、今回が一世一代となる可能性は高い。どうかどうか中止にならないで(>_<)と開演直前まで気が気ではなかったけれど、無事開演してくれました。心臓に悪い。。。

で、感想ですが。
こんな事を書くのは不謹慎かもしれないけれど、これは命を賭けても観逃してはならない舞台だわ、と観ている間中ずっと感じていました(実際、最近の私は「これを観に行って死んだとしても後悔しないか?」「しない!」と自問自答して観る作品を選んでおります…)。
なにより舞台から発せられる仁左玉のオーラが、呆然とするほど。。。「伝説のコンビ」「奇跡のコンビ」と言われ続けてきたお二人だけれど、本当に「伝説」や「奇跡」という言葉はこのコンビのためにあるのだなあ、と改めて実感したのでありました。
36年前の舞台の抜粋映像も見たことはあるし、期待もめいっぱいに膨らませて行ったけれど、そんな仁左玉ファン達の長年の積もり積もった大き過ぎる期待と、現在77歳&70歳になられたお二人がこの作品を再演することへの微かな心配を、軽やかに超えて舞台上におられた仁左衛門さん&玉三郎さん。
お二人揃った舞台は2月に観たばかりだったけれど、今月のこの『桜姫』でのお二人はなんというか、、、言葉にならん。本当に私と同じ人間なのだろうか。

【江ノ島稚児ヶ淵の場】
冒頭、真っ暗な中に響き渡る捜索隊の声と揺れる無数の提灯。この空気からもうたまらない。
捜索隊が去って、人目を忍ぶように花道から登場する白菊丸(玉三郎さん)と清玄(仁左衛門さん)。この場面で既に長年のこのコンビならではのお二人の空気に胸がいっぱいになるワタクシ。
「未来では女に生まれてお前と夫婦になりたい」と言い、躊躇皆無でさっさと暗い海に身を投げる白菊丸
えっ、ちょ、待っ…!驚いた清玄は自分も後を追おうとするけれど、追い・・・きれない。死ぬのはやっぱり恐ろしい・・・。
そこに波間からさっと飛び立つ一羽の白鷺。天にのぼる白菊丸の魂でしょうか。手を翳す清玄。ここのニザさまの姿が超絶美しいの
落ちる幕。

【口上】
芝居小屋の座元による口上。今月上演されるのは上の巻で、下の巻は六月に上演することが伝えられます。歌舞伎のこの”お芝居”感、大好き!江戸時代の芝居小屋でお芝居を観ている気分になる
「さて、あれから17年後」。

【新清水の場】
幕が開くとぱっと明るい華やかさ
沢山の侍女たちを引き連れた赤い着物の17歳の桜姫(玉三郎さん@二役)。玉さま、お美しい。。。。。。。玉さまの周りだけ空気の色が違う。。。。。。
桜姫が白菊丸の生まれ変わりと知り、愕然とする清玄。

桜姫の弟松若は、千之助くん。2月に上演された『隅田川』の死んだ息子梅若丸は、この松若丸と双子の兄弟。つまり『桜姫~』も「隅田川もの」なんですね。

皆が去った後、釣鐘権助(仁左衛門さん@二役)登場。色悪ニザ様こういうお役はもうお手の物ですよね。
花道の引っ込みで気だるげに「入相の鐘〜」を口ずさむニザ様、素敵すぎる。。。。。

【桜谷草庵の場】
ハイ、皆さんお待ちかねの場面ですよ~~~。36年前に孝玉ファン達によって剥がされまくって街から消えたという伝説のポスターの場面。
今回の私の席は三階三列目だったんですけど、この場面、上階から見るともっのすごく美しいのです
ポスターと同じく桜姫の脱いだ着物が床に広がるところ、玉さま、さり気なくちゃんと整えて広げていた。だから上階から見ると、その桜色が本当に綺麗に映えるんです。
鶯が鳴くうららかな春の中の権助&桜姫の濃厚濡れ場。
ここはあれだよね。36年前の映像からさらにパワーアップしていたよね。ニザさま、本気の濡れ場モード。こういう場面で吹っ切ってくださるニザさまが好き!ここは今回映像配信された日の舞台と比べても、私が観た日は更にエロかった。そんな権助と歌舞伎あるあるな肉食系姫様な桜姫(というか1年前に自分をレイプした男に惚れてずっと忘れられずにいるって・・・桜姫よ・・・)。長年のコンビならではの息の合ったお二人の演技は国宝級ですよね(どちらも人間国宝だけれども)。もうひたすらため息が漏れます。
すだれの下から覗く桜色の着物の裾。まるで雪岱の絵のようで、色っぽくて美しかったなあ
そして無実の罪を引き受けた清玄の上に散る桜の花弁。ここのニザさまも超絶美しいの(>_<)
この草庵の場は、長浦(吉弥さん)&残月(歌六さん)のネチョネチョ感も楽しかったです笑。

(休憩15分)

【稲瀬川の場】
草庵の場では美しいお二人による美しい濡れ場に陶然とさせてもらった私ですが、今回の舞台でより印象的だったのは、この稲瀬川の場以降の清玄&桜姫の姿でした。いまやとなった二人。
南北の重みと軽み!深みと浅み!人間の表と裏!そしてなによりの美しさ!南北の美の世界、最高だねえ。こんなに退廃的で倒錯的でエログロナンセンスでめちゃくちゃなのに、作者は冷徹なまでに俯瞰の視点を貫いているところも好き。決して自分に酔うことはない。こういうところもシェイクスピアと似ているなと感じます。
巻雲に浮かぶお月様の書割も素敵
突然「こうなったら祝言を」と桜姫に迫る清玄(本性でた)。「愚僧が〜」ってほんとに愚僧だよ。執着と煩悩の塊だよ。だがそれがいい。その人間臭さが好き。弱さが好き。愚かさが好き。
桜姫の赤子(権助との間の子)を腕に抱き、桜姫の姿を追って花道を去る清玄。。。。。

【三囲土手の場】
ああ、この舞台の暗さ。
落ちぶれても美しい二人。
落ちぶれて一層美しさが増す二人。
空からそぼ降る雨。
お二人とも雨が似合う。。。。。
雨に濡れた暗闇の土手も二人の着物も全てが寂しく褪めた色合いの中で、清玄の腕の中の赤ん坊をくるんだ桜姫の片袖だけが鮮やかな赤のまま変わらないのが眩しく、そして悲しい。
ワタクシ思うんだけど(ちょっと語らせて)、最近は「人生は目的をもってできるだけ前向きに幸福に生きるべきで、そうでない人生は残念な人生である」という価値観が基本となっているように思われるけれど、文楽や古典歌舞伎を観ていると、人生というものの正体はそういうものではないのではないか、と感じる。このボロッボロでどうしようもない泥の中で僅かに輝きを保っている赤い袖(しかも袖の主とは前世では両想いだったが、現世では想いは一方通行のまま)。本人以外にはなんの価値もなく、独りよがりで、時に自分勝手で、善悪とは別のところにあるものだけれど。でも多くの人において、人生の正体は案外こういうものなのではなかろうか、と決してネガティブな意味でではなくそう感じる。
そして台詞の中で幾度も出てくる「因果」という言葉が、やるせなさだけではない響きをもって耳に届くのでありました。

物語は6月の歌舞伎座『桜姫東文章~下の巻~』に続きます。


三島由紀夫と『桜姫東文章』
『桜姫東文章』は鶴屋南北が63歳のときの作品ですが、 1817(文化14)年の初演は大入りだったにも関わらずそれから110年間上演が途絶え、再演されたのは昭和に入ってから。そして現在のようなほぼ原作どおりの全編が再演されたのは1967(昭和42)年のことだそうです。
このとき補綴・演出を務めたのが郡司正勝で、「稚児ヶ淵の場」が初めて再演され、清玄が死に遅れた時に飛び立つあの白鷺も原作にはない郡司による創意だそうです(犬丸治さんのtwitterより)。
この1967年の「稚児ヶ淵の場」で白菊丸を演じたのが、当時16歳の玉三郎さんでした(このとき玉三郎さんは白菊丸としてのみの出演で、桜姫を演じたのは8年後の1975年とのこと)。舞台を観ていた三島由紀夫は玉三郎さんの白菊丸にすっかり魅了され、1969(昭和44)年には自身の作品『椿説弓張月』の主役として玉三郎さんを抜擢しています。
ところで三島の『桜姫東文章』への思い入れは強く、1959(昭和34)年に監修を務めた際には「『桜姫東文章』は南北の傑作と云つてよい」とまで言っています。この作品自体の面白さはもちろんでしょうが、この作品が輪廻転生の物語であることも三島の興味を惹いたのではないかなと想像します。
以下は、1967年の再演時のプログラムに寄せられた三島の文章からの抜粋です。鏡花についての文章もそうだったけど、三島って洞察力と表現力が素晴らしいよね。死なないでもっと長く生きて、もっと書き続けてほしかった、とやはり思ってしまうな。。

女主人公の桜姫は、なんといふ自由な人間であらう。彼女は一見受身の運命の変転に委ねられるが、そこには古い貴種流離譚のセンチメンタリズムなんかはみごとに蹴飛ばされ、最低の猥雑さの中に、最高の優雅が自若として住んでゐる。彼女は恋したり、なんの躊躇もなく殺人を犯したりする。南北は、コントラストの効果のためなら、何でもやる。劇作家としての道徳は、ひたすら、人間と世相から極端な反極を見つけ出し、それをむりやり結びつけて、恐ろしい笑ひを惹起することでしかない。登場人物はそれぞれこはれてゐる。手足もバラバラの木偶人形のやうにこはれてゐる。といふのは、一定の論理的な統一的人格などといふものを、彼が信じてゐないことから起る。劇が一旦進行しはじめると、彼はあわてて、それらの手足をくつつけて舞台に出してやるから、善玉に悪の右足がくつついてしまつたり、悪玉に善の左手がくつついてしまつたりする。
こんなに悪と自由とが野放しにされてゐる世界にわれわれは生きることができない。だからこそ、それは舞台の上に生きるのだ。ものうい春のたそがれの庵室には、南北の信じた、すべてが效果的な、破壊の王国が実現されるのである。

(三島由紀夫:「南北的世界」『国立劇場プログラム 昭和42年3月』)








ロシアの政府系メディアRussia Beyondで紹介されていた、3月に銀座にオープンしたばかりの東京初のロシア食品専門店『赤の広場』。歌舞伎座のすぐ裏だったので、行ってみました。お値段は高めだけど(写真の商品だけで2400円くらい払った)、近くて遠い国ロシアを気軽に体験できるのは楽しい。記事で紹介されていたアレクサンドロフのスィロク(チーズをチョコレートでコーティングした冷たいお菓子。写真左上の箱)も、濃厚な味で美味しかったです

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