特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

生きる力

2008-02-22 09:21:41 | Weblog
私は、幼い頃から高い所が苦手。
よくある「高所恐怖症」というヤツだ。
しかも、私のそれは重度。
この歳になっても、目立った改善はない。

その昔は、分譲マンションの広告を見ても、
「一階は人気も値段も高いんだろうな」
と本気で思っていた。
「好んで高いところに暮らしたがる人なんているはずない!」
と、勝手に思っていたのだ。
しかし、実際はその逆で、高階に上がれば上がるほど人気も値段も高くなる。
そのことを知って、モノ凄く驚いたことを今でも憶えている。


呼ばれた現場は、大小のビルがひしめき合う繁華街。
依頼してきたのは、ビルメンテナンスの会社。
現場で私を待っていたのは、その会社の部門責任者。
もらった名刺を見ると、その会社は某大手企業グループの一社だった。

その男性は、建物の図面を広げて、話を始めた。
「隣のビルからこのビルの上に人が転落しましてね・・・」
「はい・・・」
「それで、屋上の空調機が壊れてしまったんです」
「はい・・・」
「機械を修理しなければならないのですが、痕がそのままで手が出せない状態で・・・」
「それをうちで何とかしろと言うことですね」
「そうなんです・・・」
「ちなみに、落ちた人は?」
「亡くなりました・・・即死だったみたいです・・・」
「そうですかぁ・・・」
「・・・」
「事故ですか?それとも・・・」
「さぁ・・・ただ、あそこ(隣ビルの屋上)から過って落ちる人はいないと思いますけどね・・・」
「そういうことですか・・・」

亡くなったのは若い男性。
それが、隣ビルの屋上から転落・・・どうも、自殺の可能性が濃厚のようだった。

本人には本人にしかわからない苦悩があったのだろう・・・
また、生きていることに耐えられない程の虚無感にも襲われたのだろう・・・
結果的に、身を投げることを選択したわけだ。

〝若いうちは何だってできる〟〝死ぬつもりになったら何だってできる〟と思えるのは、生きる力を持った人。
生きる力を持った人が、生きる力を失った人の気持ちを理解しきることはできない。
また、生きる力を持った人が、生きる力を失った人に生きる力を吹き込むことは難しい。
しかし、生きる力を持った人は生きる力を失った人に〝生きる力を吹き込める〟と勘違いしやすい。
それは何故か。
〝生きる力は自分でつくりだすもの〟〝つくりだせるもの〟と過信しているから。
でも、そう思える思考そのものが、本人を生かしているとも言える。
・・・まぁ、その類の意味はあまりに深大で、私ごときでは説明し尽くせるものではない。


私に依頼された仕事は、残された肉片・血痕の特掃。
汚染箇所は、屋上に突き出た設備棟とその下の地面。
投身自殺を図った遺体や転落死した遺体、そして、その凄惨痕を幾度となく見てきた私の頭にはリアルな画が浮かんできた。
そして、それが困難な作業になることは、現場を見なくてもわかった。

一通りの説明を受けた後、私は現場に向かうことになった。

「この上か・・・」
建物は七階建。
落下地点はその屋上。
下から見上げたビルの屋上は、はるか彼方のように思えた。

「これを登らないと現場に行けないのか・・・」
屋上までは内階段段を使って難なく上がれたものの、やっかいなのはそこから先。
設備棟に上がるためには外壁についた鉄ハシゴを昇るしかなく、私は、呆然と空を見上げた。

「行くしかないよな・・・」
私は、襲い掛かる恐怖感に尿意を覚えながら深呼吸。
意を決してハシゴに手をかけ、最初の一段を踏み込んだ。

「ヨイショ!ヨイショ!」
私は、ナマケモノのような超スローペースで、一段ずつ上昇。
自分の手足にちゃんと力が入っているのかそうでもないのか、よくわからないくらいに気持ちが動揺していた。

やっとのことで、設備棟の上に到達した私の目には、いきなり衝撃の光景が・・・
空調設備らしき機械の一部が破壊され、いたる所に赤茶色の血痕と肉片が飛び散っていた。
それはまた、遺体の損傷が激しかったことを想像させた。

私は、自分の作業に関わることなので、汚染部分を念入りに観察。
肉片と血痕は、当初の予想をはるかに越えて広範囲を汚染。
それだけならまだしも、私は、その肉片の大きさに驚愕・・・小さいミンチ肉だけではなく、拳半大の大きなブロック肉があちこちに残されていた。

そこは、風通しのいい屋外ということもあって、異臭はさして気にならなかったけど、見た目は超グロテスク。
まるで、ホラー映画用に作られたセットのようだった。


「あれを掃除するのは、なかなか大変ですよ」
「わかります・・・」
「不気味とか気持ち悪いとかはないんですけど・・・」
「ええ」
「あの高さがどうにも苦手で・・・」
「はぁ・・・」
「そちらは設備屋さんなんで、高い所が平気な人はたくさんいらっしゃるんじゃないですか?」
「えぇ・・・それはそうですけど・・・」
「死体痕がダメですか?」
「そうなんですよぉ」
「余計なことを考えなきゃ、結構イケるもんなんですけどねぇ」
「仕事柄、高い所が平気な人間はうちにたくさんいますけど、皆怖がっちゃって・・・一人、ダウンした者もいますし・・・」
「ダウン?」
「えぇ・・・」

第一発見者は、偶然に居合わせたこの会社の若手社員。
現場で通常の作業に従事していた社員は、突然の衝撃音に驚き、音のした方へ走った。
向かった先はビルとビルの間の狭いスペース。
すると、そこには人間らしき物体が赤い肉塊となって崩れていた・・・。
その社員は、精神的に甚大なショックを受けたのだろう、それ以来ずっと仕事を休んだままで、復帰のメドも立っていないとのこと。
その様子からは、多分、そのまま退職になる可能性が高いとのことだった。

就職氷河期に大学を卒業した社員は、就職難を突破。
本人の第一希望だったのかどうかは分からないけど、この会社に入った。
そして、一通りの仕事をおぼえて独り立ちした矢先にこの出来事と遭遇したのだった。

仕事を辞めることって、当人にとってはなかなかの大事のはず。
大袈裟かもしれないけど、それが人生を大きく左右することもあると思う。
それが、不可抗力的な事故によって定められてしまうことに、気の毒な理不尽さを感じた。


覚悟していた通り、作業は困難なものとなった。
地面の方は、警察が拾えるだけ拾っていったようで大した肉片は落ちていなかったのだが、屋上の方はほとんど手つかずの状態。
高所恐怖症も手伝って、手足には力が入らず心臓も凍りつきそうになったが、ビビってばかりでは仕事にならない。
私は、頭は休ませても手だけは休ませないように動かし続けた。

人肉と言えども、人の形をなくしてしまえば、牛豚とさして変わりはない。
私は、あちこちに付着した肉片を一つ一つ削りとり、血痕を擦りとった。
そして、最初は心身ともにきごちない動きしかとれなかったのだが、肉片になる前の若い故人やダウンした若い社員に想いを巡らせていると、特掃魂に火がつき、私の作業は次第に熱を帯びていくのだった。


人生の転落は、何がきっかけになるかわからない。
仕事・金・病気・人間関係etc・・・
そして、それらとは、いつどんなかたちで遭遇することになるかわからない。
また、自分の力で回避できることと、そうでないことがある。
しかし、転落しそうになったときに踏ん張れる力・生きる力は、本来から人間の本性に備わっているような気がする。
それが、自分に意識できなくても、自分が自覚できなくても・・・それを信じることが大切。
どんなに自分を弱虫にして卑下しても、生きていること自体が生きる力を持っているという証だから。
そして、そんな小さな生きる力を積み重ねることによって大きな生きる力が育まれていることを信じたい。


「俺まで落っこちないように気をつけないとな!」
地面が近づくにつれ、ハシゴを握る手に生きる力を込める私だった。





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