特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

泣き虫

2022-04-28 07:00:00 | 自刃自殺
四月も末になり、日によっては、暑いくらいの陽気に。
それにしても、「春暖」というものは、とても心地よい。
秋涼の十月ともども、一年のうちで四月は、心にも身体にも優しい時季である。
また、新年度で、新たな人生や生活をスタートさせた人が多い時期でもあり、私には関係ないこととは言え、それだけでも、少しは新鮮な気分が味わえる。
が、しかし、現場で作業する上では障害になることも少なくない。
やはり、気温が高いと体力を消耗しやすい。
また、孤独死現場などでは、汚染と異臭が深刻化しやすく、ということは、それだけ作業もハードになるわけで、体力消耗と併せると「三重苦」になってしまうのである。

とはいえ、春の陽気なんて、まだまだ序の口。
この後には、蒸し暑い梅雨がきて、猛暑の夏がやってくる。
今の時季でも、既に「ツラいなぁ・・」と感じることがあるのに、夏になったら、どんなヒドい目に遭うことになるのか・・・
もう、過酷な夏はイヤと言うほど経験しているけど、加齢にともなう衰えを携えての夏は、毎年、初めて。
衰えるばかりの中、今年も、それを受け入れるしかないわけだけど、本音を言うと、もうウンザリ・・・
身体が壊れるのが先か、精神が壊れるのが先か、どうしたって明るい気持ちにはなれない。

しかし、世の中は、明日から、嬉しい 楽しいGW。
一般的に、今年は4月29日~5月8日の十連休か。
コロナ禍も、「BA.2」とか「ⅩE」と言われる変異種も流行ってきていて微妙な感じだけど、重症化のリスクを鑑みると、人々は活発に動きそうな雰囲気。
政府や自治体による大きな規制もないし、一昨年・昨年に比べたら、多くの人が、帰省・旅行・飲食等を楽しむのだろう。
「十連休」なんて、まったく縁のない私には夢のような話。
それでも、人々が休暇を楽しんでいる姿を目にすると、ホッとするものがある。
休暇はなくても、そんな平和な社会に自分もいられるわけで、それはそれで、ありがたいことだと思っている。

それにしても、何日も遊び歩くには、相応の費用がかかるだろう。
時間があっても金がなくちゃね・・・
十日間、ずっと遊び通せるのは、そこそこ裕福な人か。
旅行で何泊もし、名湯に浸かり、アトラクションを楽しみ、おいしいものを食べ、欲しいものを買う・・・
それとも、金をかけずに時間を楽しむ術を知っている人か。
ドライブやツーリング、スポーツやアウトドアレジャー、読書や散歩等々・・・
他人の懐事情は私には関係ないことだけど、結局のところ、その両方とも持ち合わせていない私みたいな人間は、長期休暇なんかない方が幸せなのかも?
金も趣味も友達もないのに時間だけできたとしても、外に出ることさえ面倒臭くて、部屋に引きこもったまま昼間から酒を飲むか、眠くもないのに布団でゴロゴロするのが関の山。
そんなことしてたら、身体や精神を余計に壊してしまうだろうから、長期休暇やレジャーは、頭で妄想するだけに済ませた方がよさそうだ。



訪れた現場は、住宅地に建つフツーのアパート。
目的の部屋は一階の一室。
玄関前には、薄っすらとしたコゲ茶色の汚れが点々。
よく見ると、そのカタチは靴の跡。
一般の人だったら気にも留めない汚れだろうけど、私は、それをマジマジと注視。
それが、遺体を搬出する際に警察が残していった血の靴跡であることは、ほぼ間違いなかった。

現地調査を依頼していたのは、このアパートを管理する不動産会社。
私は、そこから「室内で事故があった」とだけしか聞いておらず。
一体、それがどのような事故なのか、室内のどこで起こったのか、それで住人がどうなったのか、まったく知らされておらず。
とにかく、部屋をみて、必要となる対策を提案するよう言われていただけ。
しかし、玄関前の足跡は、私の期待なんか無視して、室内が軽症であることを真っ向から否定。
汚染が、軽くてもミドル級以上であることは、ドアを開けずしても察することができた。

イヤな予感は的中。
玄関ドアを開けると、床は一面ワインレッド。
血で彩られた無数の足跡が重なり、肴のウロコのような紋様がビッシリ。
それだけでも充分に衝撃的な光景だったのだが、それは、まだ序章。
本当の現場は、その脇にあるユニットバスで、私は、扉を開ける前に浴室電灯のスイッチを入れた。

すると、扉の半透明アクリル板の向こうには、「赤」が映し出された。
普通の浴室なら、「白っぽい黄色」もしくは「黄色っぽい白」のはず。
しかし、ここは、「くすんだ赤」。
こうなると、浴室で何が起こったのか、浴室がどういうことになっているのか、だいたいの想像はつく。
もう、ミドル級どころか、おそらく、ヘビー級。
私は、大きく溜息をついて呼吸を落ち着かせ、浴室から視線を避けながら扉を開けた。

すると、目の前には衝撃の光景が・・・
浴槽にたまった水は真っ赤、洗い場の床も壁の下部も真っ赤・・・
それに加えて、あちらこちらに手足の跡による濃淡や紋様が・・・
所々には血塊が黒く光っており、故人に悪い言い方になるけど、まるで地獄絵図・・・
何かよくないものに囲まれたような錯覚を覚え、こういうところには慣れているはずの私の背筋にも強烈な悪寒が走り、また、何かの感情が揺さぶられたのだろう、その目には滲むものがあった。

不動産会社が伝えてきたように、「事故」と言えば事故なのかもしれない・・・
しかし、正確に言うと、「自傷行為」。
当人が亡くなったかどうかは断定できないけど、残された血は大量で、残された血痕は重症で、出血がかなりの量だったことを裏付けており、医学的知識がない私でも「これじゃ、とても生きちゃいられないだろう・・・」と思うほかなく・・・そうなると、私の思考は、不本意でも、「自殺」というところに着地するしかなかった。

部屋に残されたものから、故人の氏名・年齢が判明。
私より少し若い男性だったが、ほぼ同年代。
どんな経緯があったのだろうか・・・
重い苦悩を抱えていたのだろうか・・・
無邪気に人生を楽しめていた頃もあっただろうに・・・
精力的に生きていた頃もあっただろうに・・・
故人の生い立ちは知る由もなかったが、同年代男性の衝撃死は、私の胸に深い溜息と重苦しい鉛を投げ込んできたのだった。

現場がどんなに凄惨であろうと、作業がどんなに過酷であろうと、私は、一人でできる作業は一人でやる主義。
当然、この現場もそう。
「これをやらなきゃならないのか・・・」
「我ながら、よくやるよな・・・」
嫌悪感と恐怖感と同情心が、ゴチャゴチャに混ざり合った“トホホ・・・”な感情を抱きながら、私は、汚染具合を充分に確認して後、ひとまず現場を後にした。

それから数日後のある夜。
私は、いつものように一人で晩酌。
そんな中、何を考えていたわけでもなかったのに、ふと、この現場のことが頭に浮かんできた。
あの、凄惨な、真っ赤な光景が・・・
すると、徐々に、気持ちがグラグラと動揺。
そして、少しすると、目に涙が滲み出てきた。
酒に酔っていたせいもあるのだが、意味不明なことに、滲み出た涙は、こぼれ落ちるくらいに。
いつもの濃いハイボールを飲みすすめながら、血に染まった現場を思い出し、背中を丸めて黙々と掃除する自分の姿を想い浮かべると、泣けてきて・・・泣けて泣けて仕方がなかった。
「やりたくない」というか、「惨め」というか、何かが悲し過ぎて・・・
おそらく、故人への同情と哀れみと、自分への同情と哀れみが、酔った頭の中でグチャグチャに混ざり合って、消化できない想いが涙となって流れ出たのだろうと思う。

作業の日。
特に腹をくくってきたわけでもなく、自分を奮い立たせてきたわけでもないのに、同情心こそ残っていたものの、覚悟していた嫌悪感や恐怖心はまったく湧いてこず。
それどころか、気持ちは至って冷静。
動揺も狼狽もなく、あったのは、同士的感覚で、故人に話しかけるように、「大丈夫!すぐにきれいになる!」と、独り言を繰り返しながら黙々と作業。
“ノリ”としては、まるでライト級の現場でも片づけるかのよう。
その揺るがない感覚は、自分でも不思議なものだった。

ただ、作業自体は決して楽には進まず、なかなか難儀なものに。
汚染度は深刻かつ広範囲で、赤に囲まれた雰囲気もなかなかの圧力。
また、血塊となった部分は石のように固く、なかなか除去できず。
自分の作業によってきれいにできたところが、別の作業で汚れてしまうような始末。
自分で自分の手際の良さを褒めながら、また、自分で自分の段取りの悪さを責めながらの作業となった。

しかし、労苦の甲斐あって、あれだけ赤かった浴室は、もとのベージュ色に回復。
血生臭かったニオイも消えた。
言われなければ、ここで何が起こり、どれだけ汚れていたのかも、知れることはないくらいに。
また、頭の中で、特殊清掃のBefore・Afterを比べると、自分でやったことにも関わらず、まるで夢でも見ていたかのように思えるくらい浴室はきれいに。
その様子を見て、私は安堵。
ちょっとした達成感もあった。
ただ、その中には、故人と自分に対する妙な虚しさや悲しさもあり、再び、私の目は潤んだのだった。


平均的に考えると、私の人生は三分の二が過ぎた。
残されているのは、あと三分の一。
それも、頭も身体も衰えていくばかりの“下り坂”。
そこに、どういった夢や希望が抱けるというのか・・・
どういった夢や希望を抱くべきなのか・・・

この故人も、苦悩を抱えていたのだろう・・・
「人生に苦悩はつきもの」と頭でわかってはいても、心がそれを受け入れない。
「悩んでいるうちに人生は終わる」と頭でわかってはいても、その時間に耐えられない。
心で泣き、顔で泣き、苦悶の涙を流したこともあっただろう・・・
「死にたくはないけど、生きているのもイヤ」といった苦境に陥ったことも何度となくあったかもしれない。

人生は、思い通りにならないもの。
だから、耐え忍ぶことが必要。
そして、耐え忍ぶことは尊い。
しかし、それに潰されてしまいそうになることもある。
ただ、人には、我慢しなくていいことがある、我慢しない方がいいことがある。
また、人生には、我慢しなくていいときがある、我慢しない方がいいときがある。


人は、涙を流すことで癒されたり元気がでたりすることがあるのだそう。
ストレス多き現代社会には、「涙活」という言葉もあるくらい。
諸説・異論もあるだろうが、能動的に涙を流すことでストレスが発散できるらしい。
ただ、口に唾液があるように、鼻に鼻水があるように、目に涙があるのにも意味があるはず。
ということは、「泣く」ということは、まんざら悪いことだけではなさそうだ。

泣きたいことがたくさんある私は、現実にも、泣いてしまうが多い。
ほとんどは一人きりのときだけど、人前で声を詰まらせたり、目を潤ませたりすることも少なくない。
この歳になって、まったく、恥ずかしいかぎりなのだが、しかし、それで恥をかくのは自分だけ。
他の誰かを辱しめるわけではない。
だったら、いいじゃないか。泣いたって。だよね!?

何かが悲しくて、何かが辛くて・・・
そしてまた、何かが嬉しくて、何かがありがたくて・・・
威張れることでもなければ、自慢できることでもないけど、この泣き虫オヤジは、「人生はアッという間」「あと、もう少し」と、今日も心で泣きながら、たまに顔でも泣きながら、自分なりに必死に生きているのである。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社

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