特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

新天地

2007-08-12 07:12:02 | Weblog
住み慣れた街・見慣れた景色に囲まれて変わりばえのしない生活を続けていると、少し遠い土地に行っただけで、カビた心に新鮮な風が通る。
旅行とかレジャーに縁がない生活をしている私だから、特にそう思うのかもしれない。

人生の節目などで新天地に立つことは、真間ある。
転居・就職・転職・進学・転校etc。
私自身も、ここまで生きてくる中で、色んな新天地を経てきた。
保育園・小学校・中学・高校・大学、各種バイト、転々と暮らした街々、そして死体業。

それぞれの新天地に踏み入るとき、それぞれに不安と期待、その先へかすかな希望をもっていた。
しかし、死体業だけは違っていた。
20代前半の頃に身を投じたこの仕事、期待も希望もなく、単に投げやりな気持ち。
「あとは、どうにでもなればいいや・・・」
と、短絡的なマイナス思考まっしぐら。

それから山あり谷あり、汗かきべソかき・体力と精神力を擦り減らし、他にやれることもなく・やりたいこともなく、何とかここまでやってきた。
食ってくため・生きてくためには、ワガママばかりは言ってられないからね。


ある中古マンションでの出来事。
孤独死した故人は、そのまま何日か放置され、腐乱死体となっていた。
亡くなった場所は寝室、その腐乱痕はベッドにあった。

シングルベッドのマットには、茶黒く凹んだ人のかたちがクッキリ。
故人にとって一番楽な姿勢だったのだろうか、真横に向いて腰と膝を少し曲げたかたちが残っていた。
枕には、タップリの頭髪も貼り着いていた。

「床までイッてなきゃいいけどな」
私は、腐敗液を吸ったベッドマット持ち上げて、脇からその下を覗き込んだ。

「あちゃ~、底板はダメだな」
ベッドの底板は、広範囲に濡れていた。

「だいぶ長いこと寝てたみたいだな」
その汚染深度は、故人の死が長い間誰にも気づかれてなかったことを示していた。

「やっぱ、ダメかなぁ?」
ベッドの下を覗き込んでみた。
しかし、暗くてよく見えない。

「ベッドをどかしてみないと分からないな・・・後にするか」
腐敗液が、布団・ベッドマット・床板でろ過されながら通り抜け、透明な腐敗脂となって床まで到達しているケースはよくあるので、私はそれも頭に入れて他の部屋の見分に移った。

「それにしても、随分と片付いている家だなぁ」
その他の部屋を見て回ると、目に見える家財・生活用品はやたらと少なく、部屋の隅々に積まれた段ボール箱や袋ばかりが目についた。

一通りの見分を終え、私は管理事務所に鍵を返しに戻った。
そして、中の状況を報告。
「床までイッてそうなんで、掃除はちょっと大変そうです」
「そおですかぁ・・・まいったなぁ」
管理人の男性は、嫌悪感丸出しで顔を顰めた。

「それにしても、部屋にあるモノは随分と片付いてましたけど・・・」
「あーぁ、○○さんは、ここに越してきたばかりだからねぇ」
「え?越してきたばかりなんですか?」
「ええ、だから梱包されたままの荷物がたくさんあるんでしょう」
「だから!ですね」

故人は、このマンションを前の所有者から購入。
そして、亡くなる少し前に越してきたばかりだった。
この新天地で老後をゆったり過ごすつもりだのだろう、引越しの当日はそんな話をしながら管理事務所や隣近所に丁寧に挨拶をして回っていた。
就寝中の突然死だったのか、体調が悪くて横になっていたのか、それから間もなくして亡くなった。

ここでは、故人が引越ししたてであったことが不運だった。
しばらく空室だった現場は、近所の住人も人気がないことに慣れていた。
そして、契約もしていないのでポストに新聞がたまることもなく、近くに知人もいないので訪問して来る人もいなかった。
したがって、故人の部屋から生活感が感じられなくても、誰も気にも留めなかったのだ。

そんな中、悪臭が漂いだし、近隣住民から苦情がで始めた。
多発する苦情を受けて、管理人は重い腰を上げた。
合鍵を使って部屋を開けると、強烈な悪臭とハエの大群。
瞬時に異常事態発生を察知した管理人は、寝室の故人を確認することなく110番通報。
マンション全体が騒然となる中、変わり果てた姿になった故人は、警察の手によって運び出されたのであった。

作業の日。
私はまず、寝室ベッドの片付けから始めた。
液体人間と一体化したベッドマットは〝哀愁のマットレス〟を彷彿とさせ、その場に相応しくない苦笑いを私に浮かべさせた。

腐敗液を吸ったモノを扱うのは、なかなか難しい。
手が汚れるのはやむを得ないにしても、身体まで汚してしまったら大変だからだ。
それでも、どうしても汚れてしまうのがこの仕事。
作業服に腐敗液を着けてしまうと身も心も重くなって、身体の動きが鈍るから難だ。

ベッドの始末が終わると、今度は床掃除。
フローリングの床は、薄暗い部屋で見ると、何の異常もないようにも見えた。
しかし、よーく見るとテカテカと濡れた様子が伺える。
そう、想定の通り透明な腐敗脂が広がっていたのだった。

なにも人間の脂に限ったことではないが、油脂類の清掃は簡単ではない。
かなり頑固に粘着しているので、それを除去するにはハイパワーの洗剤と固い特掃魂が必要。

寝室の片付けが終わって小休止。
共有廊下にでて外の風にあたっていると、管理人がやってきた。
私は、特掃の成果を報告し、あとの作業を説明。
管理人は、この件が元で判明した故人の身内関係を私に話し始めた。

故人には、身内らしい身内はいなかった。
遠い親戚がいるだけで、その親戚とも縁は薄かったみたい。
だから、その親戚も、故人の財産を相続するか放棄するか考えあぐねているらしかった。
平たく言えば、〝得なのはどっち?〟〝どっちが損しない?〟ということらしかった。

親戚は、金目のモノは残しておくように管理人に頼んでいったらしく、管理人はそれを私に依頼。
そんな動機で故人の荷物を漁るのは気が引けたけど、請け負った仕事は仕事としてキチンとやるしかなく、私は梱包された荷物を一つ一つ解いて金目のモノを探した。

この世の沙汰は金次第。
生前に関わりがなければ情なんてなくても仕方のないこと。
味気なくても、金で測ることもやむなしか。

「故人は、この荷物をどんな気持ちで梱包したのかな・・・」
「未来に希望があって楽しい気持ちだったんだろうな・・・」
「でも、まさかこの荷物を解くのがこんな特掃野郎だとは思ってもみなかっただろうな・・・」

きれいにまとめられた段ボール箱を一箱一箱開ける度に、何とも切ない気持ちになった。

新居での生活は短いものに終わった故人。
思い残したこと、やり残したこと、多くの未練があったもしれない。
「しかし、今頃は、最後の新天地でのんびり笑っている・・・」

身体も心も汚れやすい私は、ただただそう思いたかった。






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