特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

不正直者

2022-04-07 07:00:54 | 腐乱死体
舞い散る桜の下、コロナ禍は、第六波が収束しきることなく、第七波を予感させるような事態になっている。
どうも、従来のオミクロン株に比べ、「BA2」は、更に感染力が高いらしい。
困ったことに、重症化リスクも。
しかし、まだ、私のところには、三回目ワクチンの接種券が届いていない。
精神脆弱な今の私にとっては、こんなことも悩みの種のなるわけで・・・早いところ、済ませたいものだ。

そんな中、日本では新年度が始まり、希望に満ちて新しい生活をスタートさせた人も多いことだろう。
しかし、同じ地球の向こう側、東欧のウクライナは、それどころではない状況に陥っている。
つい一か月半前までは、賑わっていた街が廃墟となり、平和な日常を暮らしていた人々が殺され、また、家族を奪われ、家を追われ・・・
ウクライナの人々は、悪夢でもみているかのような心持ちか・・・
いや・・・そんな生ぬるいものではないだろう。

一方のロシアでは、不正直な指導者による子供だましの詭弁がまかり通っている。
惨殺・虐殺・拷問・拉致・略奪・・・人身売買まで噂されている。
歴史的背景や国益がからんでいるとはいえ、よくも、あんなヒドいマネができたものだ・・・
男も女も、子供も老人も、軍人も市民も、一人一人が“命”なのに。
ロシア兵だって一人の命。
いつだって、泣きをみるのは下々の者。
とりわけ、赤ん坊や子供が亡くなったニュースに触れると涙が流れる。
そんなに戦争がしたければ、それを指導する者が最前線に立てばいい。

殺人を命令する指導者達も人間。
人として生まれ、人として育ち、人として生きている。
死ななくてよかった人が、その人間の手によって殺されている。
生きようとしている命が、その人間に手によって消されている。
その人間の行いによって、あったはずの平和な暮らしや、希望の未来が奪われている。
これも、摂理なのか・・・
元来、人間が持ち合わせているはずの、「理性」とか「良心」とか「道徳心」はどこへいってしまったのか・・・
自分自身を含めて、人間一人一人が、省みる機会とするべきではないだろうか。



孤独死現場が発生。
依頼者は、故人の息子(以後、「男性」)。
「早急に対応してほしい!」という要望に、私は、ヘヴィー級、少なくともミドル級の現場を想像。
当日の予定を変更し、現場へ向かうことに。
約束の時刻を「到着次第」として、電話を終えた。

到着した現場は、住宅地に建つ一軒家。
「豪邸」というほどではなかったが、近隣とくらべると土地も広く家屋も立派。
インターフォンを押すと、男性が玄関を開けてくれた。
そして、私は、案内されるまま二階へ。
「ここなんです・・・」と男性が指さす和室にゆっくり入った。

結構、深刻な状況を想像していた私は、ちょっと拍子抜け。
故人は、布団に横になったまま亡くなったよう。
その布団は、既にたたまれた状態。
少しめくってみると、一部は赤茶色に変色。
結構な量の遺体液を吸っているようだった。
その下にあった畳二枚には水をこぼしたような遺体シミが。
ただ、窓が開けられていたせいもあって、異臭はほとんど感じず。
ウジ・ハエの発生もなかった。

男性によると、「死後一日で発見」とのこと。
しかし、私の見立ては違っていた。
寒冷の季節で、暖房も動いてなかったよう。
その割には、布団に滲みた遺体液の量が多すぎる。
敷布団を越えて畳にまで到達するくらいだから、少なくとも2~3日、おそらく4~5日は放置されていたと考えるのが合理的だった。

疑義に思うことは他にもあった。
それは、故人は、独居ではなかったということ。
故人には、同居する妻(男性の母親)がいた。
同居家族がいる一軒家で腐乱死体が発生したわけで・・・
一般的な感覚からすると、極めて不自然な状況・・・
その疑念を態度に出したつもりはなかったが、
「うちの両親は、ちょっと色々ありまして・・・」
と男性は、気マズそうな表情を浮かべながら、何かを弁解たそうに口を濁した。

故人夫妻は、縁あって出逢い、好き合って結婚したのだろうから、もともと仲の良い夫婦だったのだろうに・・・
子育てに夢中になっていた若い時分には、ともに笑い、ともに泣くこともあっただろうに・・・
しかし、いつのまにか、夫婦仲は良好ではなくなってしまった・・・

昨今、離婚なんて、まったく珍しいことではない。
熟年離婚だってそう。
恋人同士でいた頃は、特に何をするわけでもなく、ただ一緒にいるだけで楽しいもの。
しかし、いつのまにか、特に何があるわけでもないのに、一緒にいるだけで苦痛を感じるようになる。
人って、変えてはいけないところは変わり、変えた方がいいことが変わらないもので、何かが変わってしまうのだろう。
とりわけ、「子供」という鎹(かすがい)が居なくなってからは、それに拍車がかかったのではないかと思われた。

故人夫妻は、老い先短い人生において、正式に離婚するつもりもなかったのだろう。
離婚となると、現実的な問題として、経済的問題と社会的問題がでてくる。
財産を分割するのも、住居を別々にするのも、極めて面倒。
いい歳をしてからの離婚はスキャンダラスで世間体も悪い。
子供達(男性達)にもバツの悪い思いをさせ迷惑をかける。
また、嫌いな相手でも、“生活必需品”としての価値がないわけでもない。
で、結局、「仮面夫婦」という関係になり、「家庭内別居」という状況に至ったのだろう。

幸い、広い家屋のため、それぞれの部屋も確保でき、寝食を別々にすることも、そんなに難しくなかったのだろう。
お互いの生活パターンやリズムを把握し、水周りなどの共用部は阿吽の呼吸で使用し、顔を合わさずとも生活が成り立っていたのかもしれない。
ただ、仮に顔を合わさずとも、同じ家に暮らしているわけだから、お互いの生活音や気配は感じられていたはず。
ある日、突然、それが消えてしまったわけだから、不審に思いはしなかったのだろうか・・・
結果的に、腐敗が進行するまで放置されていたわけで、そこまで、夫妻の確執は深刻で、頑なにお互いを拒絶していたものと思うほかはなかった。

とにもかくにも、死後経過日数が何日だろうが、故人夫妻の関係がどうだろうが、私に、そんなことを問いただす権限はない。
男性の話が嘘でも本当でも、私には関係のないこと。
私は、余計なことは口にせず、黙って仕事をするべき立場。
頭の中を走り回る下衆の野次馬は放っておいて、私は、作業の方に頭を向けた。

私にとって、作業自体は軽易なものだった。
遺体液を吸い込んだ布団一組と数点の衣類を袋に梱包。
そして、水をこぼしたようなシミがついた畳を二枚、ビニールでグルグル巻きに。
それらを部屋から出してから、消臭剤・消毒剤を周囲に噴霧。
幸い、床板にまでは汚染は浸透しておらず、薬剤を撒いたのみ。
ものの30分程度で作業は終わった。

故人の部屋の畳は、新規に入れ替えれば、それで済む。
その後、一人で暮らすことになる男性の母親(故人の妻)に不便はない。
しかし、その心持ちはどうか・・・
良好な関係ではなかったとはいえ、長年、連れ添った夫が急にいなくなったわけで・・・
かつては、共に楽しく幸せな日々を過ごしていた時期もあったはずで・・・
「生きているうちに和解しておけばよかった」と悔やんだか・・・
「死んでくれてせいせいした」と喜んだか・・・
それとも、まったく無関心で、心が動くことはなかったか・・・
とにもかくにも、人生は一度きり、パートナーは一人きり・・・そこからは、何とも言えない寂しさが感じられた。

もちろん、夫婦関係が良好であっても、この孤独死が防げていたかどうかはわからない。
「寿命」という摂理は、人がどうこうできるものではないから。
だから、故人が部屋で静かに亡くなったことは不可抗力。
それに、すぐ気づけなかったことも不可抗力。
ただ、並の夫婦関係なら、遺体の腐敗までは防げたはず。
とはいえ、それは、後になってみれば何とでも言える「仮」の話。
「家族」といえども、一人一人、個々の人間。
価値観・感性・嗜好・志向も、違っていて当たり前。
その家族にはその家族なり家族関係があり、その家族にはその家族なりの事情がある。
家族にはそれぞれの“かたち”があり、良好な関係の家族もあれば、そうでない家族もある。
理想像はあっても、「こうあるべき」という姿はない。

豪邸とまでは言えなくても、周辺の家と比べると土地も広く、家も大きかった。
経済的には困ってはいなかっただろう。
しかし、例え家が小さくても、御馳走が食べられなくても、ブランド品が持てなくても、とにかく、家族は、仲良くして楽しく暮らす方がいいに決まっている。
そうしないと、人生がもったいないような気がする。

しかし、しかしだ、そこが人間の愚かさ。
小さなことに気持ちを引っ掛ける
小さなことが見過ごせない
小さなことが許せない
小さなことが我慢できない
そして、人間関係をこじらせ、殺し合いにまで発展させてしまう。

世の中で起こる殺人事件は、家族間・血縁者間で起こるものが最も多いらしい。
他人が他人を殺す件数よりも、身内同士の方が多いわけだ。
歴史をみてもそう。
親子・兄弟間の殺し合いなんてザラにあった。
何とも殺伐とした現実だが、これもまた、いかんともしがたい人間の性質。
一体、これは、何を表しているのだろうか。
固い絆で結び付きやすい反面、裏を返せば、危うい関係でもあるということだろうか。

「人間」というヤツは、どうしてこうも愚かなのだろうか。
つまらない意地や面子に固執し、過去の小事をいつまでも根にもち、それが、自分の首を絞めていることにも気づかず、いつまでも拘り続ける。
それでいて、世間・他人に対しては、寛容・謙虚な仮面をかぶって善人を装う。
本当は、素直な自分のまま、自然体で、清々しく生きていきたいのに。

「素直な自分=自分の悪性に従順」ということになりがちだが、本来は、「=自分の良性に正直」ということなのだろうと思う。
しかし、現実には、そうでない自分がいる。
世間体・欲・意地・面子・怠心・虚栄心・対抗心・・・そんなものが“素直な心”を覆い隠す・・・
そして、そのまま、理想に反した自分、不正直な自分だけが成長してしまい、後戻りできるチャンスも自らの手で放してしまう・・・
それが、幸せな人生を失わせることに薄々気づいていながら・・・
・・・素直さが欠けるが故に苦労している、この私が言うのだから間違いない。


本件において、私は、情もないアカの他人。
故人が孤独死したことに大した悼みは覚えず、肉体が腐敗してしまったことも事務的に捉えたのみ。
ただ、故人夫妻の晩年の葛藤や苦悩を察すると、他人事のようには思えず。
素直な心が持てない自分、正直な生き方ができない自分に、憤りや悔しさにも似た寂しさと虚しさを覚え、同時に、悔やまれてならない昨日を振り返り、また、見えない明日を探しきれず、私は、ただただ、溜め息をつくしかなかったのだった。



-1989年設立―
日本初の特殊清掃専門会社

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