特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ビジネスマンと主婦

2024-06-06 04:47:07 | 遺体処置
中年ビジネスマンが急死した。
勤務先の会社で突然倒れ、救急車で運ばれたものの、そのまま逝ってしまった。
私が出向いたときは、故人は既に自宅の一室の布団に横たわっていた。
検死をしたせいだろう、身体にはサイズの合わない浴衣が適当に着せられていた。
妻はあまりに突然のことで、6月27日掲載「明日があるさ」で書いた母親に似たような状態だった。
余程の猛烈ビジネスマンだったのか、故人にビジネススーツを着せてやってほしいと頼まれた。

捻くれた見方をすると、一人のビジネスマンは、会社を支える歯車の一つ、単なる機械の部品・消耗品と言えるかもしれない。
それでも、その中で一人一人のビジネスマンがそれぞれの夢と目標を持ち、仕事にやりがいを見出している。家族を守り家族の笑顔を支えに頑張っている人も少なくないのではないだろうか。
肌の合わない上司や同僚を前に自分を押し殺し、使えない部下の機嫌をとり、嫌な取引先にもペコペコと頭を下げる。
朝夕の満員電車も、少ない小遣いも黙って我慢。
金曜の夜に安酒をあおれば、ついつい愚痴っぽいことばかりが口をついて出てくる。
それでも、自分のため、家族のために働き続ける。

遺体にスーツを着せるのは容易ではない。死後硬直や浮腫みが作業の障害になる。
それでも何とかスーツを着せ、ネクタイをビシッと締めた。

「お父さんらしくなった・・・」

と妻は少し嬉しそうだった。
ヒゲが気になったので、故人が生前愛用していた電気剃刀でヒゲを剃った。

「昨日の朝は、いつも通り自分でヒゲを剃って、いつも通り会社に行ったんですよ」

と言う妻の言葉が印象的だった。
何の変わりばえもない日常、いつも通りに会社に行った夫が遺体となって帰宅したわけで・・・数日後には、妻に大きな喪失感が襲ったことだろう。
(参考までに・・・法医学によると、人が死ねばヒゲも伸びなくなるとのこと。死後も伸びたようみ見えるのは、肌が乾燥収縮するのに対してヒゲだけが残るだけだかららしい。)


中年主婦がトイレで急死した。
夫を会社に、子供達を学校に送り出した後、トイレで倒れて人知れず息を引き取ったらしい。
夕刻に帰宅した家族が発見したときは、既に手遅れ。
トイレ掃除でもしようとしていたのかどうかは分からないが、便器を抱き抱えるような格好で亡くなり、そのまま冷たく硬直していた。
夫から、

「身体を横に伸ばして休ませてやりたい」

と頼まれた。


私の勝手な想像だが・・・
この主婦も、変わらない日常を過ごしていたものと思う。
夫が外で働く間、家事や育児を懸命にこなしていたことだろう。
専業主婦にも外で働くビジネスマンと同等の大変さがある。

近所付き合いや子供のPTAの人間関係に神経を使い、時には家事労働に疲れを覚えながらも、外で働く夫を陰で支え、夫の健康と子供の健やかな成長を自分の幸せと重ねて生きてきた。
家族愛、家族の笑顔を何よりも大切にしてきたかもしれない。


故人の身体は、時間をかけて少しづつ硬直を解きながら伸ばした。そして、布団へ安置。

「布団に寝かせてやれてよかった・・・」

と夫は少し安堵したようだった。

「昨日の朝は、いつもと変わらず玄関で見送ってくれたのに、それが最期の姿だったのか・・・」

と言う夫の言葉が印象的だった。
夫も、明らかに妻の死を受け入れられていないように見えた。
いつも通り会社から帰宅したら、妻は亡くなっていた訳で・・・やはり、この夫にも、数日後には大きな喪失感が襲ったに違いない。


哲学者パスカルの有名な言葉に「メメントモリ(死を思え)(死を忘れるな)」という言葉がある。
私も、自分の死を考えることは有意義なことだと思う。
誰にも一度くらいは考えてみて欲しいと思う。

しかし、時間(人生)の有限性を理解し意識して生きることは、多くの人にはプラスに働いたとしても、それが全ての人に当てはまるとは限らない。
ある人によっては虚無感が増したり、またある人によっては短絡的思考を増長させる等、マイナスに働いてしまう側面もある。


それは、私自身にも言えること。
常に死を意識せざるを得ない仕事をしていると、毎日のように自分の死を考える。
その上で、「今を大切に生きる」ことがプレッシャーになることが多い。
知らない方がいいことを知ってしまい、考えない方がいいことを考えてしまう。
難しいことを考えていくと脱出不能の迷路にハマってしまうので、ある時点で余計な事を考えるのをやめることも「今を大切に生きる」ことに必要な大切なテクニックかもしれない。


ビジネスマンと主婦。
上記は、もちろん一組の夫婦の話ではないが、ごくごくありふれた組み合わせだと思う。そして、今回の記事が、夫をお持ちの方、妻をお持ちの方それぞれにプラスに働くと幸いである。


今日は、七夕かぁ。
短冊に願いことを書くとしたら、何と書こう・・・商売繁盛を願うとバチが当たりそうだしなぁ・・・。
例年通り東京の夜は曇雨みたいだから、今夜は三途の川は見えないんだろうな。

・・・もとい、「三途の川」じゃなくて「天の川」だった(わざとらしいオチで申し訳ない)。



トラックバック 2006/07/07 09:23:09投稿分より

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