特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

低所恐怖症

2010-01-27 17:06:22 | Weblog
首都圏にいる人で、工事中のスカイツリーを見たことがある人は多いだろう。
私が頻繁に使う首都高7号線からもよく見える。
まだ完成時の約三分の一しかできていないらしいが、かなり目立つ。
空中に三倍して想像してみると、感嘆の声がでる。

その昔、人々の目には、あの東京タワーもとてつもなく大きく映ったのだろう。
スカイツリーと重ねると、先人の想いがリアルに想像でき、時の妙を感じる。
しかし、その東京タワーも、今では周りのビルに押されて、わずかに目立つ程度。
もう、特段の輝きは放っていない。

そんな東京タワーに、私は、一度も上ったことがない。
上りたいと思ったこともない。
ビル数階の高さでも腰が引けるのだから、アノ高さは土台無理。
高所恐怖症の私には、間違いなく向かない。

しかし、あと何十年かしたら、スカイツリーの周りにも超高層ビルが建ち並び、東京タワーのように埋もれてしまうのだろうか。
その頃には、とっくにアノ世に逝っている私だろうけど、それを想像すると“楽しみ”というより怖い感じがする。

こうして生活していると、たまに、高いところからモノを言うクセをもった人・・・人に対してやたらと横柄な態度をとったり、初対面の相手にも平気でタメ口をきいたりする人と出会うことがある。
私の器量が小さいせいもあるだろうけど、そういうタイプの人は苦手。
私の感性に、その態度は目障りにしか映らず、その言動は耳障りにしか聞こえず・・・不快という、ストレスを感じてしまうから。

依頼者の中にも、やたらと高いところからモノを言う人がいる。
初動の現地調査は無償の仕事で、金銭のやりとりは発生しないのだが、依頼者と私は、事実上、“お客(買い手)と業者(売り手)”という上下関係に置かれる。
そんな依頼者は、“自分の方が上”という心理にもともとの性格が合わさって、初対面の相手(私)にでも気安くタメ口がきいてくるのだと思う。
それが、親しみの表れなら気にはならないのだが、単なる“上から目線”だと気に障ってしまうのである。

私の場合、初対面の人にいきなりタメ口はきけない。
また、初対面の人だけでなく、年下であってもそう親しくない人や、自分の方が立場が上であっても年上の人にもタメ口はきけない。
いきなりタメ口をきくのは、せいぜい、幼い子供くらい。
自己分析によると、それは謙虚さからくるものではなく、気の弱さ・気の小ささからくるもの。
私なりの世渡り術・自己防衛術なのかもしれない。
何はともあれ、私にとっては、その方が自然(楽)なのである。


特掃の依頼が入った。
電話をかけてきたのは“故人の弟”と名乗る中年の男性。
現場は古いアパート、死因は自殺。
発見が早かったため、遺体を原因とする汚染や異臭はほとんどなし。
ただ、無精だった故人は、ロクに掃除もせずに長年暮らしていたものだから、老朽汚損・生活汚染がヒドイよう。
更に、一刻も早く部屋を明け渡すよう、大家からプレッシャーをかけられているとのこと。
男性は、“鍵は、隣に住む大家さんが持っているから、あとは大家さんと直接やってほしい”と言って、あとのことを私に一任した。

「もしもし、○○さん(大家)ですか?」
「そうですけど・・・」
「はじめまして・・・△△さん(依頼者)から依頼を受けた片付けの業者なんですけど・・・」
「業者!?」
「はい・・・」
「△△さんはどうしたのよ!」
「“大家さんと直接打ち合わせでほしい”と頼まれまして・・・」
「それでアナタが電話してきたの!?」
「はい・・・」
「まったく!無責任ねぇ!」
「・・・」
「あれから何日経ってると思ってるのよ!」
「・・・」
「ちょっと、遅すぎるんじゃない!?」
「は、はぁ・・・」
大家の女性は、とにかく横柄。しかも、かなり不機嫌。
私は、その口のきき方と態度に戸惑い、閉口。
そして、仮に請け負った場合は、それが難儀な仕事になることを想像。
と同時に、遺族の男性が、私に一任した理由が飲み込めた。

現場は、乗用車一台がギリギリ入れるかどうかの、細い路地に面した老朽アパート。
大家の女性は、隣接する一戸建に暮らしていた。
私は、部屋の鍵を開けてもらうため、大家宅を訪問。
予め訪問時刻を伝えていたこともあって、女性はすぐに出てきた。

出てきた女性は、想像していた通りのキツネ顔。
笑みの一つもこぼさず、いきなり不満を爆発させた。
しかし、口から出る悪口のほとんどは、本来、私が受けるべきものではなく・・・
それでも、私しか聞く人間がおらず、私は、やむなくサンドバッグになるしかなかった。

一通りの文句を聞いて後、“まずは部屋を見てから・・・”ということで会話は終了。
私は、女性がぶっきらぼうに差し出した鍵を丁寧に受け取り、隣のアパートへ。
そして、部屋に入る不安感を女性から開放された安心感で中和しながら、階段を上がった。

玄関を開けると、そこはプチごみ屋敷。
遺族男性は教えてくれた通りの有様。
床のあちらこちらにゴミが散乱し・・・
家具・家電の上にはホコリが分厚く積もり・・・
流し台・浴室・トイレは酷く汚れ、掃除を請け負う前から気後れするくらい・・・
そして、台所と和室を隔てる柱の上部には、数本の釘・・・
その用途が瞬時にわかった私は、それまでにも何度となくついてきたのと同じ溜息をついた。


作業の日・・・
この日も、遺族男性は来なかった。
女性は、作業の途中でも、ズカズカと室内に入ってきて、眼光鋭く作業を監視。
そして、ブツブツと独り言の愚痴をこぼした。
私は、それを無視して作業に没頭。
そんな私に威圧感を覚えたのか、女性は、何か注文をつけてきてもおかしくないキャラなのに、ほとんど何も言わず。
そのお陰で、覚悟していたよりもずっとスムーズに作業を進めることができた。

作業が終わりかけた頃、私は、柱の釘を始末することに。
脚立を持ってきて、柱の前に置いた。
そして、それに馬乗りになり、そこに刺さる数本の釘を一本一本抜き始めた。
女性は、近くにきて、その様子を見物。
“柱に余計なキズをつけるなよ!”とでも言いたげな視線を送ってはいたが、どうも、それが何の用で打たれた釘なのか、わかっていないようだった。

束状に密集した釘に、釘抜きは差し込めず。
抜く術は、一本一本をペンチで挟んで、力任せに引っ張ること。
しかし、非力の私は、それに四苦八苦。
なかなか抜けない釘は、まるで、闇の力を誇示しているようだった。

しばらくすると、女性は、柱の釘の用途に気づいたよう。
驚嘆の声を上げたかと思ったら、眉間にシワをよせ、口に手をあて・・・
泣きそうな顔で、部屋を駆け出て行った。
生前の故人とその自死が、頭の中で渦巻いたのか・・・
私の目には、女性が、急激な嫌悪感と恐怖感に襲われて逃げ出したように映った。


女性の苛立ちや横柄な態度は、一体、何に起因するものだったのか・・・
“女性固有の性格や人間性”と片付けることはできるけど、はたして、それだけだったのだろうか・・・
釘に気づいた時の悲しげな表情は、一体、何に起因するものだったのか・・・
“自死現場特有の嫌悪感や恐怖感”と片付けることはできるけど、はたして、それだけだったのだろうか・・・
女性は、渦巻く感情や現実の理不尽さを、うまく消化できず、結果、それが不満や苛立ちになって爆発していたのではないだろうか・・・
同時に、自分の精神が低いところに落ちないよう、あえて高いところに立っていたのではないだろうか・・・
私は、そう思った。


人は、高いところを好む。
経済も地位も精神も、高いところに行きたがる。
しかし、いくら上がっても、欲は満足しない。
そして、時間ばかりが過ぎ、満たされる前に人生が終わってしまう。

人は、低いところを嫌う。
経済も地位も精神も、低いところに居たがらない。
しかし、足掻けば足掻くほど、希望は窮々とするばかり。
そして、時間ばかりが過ぎ、満たされる前に人生が終わってしまう。

見栄を張らないと、自分の地位がもたないことってある。
意地を張らないと、自分の身がもたないことってある。
虚勢を張らないと、自分の精神がもたないことってある。
後に残るのは、虚しさのみとわかっていても・・・

学歴・所得・社会地位に対する“社会的低所恐怖症”や、精神・心・気分に対する“精神的低所恐怖症”を患っている人は、多いのではないだろうか。
そして、今になって思うと、大家女性が患っていたかもしれない、そしてまた、私自身が患っている“低所恐怖症”が見えてくるのである。







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