特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

迷 ~前編~

2012-04-22 15:53:40 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
つい先日、携帯電話を忘れて出勤したことがあった。
ケータイを持っていないことに気づいたのは、通勤の途中。
時計がわりに時間をみようとしたときのことだった。
一瞬、失くしたことを心配して肝を冷やしたが、家に置いてきたことをすぐに思い出してホッ。
ただ、とりに引き返すと遅刻は必至・・・
しかし、引き返さないと、一日中、不便な思いをしてしまいそう・・・
私は、迷った。
ただ、急な出動がないかぎり、その日は外出の予定はなし。
結局、「ま、なんとかなるだろ」と、自分に似合わないポジティブな考えを持って、そのまま出勤した。

しかし、ケータイを持っていないと何とも落ち着かないもの。
自分の不便だけにとどまらず、場合によっては、他人に迷惑をかけてしまうこともあるし。
「誰かから電話がかかってきているかも・・・」
「大事なメールが届いているかも・・・」
ことあるごとに、そういった考えが頭を過ぎった。
が、幸い、大きなトラブルはなく一日は過ぎた。

夜、帰宅した私は、ケータイに向かって直行。
そして、すぐさま、中を確認。
ただ、心配する気持ちをよそに、着信電話も着信メールもゼロ。
本来なら事なきを得たことに安堵すべきなのだが、妙に寂しい気分に苛まれたのだった。


ケータイで迷うことがもうひとつ。
今の機種は二年半くらい使っている。
そして、ここのところ調子が悪い。
通話圏内にもかかわらず圏外表示になる。
こうなると、電源を落として再起動しないと復旧しない。
また、電話がかかってきても、受話器がなかなか上がらない。
受話ボタンを何回か押さないと“通話中”とならない。

あと、とにかく重い(重量ではなく処理速度が)。
単に時刻を知りたいだけのときでも開くのだが、ディスプレイに画像が揃うのに3秒くらいかかる。
つまり、ケータイを開けて時刻が表示されるまで3秒かかるわけだ。
「たった3秒?」と思うかもしれないけど、これが結構イラつく。
“隊長”のキャラが立ち過ぎて誤解されているかもしれないけど、私は、かなり気の短い性格。
回りに誰もいない時なんかは、「ふざけんな!ブッ壊すぞ!このヤロー!」等とケータイに怒鳴ってしまうような輩である。

そんなこんなで、そろそろケータイを新機種にする必要がでてきている。
そこで、問題なのが、新しいケータイをスマホにするか従来型のままにとどめるか。
普通に考えるとスマホなのだが、私の場合、使用ツールは極少。
電話・メールをはじめ、電卓・渋滞情報・天気予報・写真・・・その程度。
音楽を聴いたり、映像を観たり、何かをダウンロードしたり・・・そんな凝った使い方はしていない(できない)。
したがって、スマホを持ったところで“宝の持ち腐れ”になるのは明らか。
しかも、使い方(特に文字の打ち方)が大きく変わるはずで、そうなると慣れるまでの間、相当のストレスがかかるはず。
イラついて、叩きつけたくなるかもしれない。
にもかかわらず、回りの皆が持つスマホと使用欲のともなわない所有欲が邪魔をして、選択に迷いが生じているのである。



ゴミ部屋の主を名乗る女性から相談が入った。
何かに追い立てられているような口調から、私は、女性がゴミを緊急に片付けなければならない事情を抱えていることを推察。
建物のタイプ、階数、間取り、主なゴミの種類、食べ物・液体・糞尿の有無、ゴミの堆積高、床が見えているかどうかetc・・・頭にできあがっているマニュアルに沿って、事務的に質問を投げかけた。

建物のタイプは軽量鉄骨造の二階建アパート。
女性の部屋は一階。
間取りは一般的な1DK。
主なゴミは食べ物ゴミ・雑誌・衣類、糞尿はなし。
ゴミ高は膝くらい、床は見えておらず。

私は、積み重ねた経験をもとに積み重なったゴミを想像。
女性に大まかな作業内容、作業期間、かかる費用を伝えた。
すると、女性は、覚悟していたように大きく溜息。
その様子から、かかる費用が女性にとって過大であることと、それにともなって大きく落胆したことが伺い知れた。

女性は、既に、各方面に相談していた。
しかし、費用が大きな障害に。
女性の予算をきくと、どの業者も話を打ち切った。
私も女性の予算額を聞いたが、それは、現地調査に出向くまでの価値もない金額。
結局、それまでに現地を見に行った業者はどこもいないようで、私もまた、現地調査に出向く必要性を感じなかった。

電話の向こうには、助けを求めている人がいる。
「百聞は一見にしかず」を痛感したことも多々あり。
また、仕事にならない可能性が高くても、できるかぎり現地調査に出向くのが当社のスタンス。
あと、私は、根は冷たいくせに“温かい心の持ち主気分”を味わうのが好き。
ボランティア精神なんか持ってないくせにボランティアっぽい動きをみせて善人を気取るのが好き。
そんな感情と事情が頭の中で混戦し、結果、私は現地に出向くことでそれに決着をつけることにした。


現場に着いたのは当日の夕刻。
陽がながい季節で、まだ外は真昼のように明るかった。
私は、アパート正面の路上に車をとめ、女性の携帯に電話。
目の前に到着したことを伝え、玄関に向かって足を進めた。

少し間をおいて、玄関ドアは開いた。
そして、中からは、一人の女性がでてきた。
歳の頃は30代か、抱いていた印象の通り暗い表情をしていた。
玄関の奥に見える室内は、外とは対照的に薄暗。
まだ一歩も入らないうちに、ゴミ部屋独特の異臭が鼻を突いてきた。

事前情報の通り、ゴミは膝くらいの高さまで堆積。
床は一部たりとも見えておらず。
ただ、圧縮度は低く、堆積年月はそんなに長くなさそう。
食べ物関係のゴミが主で、衣類・雑誌などがゴチャ混ぜ。
更に、天井・壁にはゴキブリが堂々と構え、ゴミ野には人目もはばからずネズミが走り回っているような状態だった。

事の発端は、近隣におけるゴキブリ・ネズミの大量発生と異臭の漏洩。
その原因として疑われたのが女性宅。
苦情を受けた管理会社をはじめ、近所に住む大家も「中を確認させろ!」と迫ってきていた。
対する女性は、何だかんだと理由をつけてはそれを拒み続けてきたが、とうとう策も尽き・・・
「管理鍵を使って強制的に入る!」と警告されるに至っていた。

見積もった費用は、電話で伝えた費用とほぼ同額。
女性が払える金額には程遠いもの。
それでも、女性はゴミを片付けてくれるよう懇願。
「分割払いにしてくれれば必ず払う!」と涙ながらに訴えてきた。

女性の収入は低額・・・
正規雇用での勤務ではなく、更に、転職の繰り返しで勤務歴は短く・・・
ブラックリストに載っているのか、カードは不所持・・・
金を貸してくれそうな人や保証人になってくれそうな人もおらず・・・
もちろん、担保はなし・・・
部屋は賃貸で、引越逃亡も可能・・・
女性が示す判断材料は、役に立たないものばかり。
女性の信用度は上がるどころか、話を聞けば聞くほど下がるのだった。

もともと、私は安易に人を信用しないタイプの人間。
神経質で用心深い人間はやらないような仕事に就いているけど、神経質で用心深い。
更に、過去に、代金を踏み倒された経験が何度もある。
その脳裏には、苦い過去が蘇生。
私は、涙を浮かべる女性を前に腕を組み、表情を硬くした。

依頼を受けるかどうか、私は迷った。
目に前の現実は「No」なのだが、「Yes」となる要素が少しでもないか探した。
しかし、残念ながら、そんな要素はどこにもなかった。
それどころか、女性の口からは最後まで「自分で片付けようとした・・・」といった言葉もでず、自分でやろうかどうか迷ったような様子もなかった。
また、部屋には、自分で片付けようとした形跡もなく、結局、そこのところに人間の狡さがみえてしまった。
そして、その涙に、最後まで代金を払い続ける決意や必死さではなく、自己中心的な打算のようなものを感じてしまった。


担保なし、保証人なし、クレジットカード使用不可・・・
そんな依頼者でも、簡単な文書契約のみの信用ベースで分割払いに応じているケースはいくつもある。
(ちなみに、無職者、家賃・公共料金等の滞納者、多重債務者の場合は応じない。)
主たる判断材料は、個人的な感覚。
依頼者の人物像にもとづいて社内で協議して決める。
そして、多くの人が、その信頼を裏切らず払ってくれる。
しかし、少なからずの人は、その信頼を裏切るのである。

始めから騙すつもりの人はいないと思う・・・そう信じたい。
しかし、人間は弱いもの。
咽もとを過ぎれば熱さを忘れる。
心配事が片付き、不安が解消すると、マインドが変わる。
ただでさえ楽な生活をしているわけではなく、支払いは後回しになっていく。
そのうち、払わなければならない金が惜しくなる。
更に経つと、金を払うことが損なことのように思えてくるのである。


同じような条件でも依頼者を信用して請け負うことはあるけど、ここでは、女性を信用する気持ちは湧いてこず。
結局、私は、この依頼を引き受けなかった。
判断を保留して会社に持ち帰ることなく、その場で断った。
そして、
「何もやらなければいつまでも片付かないけど、アクションを起こせばいつかは片付く」
「時間と手間はかかるけど、その気になれば自分でも片付けられるはず」
そんな話をして、私は女性の部屋を後にした。
「仕事としては間違った判断ではない」と自信を持ちながら・・・
「人としては間違った判断かも・・・」と自信を失いながら・・・

つづく



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