特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ねこみⅡ

2009-06-01 17:24:43 | Weblog
睡眠環境の好みは、人によって違うのだろう・・・
私は、ちょっと肌寒いくらい・・・布団を一枚で、暑からず寒からず、ポカポカになるくらいの温度が好き。
本来なら、暑い夏でも、寒いくらいにエアコンをかけて、布団を掛けて寝たいくらい。
しかし、世の中が、これだけ地球環境に配慮する風潮にある中で、そんな無謀なことはできない。
(ホントは、電気代が気になってできないだけの、〝エコ〟ならぬ〝エゴ〟。)

それにしても、不眠症を患う(煩う?)私は、どんなに長く横になっていても、充実した睡眠がとれない。
以前、その状態を、知り合いの医師に相談したことがある。
すると、
「身体と精神の疲労バランスが悪すぎるのではないか?」
とのこと。

それを考えると、確かに、思い当たる節がチラホラ。
惰眠を貪らせているのは、ただの怠心だから、逆に、眠れないのかも・・・
ちゃんと仕事をして、心身がバランスよく疲れれば、よく眠れるのかも・・・
グッスリ眠りたければ、もっとハードに働く必要があるのかも・・・
ん゛ー・・・仮にそうだとしても、この衰えてきた心身では、それも考えものだな・・・


「こんな時間にすいません・・・」
ある日の夜遅く、男性の声で特掃を依頼する電話。
時刻を気にしてか、男性は、声量を控えめに自分の身分を名乗った。

「どういたしまして・・・」
礼には礼をもって接するのが、私の流儀。
礼儀をわきまえた男性に好印象を抱いた私は、不機嫌の芽を生えさせずに済んだ。

「動物の死骸なんですけど・・・片付けてもらえるんですか?」
男性は、ちょっと言いにくそう。
それでも、困っているらしく、思い切って電話してきたようだった。

「はぃ・・・やりますけど・・・」
それまでにも、数々の動物死骸を処理してきていた私。
慣れているとは言え、一つ一つの作業を思い出すと、おのずと気分は重くなった。

「お願いした場合、いつ来てもらえますか?」
男性は、焦っている様子。
私が応じれば、すぐにでも呼び付けそうな勢いだった。

「お急ぎですか?」
急いでいなければ、そんな時間に電話をしてくるはずもない。
その察しはついていたけど、私にとって出動の要否は大事なので、念のためにそれを訊ねた。

「えぇ・・・急いでます・・・」
男性は、断られることを恐れている様子。
声を、低姿勢が伺えるようなトーンに落としてそう言った。

「明日の朝一とか?」
怠け者の私は、〝明日でいい〟という返事を期待。
祈るような気持ちで、男性の返答を待った。

「いぇ・・・できたら、今夜中にお願いしたいんですけど・・・」
やはり、相応の事情があるよう。
申し訳なさそうに言う男性に、私は、年貢の納め時を悟った。


夜の出動は、独特のおっくうさがある。
しかも、その時は、眠気もさしてきていた時刻だったので、余計にそう思った。
しかし、世の中は、私を中心に回っているわけではない。
仕事なら尚更で、自分の都合なんか二の次にしてお客の都合を優先するのは当然のこと。
私は、面倒臭がってグズる自分をなだめすかして、頭を切り換えた。


「では、これから向かいますので・・・到着は○時頃になると思います」
「来てもらえるんですか!?ありがとうございます!」
「ところで、動物は何です?」
「多分、猫だと思うんですけど・・・犬かもしれません」
「どちらかわからないんですか?」
「猫っぽいんですけど、やたらと大きいんですよ」
「そうですか・・・」
単に、見えにくいだけなのか、それとも判別不能なくらいに腐乱しているのか、はたまた、犬でも猫でもない第三の動物なのか・・・
私は、男性の曖昧な返答に、恐怖に近い不安を覚えた。


到着した現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
夜が深まり、シーンの静まりかえる暗がりの中、依頼者の男性は私の到着を玄関先で待っていた。
私達は、お互い、名乗り合う必要もなく、簡単に挨拶。
そして、事の経緯と事情を話してもらった。

異臭は、数日前から周辺に浮遊。
当初は、その原因がこの家にあるとはまったく思わず、そのまま放置。
そのうちに、異臭の濃度は高まり、同時にハエが飛び回るように。
その状態を異常に思った男性は、念のために家の内外を点検。
そして、ウッドデッキの下に、妙な物体を発見したのだった。

男性は、この家の主ではなく、不動産会社の担当者。
家は空家で、男性の会社が仲介をして売却することになっていた。
そのためのオープンハウスを男性が企画。
宣伝広告もしっかりやって、それなりの来場者を見込んでいた。
しかし、敷地内に猫の腐乱死骸があっては、家がいくら良くても買い手がつくはずはなく・・・
開催日が翌日に迫ってのこの出来事に、男性は蒼冷めたのだった。


「この下か・・・」
男性に教わった通り、庭には建物続きのウッドデッキが設置。
腐乱動物は、その下に潜んでいるらしかった。

「どれどれ・・・」
私は、地に膝をつけ前傾。
デッキの下に懐中電灯の光を差し込んだ。

「あ゛ー・・・アレか・・・」
ウッドデッキの床板と、砂利の地面の間は約50㎝。
異臭が漂うその奥に、白っぽい毛を生やした物体が見えた。

「ありゃ、猫だな・・・」
今までの経験から、私は、犬説を否定。
そして、丸みのあるかたちに、猫を想像した。

「これだけ臭うってことは、かなり腐敗が進んでるはずだな・・・」
腐敗度が浅い硬直状態か、肉が完全に消化して毛皮と骨だけになったミイラ状態が好ましい。
しかし、これは、最も困難な状態・・・腐乱溶解の真っ只中にあるようだった。

「ここに潜れってか?・・・」
デッキの下は、這うくらいの高さしかなく・・・
土に汚れるのはもちろん、作業が困難なものになることを覚悟した。

「〝夜〟っつーのがミソだよな・・・」
明るい昼間なら、不気味さも半減したはず。
この作業を夜中にやらなけるばならないことに、太刀打ちできない因果を感じた。

「コレ、抱えんのか?・・・」
私は、猫を自分の手で抱えることに強い抵抗感。
這った姿勢で抱えたら、顔にくっつく恐れもあり・・・
さすがに、それは御免だった。

「崩れたら、目も当てられないしな・・・」
下手に持ち上げて崩壊でもしたら、とんでもないことになってしまう。
私は、そのリスクを避けるため、策を思案した。

「そうだ・・・そうしよ・・・」
私は、シャベルを使うことに。
手で抱えることを免れただけで、嬉々安堵。
イソイソと車からシャベルを持ってきた。

「ヨッシャ!始めるとするか!」
意を決した私は、使い捨ての防護服を身に纏い、地面に腹這いに。
片手に懐中電灯、片手にシャベルを持って猫に向かって匍匐前進した。

「やっぱ、猫だ・・・」
近づくと、動物の正体が判明。
目玉は、ウジに食われてなくなっていたけど、それは間違いなく猫だった。

「それにしても、デカい猫だなぁ・・・」
豊食の飼猫だったのか、その図体は巨大。
その下にシャベルを差し入れるにも、一苦労を要した。

「うげー!」
動かした死骸は、予想通り、死後硬直を通り越して溶解軟化。
グズグズのズブズブ状態で、毛も皮も肉も内蔵もあったものではなく、慎重に動かさないとイケないかたちに分解してしまいそうだった。

「俺って・・・」
深夜の住宅街、地ベタに這いつくばって、人知れずヘンテコな作業をする男が一人。
その様には、自分でも滑稽に思えるくらいの奇妙さがあった。


作業を終えた私は、本来のかたちを失った猫を車に乗せ、帰途に・・・
死体と夜中のドライブ(遺体搬送業務)をしたことは何度もあるけど、それが腐乱猫となると、また独特の雰囲気。
普通に考えると、気味のいい車中ではないはずだったが、私は、ひたすら疲労困憊。
ルームミラーに映る暗闇に怯える余裕もなく、来たときの道をそのまま逆に車を走らせた。

その日の私には、夜明けを待つ昼間の通常業務があった。
とっとと布団に戻りたかったけど、やってきたことを考えると、風呂に入らない訳にはいかない。
心地よい疲れと不快な睡魔を抱えながら、急いで入浴。
そして、
「人生って、なかなか愉快な代物だな・・・感謝!感謝!」
と、自分をなだめながら、病に寝込むかのように、グッタリと短い床についた私だった。






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