月曜日、妻は勤務先に午前中休みを取った。税務署で確定申告をするためだった。妻は偉い。自分で毎年、確定申告を済ませる。私は、会社を経営していた時、会計事務所に税金のことは、任せていた。ただその時期が来ると、「今年は税金払いますか」とだけ聞かれ、「はい」か「いいえ」で答えていた。
いつもなら妻が家を出る時、外はやっと太陽が出て明るくなりはじめる。習慣になっているので、いつもの時間に起きて、朝食をとった。普段より1時間遅く家を出た。税務署は、家から車で20分ぐらいの所にある。
税務署は8時30分から受付が始まる。妻は、午前中だけ休みを取ったので、午後には仕事がある。以前の確定申告で税務署に来た時、入り口にすでに多くの人が並んでいた。待つ時間が長かった。妻が仕事に遅れるわけにはいかないので、私は税務署に8時10分ごろ着くように計った。私が考えていた通りの時間に到着できた。
税務署には20台近くとめられる駐車場がある。道路から駐車場に入った。駐車場の真ん中に女性がいた。車はまだ数台しかとまっていなかった。私は安堵した。しかし女性が立っている場所が微妙。それに女性はラジオ体操のように体を折り曲げて、地面に手をつけ、起き上がる。私は税務署の署員の朝のラジオ体操に割り込んできてしまったと思った。女性の身支度は、明らかに公務員そのものだ。白のシャツに黒のスラックス。上着こそ着ていなかったが、リクルートスーツに間違いない。税務署署員のラジオ体操なら他の署員はどこ?いない一人もそれらしき人はいない。女性は弁慶の立ち往生よろしく駐車場の真ん中にいる。仕方がないので、私は駐車の枠のラインに入り込んで奥の駐車枠に車を止めた。いつもならこんな場面で何か言う妻は、あきれ果てたのか、これから始まる確定申告に気を取られていたのか、「行ってくるね」とだけ言って玄関に向かった。
私は、エンジンを切って、寒い車内で漢字パズルを始めた。早くて30分、訂正とかあれば1時間くらいかかると言われていた。驚いた。10分くらいで妻が戻って来た。車に乗り込むと堰を切ったように話し始めた。ラジオ体操もどきの女性の話しだった。確定申告の方は、何もなくすんなりと受理されたという。
玄関のドアの前で妻が待っているとあの女性がやってきた。ドアの脇に彼女の荷物、上着、カバンなどがあった。妻は彼女も確定申告にやって来た人だと思った。ところが妻に「もう確定申告できるのですか?」と尋ねた。妻はおかしいと思った。「還付を受けられるか知りたい人は、今でも確定申告できます」と答えた。すると彼女は「私は今日からここで研修を受けるために来ました。今日が初日なので緊張してしまって。体操して体をほぐしていました」と言ったそうだ。
彼女が税務署とどういう関係は、わからない。正式な署員なら入り口は別にあるはず。研修ってどういうたぐいの研修なのかもわからない。
先日、電車の中で、薄い浴衣に裸足で下駄を履いた初老の男性を見た。一昨日は、やはり電車の中で、天狗が履くような一本歯の高下駄を履いた男性を見た。スーツを着て、足袋に一本歯の高下駄だった。電車の中でもホームでも「カタ、カッタン、ガタ、ガッタン」とうるさい音を立てていた。世の中には、いろいろな人がいる。日本は自由な国で、住む人も自由気ままに生きているようだ。人間観察に興味津々。