朝歯を磨こうと歯磨きチューブを手に取る。妻のあとに歯を磨くとチューブに異変が残される。私はチューブを下から順に押し上げる。だからチューブの口近辺は買ったばかりのチューブのようにパンパンになっている。ところが妻はあろうことか私が丹念に指でチューブを挟んでのすように押し上げてチューブの形を整えたものをチューブの口のすぐ下の当たりを無残にグニャグニャにしてある。私にとって不可侵の聖域に妻は大胆不敵に手をかける。私は黙ってチューブをもと通りに下から丁寧に中身を口元に押し戻す。以前は私と同じようにチューブを下から押して歯磨きを使って欲しいと懇願した。言われて数日はチューブに妻の努力の跡が残される。しかしやがて元通りになる。
無くて七癖あって四十八癖と言えばいいのか育ちなのか躾なのかわからない。そう言えば妻の実家に泊まった時洗面所の歯磨きのチューブがどこでもありの凸凹でひとりニンマリと笑ったことがある。私の父は職人だった。仕事に関しては病的とも言えるような完璧主義者だった。歯磨きのチューブもキレイに下から口元に押し上げ、歯磨きが終わったチューブの下から巻き上げた。他にも職人的な押しつけを感じることがあった。
妻が育った環境と私が育った環境は違う。自我もそれぞれ持つ。男と女の違いもある。その二人がまもなく結婚して25年、銀婚式を迎える。25年夫婦生活を続けてこられたのは、○群れずまず二人を最優先してお互いを尊敬できる関係であること○許すことがたやすい関係であること○まともな食生活を大切にしている○いつもニコニコ現金払いを標榜して守ってきたこと、などだと思う。相手の欠点を探そうと思えば簡単である。妻からみても私は欠点だらけであろう。それをお互いに目くじらたてて指摘しあったら仲良く暮らせるわけがない。
今回の東京都知事選挙で小池百合子候補が「大年増、厚化粧、嘘つき」と言われた。私の心の中にも悪口、中傷、誹謗を喜ぶ残虐性がある。悲しいことだが否定できない。しかし思っても他の人にその思いを言葉にして伝えないのが教養ではないだろうか。「大年増、厚化粧、嘘つき」と言った人は自分の息子を助けようという思いからの発言だったのだろう。ちょうど同じころNHKの大河ドラマ『真田丸』では豊臣秀吉が末期を迎えていて周りに金を与え「秀頼をたのむぞ」と誰にでも頭を下げていた。親が自分で勝ち取った権力や名声を子供に引き継がせようとする姿は庶民には見苦しいものである。庶民にはしたくてもできないので妬みもある。
最近の政治屋、宗教屋、芸能人は秀吉気取りで世襲を狙う者が多い。悪い奴は組織を利用する。今回の東京都知事選挙で痛快だったのは、組織に無党派層が勝利したことだ。息子の地位保全に悪知恵を絞る親の戯言に負けない候補者、まず組織ありきの実態や世襲制度の進攻や政教一致の浸透を嗅ぎ分けて有権者が投票した。久々の良い選挙であった。
「大年増、厚化粧、嘘つき」とでも歯磨きチューブの絞り方を批判することでも相手を口撃できる。心に浮かぶいろいろな思いのどれを選んで口にするか、気が付いても許せることと許せない事を瞬時に決断するのも人間の尊厳だと思う。