東海道線の電車に乗った。午後2時を過ぎていた。乗客は、数えるほどしかいなかった。席はボックス型でなく車窓の下に続く長ベンチ型だった。私は、7人掛けの席の真ん中に陣取って腰をおろした。対面に男子高校生が4人座っていた。試験中なのか下校時間にしては早すぎる。皆制服のブレザーに英国のパブリックスクール風のストライプのネクタイをしていた。だらしなく脚を大股開きにしたり、腰を前方に滑らせ窓辺に頭を持たせて4人4様に座っていた。精気がないな、と思いながらカバンから読みかけの『法人類学者デイヴィッド・ハンター』を取り出して読み始めた。
しばらくして本から目を離し、なげなく床に視線を落とした。床の上を水が筋になって移動している。(写真:当日の現場)電車が揺れたり、傾斜すると合わせて水の筋が床をキャンバスに模様を描いていた。水の出どころを私の視線が辿る。4人の左から2番目の男の右側の靴の下から流れ出ている。「小便!」か「いや、それにしては量が多すぎる。いくら若くてもこの量はないだろう」と詮索を続行する。男子学生の広げた股の間の床に運動バッグが縦に置いてある。座席の下の運動バッグに大きなカバー付きの水筒が倒れていた。そこから水がまだチョロチョロと流れている。これは大変だ、とお節介なオジサンは、席を立ち反対側のベンチ席の前に立つ。4人とも目を閉じている。4人が4人、両側の耳にイヤホンをさしている。4人のうち右端の男子学生が薄目を開ける。
「何だよ、この変なジジイ」とその目は語っていた。ジジイ、私は「君!」と言った。男子学生は、眉間にしわをよせた。私は再び「君!ほら」と床のバッグの中の水筒を指差した。男子学生の両目がパッと見開き、あわてて耳からイヤホンをかきとるように外し、バッグの持ち主の男子学生をひとり飛び越しゆすり起こした。水の筋、おそらくはスポーツドリンクなのだろう、がすでに電車の床8畳ぐらいに拡がっていた。一条の水筋は、私の足元5センチに迫っていた。 水筒の持ち主の男子学生が、どのような行動をとるか興味津々観察を続けた。「うるせえな~何だよ」言いたげに、男子学生はあくびを繰り返しながら口を曲げ、よだれを手でぬぐった。床に広がる水のいく筋もの流れを見て、気だるげに手をバッグの水筒に伸ばして。キャップを締め直した。最後に革靴の底で自分のまわりの水たまりを引っ掻き回して、また目を閉じた。最初に私が声をかけた男子学生は、私と目を合わせることもなかった。水筒の持ち主の両側の男子学生は、何が起こったのか知ることもなく、イヤホンをかけたまま目を閉じていた。
これが日本の超一流有名校の学生である。彼らの行く末は見えている。決して希望を託せるとは思えない。将来が明るいとも思えない。私が彼らに取って欲しかった行動は、タオル、なければ自分の着ているシャツや上着でもいいから、床を拭いて元通りにすることだ。電車の床が濡れると滑りやすくなる。誰かが怪我でもしたらどうなることか。自分の責任を取れない、それを叩き込めない教育は、教育であろうか。男子学生に諭すことができない、ジジイの私は、彼らの成れの果てである。
しばらくして本から目を離し、なげなく床に視線を落とした。床の上を水が筋になって移動している。(写真:当日の現場)電車が揺れたり、傾斜すると合わせて水の筋が床をキャンバスに模様を描いていた。水の出どころを私の視線が辿る。4人の左から2番目の男の右側の靴の下から流れ出ている。「小便!」か「いや、それにしては量が多すぎる。いくら若くてもこの量はないだろう」と詮索を続行する。男子学生の広げた股の間の床に運動バッグが縦に置いてある。座席の下の運動バッグに大きなカバー付きの水筒が倒れていた。そこから水がまだチョロチョロと流れている。これは大変だ、とお節介なオジサンは、席を立ち反対側のベンチ席の前に立つ。4人とも目を閉じている。4人が4人、両側の耳にイヤホンをさしている。4人のうち右端の男子学生が薄目を開ける。
「何だよ、この変なジジイ」とその目は語っていた。ジジイ、私は「君!」と言った。男子学生は、眉間にしわをよせた。私は再び「君!ほら」と床のバッグの中の水筒を指差した。男子学生の両目がパッと見開き、あわてて耳からイヤホンをかきとるように外し、バッグの持ち主の男子学生をひとり飛び越しゆすり起こした。水の筋、おそらくはスポーツドリンクなのだろう、がすでに電車の床8畳ぐらいに拡がっていた。一条の水筋は、私の足元5センチに迫っていた。 水筒の持ち主の男子学生が、どのような行動をとるか興味津々観察を続けた。「うるせえな~何だよ」言いたげに、男子学生はあくびを繰り返しながら口を曲げ、よだれを手でぬぐった。床に広がる水のいく筋もの流れを見て、気だるげに手をバッグの水筒に伸ばして。キャップを締め直した。最後に革靴の底で自分のまわりの水たまりを引っ掻き回して、また目を閉じた。最初に私が声をかけた男子学生は、私と目を合わせることもなかった。水筒の持ち主の両側の男子学生は、何が起こったのか知ることもなく、イヤホンをかけたまま目を閉じていた。
これが日本の超一流有名校の学生である。彼らの行く末は見えている。決して希望を託せるとは思えない。将来が明るいとも思えない。私が彼らに取って欲しかった行動は、タオル、なければ自分の着ているシャツや上着でもいいから、床を拭いて元通りにすることだ。電車の床が濡れると滑りやすくなる。誰かが怪我でもしたらどうなることか。自分の責任を取れない、それを叩き込めない教育は、教育であろうか。男子学生に諭すことができない、ジジイの私は、彼らの成れの果てである。