団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

末は博士か大臣か

2012年10月11日 | Weblog

  夕方、妻を迎えに駅へ車で行った。コインパークに車をとめた。いつもと違ってなにやらやかましい。駅の前の道路の歩道に異変を見つけた。衆議院議員選挙に立候補予定の女性がマイクを握っていた。この候補以前から気になっていた。ポスターにおどる「絶対に絶対に絶対にあきらめません」の宣言。そりゃそうだろうあんなに美味しい議員職あきらめられないだろう。あわよくば大臣さえ狙える。「芯のある政治」どんな政治を芯ある政治と呼ぶのか。町のあちこちにポスターが貼ってある。これだけ毎日あそこでもここでも見ていると、いくら鈍い私の脳でも認識できる。でも本物とポスターの写真は、ずいぶん違っている。どう見ても同一人物とは思えない。プロの写真家に「顔写真は、焦点を顔の左右上下どこから撮るかによって同じ人とは思われないほど変化する」と以前聞いたことがある。

 本人は真ん中に立ち、両側を支持者と思われる人々が折りたたみ椅子に両側に7人ずつ並んで座っていた。そこは歩道より3、40センチ高い所にあった。ひな壇の一番下の段みたいだ。女性がほとんどで男性は2人しかいなかった。女性はおそらく全員年齢70歳以上のおばあさんたちである。キンさんギンさんによく似た小さく背中を丸めているお年寄りもいた。おそらく町の名士、もしくは名士の奥方なのだろう。若い有権者のいない風景に背筋が寒くなった。

 あのような光景を以前見た気がする。カナダ留学から帰国したばかりの私は、政治に強い関心を持っていた。衆議院議員選挙があった。私は新聞で読んだある候補者の主張に興味を持った。もっとその候補のことを知りたくなった。できれば直接話を聞いてみたかった。候補者の選挙事務所に行ってみた。区民会館の2階広間が選挙事務所になっていた。入ってすぐ来たことを後悔した。事務所の畳の上に広げられた折り畳みの座卓のまわりに座って茶飲み話に興じていた人々の視線がまるでスパイ襲来のように私を射抜いた。70歳ぐらいのやせた男性が私に近づいてきた。「あんたどこのうちの者だ」と慇懃に尋ねた。私は自分の家のある町名と氏名を名乗った。「何の用?」とその老人が尋ねた。横から他のじいさんが「○○町で○○やってる○○のとこの息子だ」と言った。皆がどっと笑った。私が政治屋や有力者の息子か孫であったなら「お坊ちゃま、なんでこんな所までお越しですか」と丁寧な応対をされたであろう。私はいたたまれず逃げるように事務所を出た。選挙がこのような旧態依然のムラ感覚で仕切られている現実を見せ付けられた。私のような者が政治に首を突っ込むことができるようになるには、少なくとも100年単位の時間が必要だろう。それ以来、政治に関心を失った。日本では特に田舎では、抜きん出た家柄と代々家業としての政治屋一家の一員である以外、ぽっと出が選挙に関わることができないと痛感した。

 「末は博士か大臣か」 この国では出世のゴールを博士と大臣に象徴する。今回の京都大学の山中教授のノーベル賞受賞は、日本中を久々に明るくさせた。これこそ博士の功績である。山中教授は皮膚科の医者である妻に精神的にも支えられ、家計も頼った。大学では資金難の中、研究を続けた。一方、政争に明け暮れ数ばかり多い国会議員は、やれ政党助成金だ経費月百万円とか年間1億円を超す収入と信じられないほど多くの特権を持つ階級にお手盛りを繰り返して登りつめた。日本のノーベル賞受賞者の数は、これまでに17人でている。この数は明治維新以来輩出された気骨ある国士の呼べる内閣総理大臣や大臣と同じくらいだと、私は計算する。ノーベル賞級の博士になれるか、国を先頭にたって正しい方向へ導く大臣になって結果を出せるか出さないかは、同じくらい低い確率であろう。それにしては待遇があまりにも違いすぎる。議員への税金の支出は、大きな無駄を含む。

  それにしても我が国の研究者の多くは、経済的に恵まれていない。私の高校の同窓の知人が大学の医学部の教授だった頃、東京で再会したことがある。彼の妻が開業医で家計の全てを負担していた。食事に出かけた。食事を終えると、彼は「すみませんが、お願いします」と彼の妻に伝票を渡して頭を下げた。博士が奥方に頭を下げて田舎から上京してきた私を接待した。山中教授の受賞が決まると、堰を切ったように予算が付き始めた。何事においても後手後手の日本政府。国の行く末を見据えて事前に手を打てる議員や大臣はいつ出てくるのか。大臣を狙う議員に無駄な税金を貢ぐより、ノーベル賞を目指す一人でも多くの研究者に未来を託す方が賢い選択ではないだろうか。

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