団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

抜粋ノート

2022年03月08日 | Weblog

  5日土曜日午後、妻とネットフリックスで映画『The professor and the madman』を観た。コロナでこの2年自粛生活を続け、今度はロシアのウクライナ侵攻で世界大戦かという恐怖にさらされている。少しでも重苦しさから逃げられるのは、読書と映画だ。ネットフリックスで何かいい映画がないかと探してみた。『博士と狂人』というタイトルに目が留まった。これってもしかしたらサイモン・ウィンチェスターの『博士と狂人― 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』の映画化か。主演はメル・ギブスンとショーン・ペン。どちらも好きな俳優だ。

 私は調べた。この本の感想と抜粋をノートに残してある記憶があったからだ。私はカナダ留学で“引用と要約”を嫌というほどきたえられた。学校では毎週、指定された相当量の本を読み、要約引用を駆使して自分の意見をレポートにして提出した。テストよりこのレポートが成績に反映した。

 見つけた。1997年の1月26日の日付で感想と抜粋が記録されていた。まさかあの本が映画化されたとは。期待を胸に観た。メル・ギブスンは20年かけて映画化したそうだ。素晴らしい出来。何度も感極まって涙した。妻も横でティッシュに手を伸ばしていた。

 私もオックスフォード英語大辞典を持っている。私は辞書で言葉を調べるより、辞書を読むのが好きだ。以前日本映画で『舟を編む』を観た。三浦しおんの同名小説を映画化したものだった。主演は松田龍平。『博士と狂人』と同じように辞書の編纂を取り上げた。抜粋ノートでこの映画の感想を調べてみた。抜粋にこう記してあった。「辞書は言葉の海を渡る舟。編集者はその海を渡る舟を編んでいく」と。

 辞書を作るという作業が、どれほど大変なことか、どちらの映画でもよく観てとれる。ひとりで出来ることではない。この頃はAI技術の進化発達で、紙に印刷されたどんなぶ厚い辞書でも何十冊も一緒に小さな電子辞書に納まってしまう。それができるのも先人たちの気が遠くなるような地味で細かい作業調査があってこそだった。

 ショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前』で修道院の貴重な書籍を収めた図書室が火事になった。当時の書籍は、印刷でなく修道士たちが字写室でペンとインクで書いたものだった。その貴重な書籍が燃える。ショーン・コネリー演じるウイリアムスが火事の中から狂ったように書籍を持ち出そうとするシーンがあった。

 今、ウクライナでも貴重な書籍、文化財、建造物ばかりでなく人の命まで奪われている。人間は、辞書を編むほど賢く、それを焼き尽くすほど愚かな生き物だ。「辞書は言葉の海を渡る舟。編集者はその海を渡る舟を編んでいく」ならば、「国家は千差万別の文化の海を渡る舟。施政者はその海を安全平和に渡る舟を編んでいく」であって欲しい。戦争は何も生まない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする