団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

ドアをノック

2020年03月16日 | Weblog

  私が住む集合住宅の地下1階は玄関ホールになっている。北側の真ん中に主玄関、南側に駐車場に出られる2か所の出入り口がある。中から外に出る時は、鍵がなくても出ることができる。外から中に入るのは、鍵が必要だ。

  私は集合住宅の鍵をキーホルダーにつけている。このキーホルダー鍵を引っ張ると紐が伸びるので鍵の開け閉めに便利である。値段は3千円くらいだが、腰をかがめて鍵の開け閉めが苦痛になったので購入した。

  たくさんの食料品や日常雑貨を買ってきて、駐車場に車を止めて中に入ろうとした。駐車場から玄関ホールに入ろうとして、荷物を胸に押し上げ、顎で押さえながらやっとキーホルダーの鍵を鍵穴に入れた途端、中からドアが勢いよく開けられた。キーホルダーから伸ばされて出て来ていた金属製の紐がプチンと切れ、鍵だけ鍵穴に残った。私は胸元の買い物袋を顎で押さえる事に集中していた。何もなかったように男性が中から外へ出てきた。

  この男性、私をこころよく思っていない人である。なぜなら以前、私はこの男性に意見したことがあったからである。この男性、時々主玄関から自転車を押してホールを横断して駐車場へ行く。雨の日でもお構いなく濡れて泥のついた自転車をホールに転がして行く。そこである日私は、彼に言った。「自転車は駐車場から入れるべきですよ。玄関ホールを管理人さんが掃除するの大変です」 彼は何も言わずに立ち去った。彼の奥さんも旦那と同じことをする。私は奥さんにも言った。私は「リモコンを使って駐車場から出入りしてください。みなさんそうしています」彼女は言った。「うちはリモコンが一つしかないんです」

  年に1階集合住宅の住民の管理組合の総会がある。そこで自転車の玄関ホール乗り入れはしないようにとの注意喚起があった。しかしその夫婦はその後も自転車の乗り入れをやめなかった。彼は「私は規則を守るつもりはない」と総会で言ったという。

  不思議なものでできるだけ会いたくない人とは、かえって良く合うものである。集合住宅で他の住民と出会うことがほとんどないのに、なぜか彼とか彼の奥さんには頻繁に出くわす。先日のキーホルダーが壊れた日もそうだった。3千円のキーホルダーが使えなくなった。そこで私は考えた。そうだノックだ。カナダの全寮制の学校での厳しい規則と集団生活を経験した。誰の部屋に入るにも必ずドアをノックして中からの許しを得てから入ることを教わった。

  日本の家は、開放的に作られている。私も子供の頃から日本的な間取りと造りの家で育った。障子戸や襖で仕切られた部屋は、プライバシーもなにもあったものではなかった。だからカナダの学校の寮に入った時、ドアを閉めれば、完全に個人の世界になることに違和感を持った。慣れてくるとそれがとても居心地が良くなった。ドアのノックの音が安心の保証になった気がした。

  私が現在住む集合住宅の管理人は、週3回の通いで非常勤である。歳は私と同じくらいの男性である。キーホルダーが壊れてから、警戒して、こちら側に人がいることを知らせる方法を考えた。駐車場から玄関ホールに入るドアをノックすることにしたのである。「コンコン」中から「ハーイ どうぞ」の声。私はドキっとした。「誰?」ドアを開けるとホールの奥に管理人が立っていた。ニコニコ顔でいつものように「お帰りなさい」と言ってくれた。


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