23日朝4時に起き、台所に入った。七面鳥を焼くためだった。今年は5.5㎏のずっしり重く大きなものだ。価格は3300円。
妻と二人で暮らす私たちが5.5㎏の七面鳥を食べきれるわけがない。東京に住む二人の子供の家族8人のためである。私の車の定期点検が23日10時の予約だった。
5.5㎏の七面鳥を焼くには約3時間かかる。220度で1時間10分、180度で1時間50分。180度にオーブンの温度を落としてからは10分に一度白ワインと下の受け皿にたまる肉汁を七面鳥にかけまわす。焼いた七面鳥を「アッチチッ、アッチチッ」と言いながら包丁で3家族分に切り分ける。七面鳥の腹に詰めたアワ、キビ、米、黒米、干しぶどう、甘栗、七面鳥の砂肝のコマ切れも分けた。グレービーソースとクランベリーソースもタッパーに入れる。
デザート用のパンプキンパイも5枚焼いた。私にとって七面鳥とパンプキンパイは一組のメニューである。47、8年前にカナダに渡り、クリスマスを経験した。一人寮に残る外国人の私を不憫に思って同級生が自宅のクリスマスへ招いてくれた。嬉しかった。そこで出された大きな七面鳥の丸焼きとパンプキンパイに心奪われた。日本の私の家では店で買った鶏のももと、デコレーションケーキがクリスマスの献立だった。それでも嬉しかった。カナダで経験したクリスマスは家族だけが集まる家庭的で他人が入る余地がない親密なものだった。
私は自分の子供二人の家庭を壊し、償いきれない過ちを犯した。その子供が成人して今では家庭を持っている。孫も3人いる。私の子供二人の心にシコリとなって残る悪い思い出を消そうとは思わない。しかし一つでもいいから私がいなくなってから何かのきっかけで「そう言えば、オヤジが・・・」と悪くない思いが一瞬でも脳裏に浮かんでくれたらと思う。七面鳥とパンプキンパイがそうであってくれたらという願いがある。勝手な打算である。
妻と二人で東京へ出かけた。3家族分に分けた七面鳥とパンプキンパイのひとつを、家族でどこかに出かけた留守の家に、前日電話で打ち合わせた駐車場の“隠し場所”に置いてきた。長女は玄関で寒い中待っていてくれた。まだ温かい七面鳥の包みを手渡した。娘に抱かれた孫は、保育園で風邪をひいたそうで鼻の孔を黄色い鼻くそでいっぱいにしていた。
車の定期点検は1時間半で終わった。ナビが壊れていて地図が表示されていない。新品と交換させたいようだが、32万円は払えない。修理するには2回車を東京の販売店に持ち込まなければならない。もうナビを使うような遠出もしない。ナビなしで乗ることにした。販売店の社員はやたら新車に買い替えるように勧める。車はこれで最後と今の車を買った。気に入っているがすでに7年使った。あちこち修理や部品交換がある。今の私自身とよく似ている。車も私の体もこれからなだめ、すかして放棄される日を先延ばししていくしかない。
クリスマス・イブでもクリスマスでもない23日の夜に妻と赤ワインを開け、七面鳥とパンプキンパイを食べた。テレビ画面の女子フィギャア・スケート全日本選手権の出場選手の日常生活を忘れさせる演技が、長い一日のご褒美のようだった。今が夢なのか、目が霞んだ。