団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

ムチ

2012年10月01日 | Weblog

 自転車で坂道を下る。約2キロ先までなだらかな坂が続く。風を切って自転車は疾走する。気持がいい。ラクチンラクチン。歩道に人がいなければ、私は自転車を幅2メートルはある歩道に乗り入れて走る。でも歩いている人を見つければ、車道に移る。車道には白線があり、白線と歩道の縁石の間は60~70センチぐらいである。自転車はどこを走ればいいのかはっきりされていない。車を運転していて車道を走る自転車を見ると私はできるだけ避けて通る。

 以前同乗していた車を運転していた女性が自転車を追い抜いて、当たりはしなかったが、追い抜きざまに起こった風のために自転車の老人男性が倒れたようだった。私が彼女に車を止めるように言った。車は止まった。私は駆けつけ、「大丈夫ですか」と聞いた。住所と連絡先を渡した。後で親戚という男性から連絡があり、「入院した」「農作業ができなくなった」ともめにもめた。これで43年前最終的に約50万円の補償となった。老人と男はこの方法ですでに何件もの擬似事故で相当な金額を稼いでいたことを後で知った。名演技だった。付き合っていた女性に「あの時止めろというから。お人よしにもきりがある」と責められた。終った。

 この事故が原因なのか、私は自分で自転車に乗ることもなかったし、運転中自転車を見るとパブロフの犬のように過剰な反応をしてしまう。住む町でパソコン教室に通い始めた。教室に駐車場がない。歩いてゆくには遠い。自転車を買うことにした。バッテリー式補助モーターの付いた自転車である。使ってみると坂の多いこの町でもスイスイと走れる。

 街路樹に柳が植えてある。(写真参照)柳は私の一番好きな樹木だ。カナダで見た柳が水量豊かなで両岸に草生い茂る小川のせせらぎに触れるか触れないかまで風に揺れる枝を垂らしている光景が脳裡に焼きついている。そんな柳が私をムチ打つ。自転車で坂を下る。街路樹の柳が続いて植えられている。車道を行っても歩道を行っても柳の枝が垂れている。柔らかそうにしな垂れる枝。よく見ると葉がしごかれた後のようになっている。「バシッ」柳の枝が私の顔面を打つ。一旦顔面をとらえ、止まったかと思われた瞬間、日本刀でなぎ払うごとく枝が顔を滑る。痛い。「バシッ」も痛いが「ス―――ッ」の音のない、なぎ払いはもっと痛い。顔が切り裂かれたかと思った矢先、次の柳が迫る。「パシッ」「バシッ」「サーッ」今度は2,3本束になって襲った。柳が迫っても避けるために車道に大きくはみ出せば後ろから来る車に跳ねられる。緊張する。注意深く突っ込んで行くしかない。暖簾ではあるまいし、垂れる枝を顔全体で掻き分けて進む。枝の葉はこうして自転車乗りの顔を数多くムチ打ってしごかれたのだろう。自転車を乗り回すのは危険が伴う。こうやって柳は自転車に乗る人々をムチ打って警告して注意喚起しているのかも知れない。

 何事も実際に経験しないとわからない。違う立場で、視点でものごとを見たり体験するのも大切だ。眺めて美景な柳が自転車乗りにはムチにもなる。台風17号、住む町を通過することはなかった。それでも強風は吹いた。柳はしなやかに生き抜いたに違いない。


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