団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

配偶者

2010年09月08日 | Weblog
 クリントン元アメリカ大統領が夫人のヒラリーさんとアーカンソー州へ行った時、ヒラリー夫人の子供の頃の同級生、ガソリンスタンドのチェーンを持つ男性と会った。その場を離れると、クリントン元大統領が「もしかしたら君は、ガソリンスタンドチェーンのオーナーと結婚していたかも知れないね」とヒラリー夫人に減らず口をたたいた。ヒラリー夫人は「いいえ、彼はアメリカ大統領になっていたでしょう」とズバリと逆襲したそうだ。これには、元大統領、グーの音もでなかった。クリントン元大統領の戸惑う顔が眼に浮かぶ。ヒラリー夫人という得がたい内助があったからこそ、クリントンがアメリカ大統領になれたことを具現する逸話である。これはこれで、“割れ鍋に綴じ蓋”いや“婦唱夫随”を証明するような似合いの夫婦といえる。

 日本は、まだ男尊女卑の国である。大人のオムツのテレビコマーシャルで奥さんが旦那にオムツを薦めると「俺は男だぞ!」と言うのがある。不愉快なコマーシャルが多い中、これには突出した嫌悪感を持つ。老化に男も女もない。赤ん坊の時、男がゆえに、オシメをしなかったというなら、許せる。だれでも男女に関係なく、オムツの世話になったではないか。最近、このコマーシャル「俺は男だぞ」の部分だけがカットされた。どなたかが苦情を寄せたのだろう。良識が、まだこの国にあるのだ、と少し安心した。過去に多くの日本の男性は、優しい奥さんの老老介護で何とか老後を生きた。今では夫が定年退職と共に、離婚する話しがいくらでもある。「俺は男だぞ」と言って一生を送れた時代は、ほとんどの男性には、もう終わったといえる。

 私は英語のベタ-ハーフbetter―half(伴侶)という表現が好きだ。配偶者に対して自分より優れた相手という謙譲の心がけが、憎らしいほどあらわれている。お世辞でなく、心からそう思える夫婦は、理想である。私もそうなりたいと願っている。

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