(5月6日夜、再投票の決定に抗議するイスタンブール市民ら=ロイター【5月7日 日経】)
【イスタンブール市長選 再選挙を強行するエルドアン大統領 返り討ちを狙う野党側】
3月31日に行われたトルコの統一地方選挙では、エルドアン大統領率いる与党AKP(公正発展党)は主に経済不調を理由に苦戦を強いられ、首都アンカラ、最大都市イスタンブールの市長選挙を接戦で落とした・・・・はずでしたが、エルドアン大統領はイスタンブールでの敗北を認めず、再集計を要請するなど抵抗。
結局そうした大統領の“強い意向”を反映・忖度したものか、選挙管理委員会は再選挙を行うことを決定しました。
エルドアン大統領はかつて、「イスタンブールを制する者は、誰であれトルコを制する」と発言しています。
その言葉の裏には、最大都市イスタンブールの象徴的な意味合いだけではなく、現実的な利権ネットワークの存在などもあるようです。
そのため、エルドアン大統領としては、どんな手段を使ってでもイスタンブールを落とす訳にはいかない・・・ようです。
****再選挙”強行”でイスタンブールを守るエルドアン大統領*****
3月31日に行われたトルコの統一地方選挙では、エルドアンの与党AKP(公正発展党)は苦戦を強いられ、首都アンカラ、最大都市イスタンブールの市長選挙を接戦で落とした。
エルドアンとAKP側はこれを受け入れず再集計を求めたが、4月中旬には選挙当局は、イスタンブールで野党候補のエクレム・イマモールがAKPの元首相ビナリ・ユルドゥルムに0.3ポイントの僅差(14000票に満たない差)で勝ったことを確認した。
AKP内部ではこの敗北に異議を申し立てるか否かで大きな議論があったようだが、エルドアンは再選挙を求める決定をしていた。5月6日、圧力に屈した選挙管理当局はイスタンブール市長選挙のやり直しを命じた。
イスタンブールはエルドアンにとり、市長として政治の道に入った場所であり、「イスタンブールを制する者は、誰であれトルコを制する」と、彼は言ったことがある。
5月9日付のニューヨーク・タイムズ紙社説‘Turkey Will Keep Voting Until Erdogan Gets His Way’は、「エルドアンの強権政治の下で、政治の土俵は公正というには程遠かったが、それでもトルコ国民は選挙を彼等の意見を表明することが出来る場と捉えて来た」と指摘する。
逆に言えば、そのエルドアンも選挙を自己の生き残りの拠り所として来た。ところが、そこが危うくなって来た。それ程、最大都市イスタンブールはエルドアンにとって重要なのである。
しかも、そこには政権を支えるために必要な利権の甘い汁を配分するための網の目が構築されているということらしい。この都市が野党の手に渡れば、その内情が暴露されるに至る可能性がある。エルドアンとしては、そのことを恐れているのかも知れない。
選挙管理当局がやり直しを命じた根拠は、投票所の係官の資格に問題がある者が含まれていたということらしいが、些細なこじつけである可能性が濃厚である。やり直しを命ずるべきものであるとは到底思われない。
欧米からは非難の声が上がっている。例えば、モゲリーニEU上級代表は、選挙をキャンセルすることは「民主的な選挙プロセスの中核的目的に反する」と述べている。
しかし、欧米との関係は既に十分にギクシャクしており、再選挙の決定でどうなるものでもないようである。国内では抗議のデモが行われたが、暴力的なことにはなっていない。野党側は、イマモールを先頭に受けて立つ構えのようである。
やり直し選挙は6月23日に予定されている。
上記のニューヨーク・タイムズ紙社説は、選挙のやり直しを命じたことはエルドアンの弱さが露呈したものであるとする。
そして、再選挙は無名であったイマモールの立場を大きく強化することになった、幾つかの小政党が撤退したのでイマモールのチャンスは広がっている、などと指摘し、イマモールには十分な勝算があると見ている。
しかし、やり直しを強いたからにはエルドアンはありとあらゆる手を使って勝とうとするであろう。それで負ければ彼にとって重大な政治的分岐点になることは間違いないので、それ以外に選択肢はないであろう。いずれにせよ、この混乱はすぐには終息しないのであろう。【5月27日 WEDGE】
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“幾つかの小政党が撤退”ということでは、例えば出馬を予定していた民主左派党(DSP)のMuammer Aydin候補が、撤退を表明しています。
Aydin候補は3月の投票で3万票以上を獲得していますので、票差14000票を考えると決して小さくありません。
もちろん同氏の票がどちらに流れるかは不明ですが、DSPも最大野党・共和人民党(CHP)もともに世俗的勢力を支持基盤としていますので、CHPはDSP票を取り込みやすいでしょう。
再勝利に自信を強める最大野党・共和人民党(CHP)イマモール候補側は、エルドアン大統領の無理筋を拒まず、あえて受けて立つ構えです。
ここで返り討ちにすれば、野党側としてはエルドアン政権に対しかなりの深手の傷を負わせることができます。
****イスタンブール市長選再実施、野党候補がリード=世論調査****
トルコのイスタンブールで6月23日に実施されるやり直し市長選挙を巡る世論調査で、最大野党・共和人民党(CHP)のイマモール候補の支持率が、AKP候補のユルドゥルム元首相の支持率を3%ポイント上回った。
この世論調査は、エルドアン大統領率いる与党・公正発展党(AKP)の選挙運動向けに行われた。(中略)
AKPの関係者は30日、ロイターに対し「イマモール氏が大きくリードしていることを示す世論調査もあるが、AKP向けに行われた最新の調査では、イマモール氏は3ポイント上回っている」と述べた。
今回の世論調査はここ数日の他の調査結果とおおむね一致している。
親政府の世論調査会社MAKの会長は、イマモール氏がユルドゥルム氏を2ポイントリードしていると述べた。3月の選挙結果の無効を受けた市民の不安を一部反映していると説明した。
同会長は、やり直し投票の鍵となるのはクルド系の有権者だと指摘。3月の市長選で投票しなかった有権者のうち、大半がクルド系住民だった。
クルド系野党の国民民主主義党(HDP)はイスタンブール市長選で候補者を立てていない。同党は6月の市長選再実施ではイマモール氏を支持することを示唆しているが、一方でAKPも一部のクルド系の支持を得ている。【5月31日 ロイター】
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エルドアン大統領は、従来は親クルド人政策でクルド票を取り込んできましたが、クルド系政党HDPの台頭以降はHDPに厳しい対応をとっていますので、クルド票はやはり野党側に多く流れるのでは・・・と推察されます。
強引なエルドアン大統領の手法への批判、野党候補への同情票もあるでしょう。
ただ、強引に再選挙に持ち込んだエルドアン大統領が返り討ちにあうのを座視するとも思えず、おそらく合法・非合法、どんな手段を使ってもひっくり返すつもりでしょう。
しかし、そうして無理やり勝利をもぎとっても、国内の亀裂はいよいよ深まり、トルコに対する国際的信頼もいよいよ失墜することにもなります。
すでに欧州との溝は埋めがたいものになっています。
****トルコ、EU加盟から「一段と遠ざかる」 欧州委が報告書****
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は29日、トルコのEU加盟に向けた進捗状況に関する報告書を公表した。人権や司法、経済政策において「さらなる深刻な後戻り」がみられるとし、加盟候補国の地位は凍結されているとした。
報告書は、政権による独裁的支配によって状況が悪化していると批判。「トルコはEUから一段と遠ざかっている。交渉は事実上、暗礁に乗り上げている」とした。
トルコを巡っては2016年7月のクーデター未遂事件後の弾圧や、抑制と均衡のない強力な大統領制への移行、ロシアとの関係緊密化を受けて西側諸国や金融市場に懸念が広がっており、通貨リラの急落につながっている。
報告書はまた、言論の自由や抗議する権利が奪われており、同国の民主主義は危険な状態にあるほか、政府が金融市場に悪影響を及ぼしていると指摘。「トルコ経済では深刻な後戻りが続いており、同国の市場経済の機能を巡る懸念の高まりにつながっている」とした。
トルコはEUの報告書に反発。同国のFaruk Kaymakci外務次官は、首都アンカラでの記者会見で「不公平で不釣合いな批判を受け入れることはできない。トルコがEUから遠ざかっているという報告書には正しくない部分がある」と反論した。
一方で建設的な批判については留意する意向を示した上で、安全保障上の脅威への対策で欧州の支持に期待するとした。
報告書は6月にEU各国の政府が承認する見通し。【5月30日 ロイター】
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【ロシア製ミサイル導入で、アメリカは制裁も】
エルドアン大統領にとって上記イスタンブール市長選挙が内政面での喫緊の課題なら、外交面での喫緊の課題はアメリカとの関係悪化でしょう。
アメリカとの関係では、クーデター未遂事件の首謀者とするギュレン師引き渡しや、シリアにおけるクルド人勢力をめぐる対立、イラン産原油の禁輸措置など複数の問題がありますが、目下最大の懸案事項になっているのがロシア製ミサイル「S400」導入をめぐる対立で、アメリカはトルコがS400を導入するなら制裁も辞さないと警告しています。
****トルコ、ロシア兵器購入で米制裁ならリラ安再燃も****
トルコはロシア製ミサイル防衛システム「S400」の購入を巡り、米国から制裁を科される恐れに直面している。
数週間中に解決策が見つからなければトルコと米国の制裁合戦に発展し、通貨リラはさらに下落、経済は悪化し、北大西洋条約機構(NATO)および中東地域におけるトルコの立場にも疑問が生じかねない。
オックスフォード大の客員講師、ギャリップ・ダレイ氏は「米国側もトルコ側も、この問題の背景により大きな地政学上の綱引きがあると見なしているため、解決は一筋縄ではいかない。制裁が発動されればトルコに甚大な影響が及ぶだろうが、ただし、それを機に対米関係が断絶することは恐らくないだろう」と話す。
S400購入計画を巡る両国間の小競り合いは、数カ月前から続いている。米国側は、購入がNATOの枠組みと相入れないと批判しているのに対し、トルコは、領土の防衛は同盟国への脅威にはならないしNATOの義務をすべて果たしているとの立場だ。
米国は現在、トルコその他の中東諸国に対し、イラン産原油の輸出阻止などによって同国を孤立させるよう圧力をかけている。「米国がひどい制裁を科せば、トルコは米国の対イラン制裁を順守する決定を考え直す可能性がある」とダレイ氏は言う。
S400は早ければ7月にもトルコに到着する可能性があり、予定通り到着した場合、米議会は最新鋭ステルス戦闘機「F35」のトルコへの出荷を阻み、F35の生産から同国企業を排除する措置を検討中だ。
またS400が出荷されれば、トランプ米大統領は「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」に基づき、12の制裁措置の中から5つを選ぶ義務が生じる。
制裁の選択肢は、ビザの発給禁止や米輸出入銀行へのアクセス禁止から、米金融システムとの一切の取引阻止や輸出認可取り消しといった厳しい内容に至るまで幅広い。
これまで両国とも、CAATSAに基づく制裁の発動を避けたい意向を繰り返し表明してきた。トルコはロシアとの取引は「決定事項」だと言い続けてきたが、仮にS400の出荷延期に同意なら、トランプ氏がエルドアン・トルコ大統領に購入を翻意させる道が開かれる。
両国は29日、大阪で6月28─29日に開かれる20カ国・地域(G20)首脳会合の際に首脳会談を行うことで合意した。
トランプ氏は当初、より穏健な選択肢を選んで時間を稼ぐ可能性もある。
しかし米国の制裁が発動すれば、それがどんな種類であれ、トルコの通貨リラは急落しそうだ。リラは米・トルコ関係の悪化を一因として、今年に入って対ドルで14%下落している。【6月1日】
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アメリカの圧力を受けて、ロシア製ミサイル「S400」の導入延期という“噂”も出ているようですが、トルコはこれを否定しています。
****トルコ、ロシア製ミサイル防衛システムを予定通り調達=外務省****
トルコ外務省報道官は31日、ロシア製ミサイル防衛システム「S400」が予定通りにトルコに納入されることを明らかにし、米国が購入に反対していることに配慮して納入が延期されるとの報道を否定した。
外務省報道官は「トルコが米国の要請を受けS400の調達延期を検討しているとの報道は正しくない」とし、「ロシアからのS400調達は計画通りに進められている」と述べた。
米国はトルコによるロシア製ミサイル防衛システムの購入に反対し、トルコのパイロットに行っている最新鋭ステルス戦闘機「F35」の訓練を停止することを本格的に検討していることが28日、複数の関係筋の話で明らかになっている。【6月1日 ロイター】
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【経済制裁・リラ急落となれば、エルドアン大統領に大きなダメージ】
アメリカの制裁、トルコの通貨リラ急落ということになると、トルコ経済には更なる重荷となり、エルドアン大統領の政治的求心力を損なうことになります。
そもそもAKPが3月統一地方選挙で苦戦した背景には経済低迷への不満があります。通貨リラの急落でインフレ率は一時25%まで上昇し、生活に大きな打撃となっています。
ただ、アメリカとの関係がうまくいかないのは今回が初めてではなく、昨年も、トルコが米国人牧師を拘束していることに対し、8月アメリカはトルコに対し経済制裁を発動したこともあります。このときは最終的にエルドアン大統領がアメリカに譲歩し、2018年10月米国人牧師を解放しています。
今回はどうでしょうか? 大阪でのG20で何らかの“ディール”が行われるのか?
通貨リラ急落で経済混乱となると、エルドアン大統領のダメージは深刻になります。
なお、両国の関係改善を模索する動きとしては、以下のようなものも。
****米政府、トルコ製鉄鋼の関税を25%へ引き下げ****
ホワイトハウスは(5月)16日、トランプ政権がトルコから輸入される鉄鋼製品に対する関税を25%に引き下げたと発表した。
米国は昨年、トルコを含む複数の貿易相手国に対し、安全保障上の理由から輸入制限を認める通商拡大法232条に基づいて鉄鋼やアルミニウムに新たな関税を発動。トルコで拘束された米国人牧師を巡りレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と対立する中、ドナルド・トランプ米大統領は同国の鉄鋼製品に対する関税を8月に50%まで引き上げていた。
その後、牧師が10月に米国に帰国したことを受け、両氏は貿易関係を強化することで合意していた。
ホワイトハウスによれば、関税は21日から引き下げられる。トランプ政権はこの判断の理由について、トルコから輸入される鉄鋼製品が大幅に減ったことや、国内鉄鋼業の生産能力がウィルバー・ロス商務長官によって勧告された目標水準近くまで改善したことなどを挙げた。【5月17日 WSJ】
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