(5月31日 香港で行われた天安門事件の再評価を求めるデモ
from Demonstration to Commemorate the 20th Anniversary of June 4th / Hong Kong Digital Vision
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【「事前に運動につながる芽を摘み取る」】
1989年6月4日に、同年4月の胡耀邦の死をきっかけに北京市の天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊を、人民解放軍が武力弾圧し、多数の死傷者が出た天安門事件から二十年が経過しようとしています。
死傷者については、中国共産党の発表では「死者は319人」となっていますが、数百人から数万人に及ぶなど、複数の説があり定かではありません。
中国国内では、この事件は一種のタブーであり、20周年を前に強い締め付けが行われています。
****天安門事件 あす20年 中国、言論制限強める*****
中国で民主化運動が武力鎮圧された1989年の天安門事件から4日で20年となる。中国当局は当時の関係者や民主活動家に対し、事実上の軟禁措置を取るなどその言動を厳しく制限、大学でも思想統制を強めるなど抗議活動を完全に封じ込める構えだ。(中略)
また、当局は北京の主要大学を対象に「学生に天安門事件への関心をもたせるな」と思想統制を強化。大学関係者によると、反政府的な考えをもつ学生を見つけ出す役割を担う組織もつくられたという。これらは20年前の天安門事件を教訓に、学生の動きと思想を把握し、「事前に運動につながる芽を摘み取る」(当局者)方策だ。【6月3日 産経】
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当然、学校教育でもこの事件や事件に関連する胡耀邦や趙紫陽については触れられていませんので、事件についてよく知らない世代が育っているようです。
“民主化”にかわって、そうした世代に強い影響を与えているのが、“愛国主義”だとも言われています。
【香港では関心たかまる】
事件は中国への返還が予定されていた香港にも大きな衝撃を与え、当時百万人の抗議デモが街を埋め尽くす光景をTVで観たような記憶があります。
その香港では、事件を「動乱」と位置づける中国政府に再評価を求めるデモが毎年行われていますが、香港でも事件は“風化”しつつあるようで、ここのところ参加者は減少していました。
ただ、今年は久々に規模が拡大し、91年のピーク時に迫る参加者がありました。
****香港:中国政府に再評価求めてデモ 天安門事件20年*****
香港の民主派団体は31日、民主化を求める学生らを中国軍が鎮圧した89年の天安門事件から6月4日で20年を迎えるのを前に、事件を「動乱」と位置づける中国政府に再評価を求めるデモを行った。事件が風化しつつある中、昨年の参加者は約1000人にとどまったが、今年は約8000人(主催者発表)と盛り返した。
香港メディアによると、デモは「天安門事件を忘れない。民主のバトンをつなごう」をテーマに行われた。「香港民主主義の父」と呼ばれる李柱銘(マーチン・リー)氏も参加。昨夏に自らの暗殺計画が発覚したことを指して「わが身が危険にさらされても心配はいらない。大勢の人がデモに参加すれば、事件の再評価は可能だ」と香港の民主運動に期待を示した。
デモ参加者は91年の約1万人から減少傾向にある。今年は事件から20年の節目でもあり、関心は若干高まっている。香港大学が毎年実施する調査で、「事件の再評価を支持」が昨年の49.1%から61.2%に上がった。
一方、香港の曽蔭権行政長官は事件について「鎮圧したからこそ経済発展した。私の意見は香港人全体を代表している」と中国政府の対応を正当化し、市民の反発を買った。
香港立法会(議会)では11年連続で事件の再評価を求める動議を否決。中国との経済関係が進むにつれ、中国政府を擁護する意見も目立ち始めている。【5月31日 毎日】
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香港でも締め付けがない訳ではなく、香港入りを拒否された活動家もいます。
5月の議会では、曽蔭権行政長官が「(事件は)もう何年も前のことだ。中国の発展は香港に繁栄をもたらした」と発言しています。
これに民主派議員が「経済が発展すれば市民が殺されても構わないのか」と一斉に反発し、曽長官が謝罪するようなこともありました。【6月1日 朝日】
締め付けがない訳ではありませんが、個人的な印象としては、中国も一国ニ制度の枠組みを今のところ辛抱強く守っているのかな・・・とも感じます。
先日香港で発売された趙紫陽元共産党総書記(故人)の回顧録が飛ぶように売れているとも聞きます。
TVのインタビューで、「たくさん買って、中国本土に持っていくんだ」と言っていた男性もいましたが、そんなことをして大丈夫なのでしょうか?
中国系メディアとしては始めて、香港中国通信社がこの回顧録について論評しています。
中国本土では天安門事件で失脚した趙氏の功罪を論じること自体がタブーになっているため、香港の中国系メディアを通じて見解を示したとみられています。
“論評は、89年の「政治的風波」の後も中国は改革・開放を続け、「政治体制改革の面でも相当の進展があった」と主張。世界金融危機で国家体制の「米国モデル」は声望が傷ついたが、「中国モデル」はほかの途上国を引き付け、西側でも羨望(せんぼう)の的になっていると強調した。”【5月27日 時事】
【2047年に向けて】
しかし、天安門事件の再評価を求めるデモ行われ、趙紫陽元共産党総書記の回顧録が広く売られる、こうした政治的自由がいつまで続くのだろうか?・・・という不安も感じます。
一応、一国二制度によって、香港は2047年まで資本主義のシステムをとり続けることとなっています。
もちろん、中国本土のコントロールはあって、香港では行政長官選挙の投票権が各種業界や団体の代表800人で作る選挙委員会に限られ、立法会は定数60のうち半数が各種業界や団体の代表枠となっています。
こうした間接選挙制度によって、中国との経済関係が強まるなかで親中派が増え、中国本土の意向がより強く反映される傾向にあるようです。
SARDSで香港経済が大きなダメージを受けた際に、中国が香港経済を支えたことで、その影響力が増大したとも言われています。
香港の憲法に当たる基本法は、全面的な直接選挙の実施を明記していますが、時期に定めはありません。
曽蔭権行政長官は07年12月の全人代に「長官選では17年までに実施するのが民意」などとする報告を提出し、これが承認されています。
立法会(議会)選挙の改革についても、「日程表」の必要性に初めて言及しています。
12年の直接選挙実施を求める民主派はこれを評価していませんが、17年には行政長官の直接選挙が行われることになれば、それなりの進展かと思われます。
しかし、一方で47年には一国二制度の期限が切れる訳で、どのように着地するのでしょうか?
香港は中国にとって、企業の株式上場や資金調達、諸外国との貿易、投資の中継地として重要である。そのため香港の民主主義を大枠認めることで外国の香港に対する信頼を維持している・・・とも言われていますが、この関係も中国本土の驚異的な経済成長によって事情が変わってくるかも。
上海が香港に取って代わることになったとき、香港の民主主義が今と同じように守られるのでしょうか?
47年までには中国本土の政治的民主化が今より進んでいて、香港がその民主化モデルになる・・・なんてことがあるのでしょうか?
4月には、香港の映画スター、ジャッキー・チェンが「自由過ぎると今の香港や台湾のように、とても乱れる」「やはり中国人は管理されるべきだと思うようになった」などと発言して、物議を醸しています。
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