孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

欧州救済に背を向けるドイツ世論  民主主義国における“民意”の危うさとポピュリズム

2012-02-01 21:19:25 | 欧州情勢

(昨年12月9日 欧州首脳会議でのメルケル独首相と相談するギリシャのパパデモス首相 “flickr”より By European Council http://www.flickr.com/photos/europeancouncil_meetings/6505364327/

欧州では、セーフティネットとして新たに設立する欧州安定メカニズム(ESM)が支援に使える額の上限をさらに増やすべきだとして、域内最大の経済大国ドイツに追加負担を求める声も高まっていますが、ドイツでは追加負担への国民の反発が根強く、メルケル首相も「これ以上は負担しない」と繰り返しており、1月30日の首脳会議でも議論は先送りされています
一方、会議直前に、ギリシャの財政権限をEUに移譲させるという、ギリシャの国家主権を制限するドイツ提案が明らかになりましたが、サルコジ仏大統領など各国首脳の反対もあって、提案はされませんでした。)

虚偽情報にミスリードされる世論
かつての中・東欧の「カラー革命」(現在は各国で、その限界が露呈していますが)、昨年来の中東の「アラブの春」などの“民主化”、最近ではミャンマーにおける民主化へ向けた改革路線などは、日本や欧米社会にあっては、基本的には社会の前進・改善として迎えられます。
一方で、独裁・強権国家による弾圧、中国のような一党支配体制の問題などは、批判的に取り上げられます。

それはそれで間違いないのですが、国民の民意を基盤とする政治を目指す「民主主義」というのも、その実態においては、なかなか厄介なものです。
具体的には選挙で示される“民意”なるものは、決して絶対的に正しい神の声ではなく、ときに間違いやすく、いいかげんなものでもあります。

****美貌の与党候補、潔白 捜査当局が証明 ウワサに踊る韓国社会****
彼女は700万円のエステ通いをしている

野党系の市民運動家が当選して話題になった昨年10月のソウル市長選で、対抗馬だった美貌の与党候補を敗北に追い込んだ「巨額スキンケア」説はウソだったことが分かり、ウワサや扇動に弱い韓国社会の体質をあらためて浮き彫りにしている。

 ◆ソウル市長選 落選の決定打
この“事件”は、市長選の終盤で週刊誌が与党ハンナラ党の羅卿●(ナ・ギョンウォン)候補(47)に対する批判として「彼女は年会費1億ウォン(約700万円)のエステに通っている!」と伝え、この“情報”がネットなどで一気に広がり、落選の決定打になったというもの。

彼女は当時、虚偽情報として捜査当局に告発、その捜査結果がこのほど「あれはウソだった」と発表された。エステに通っていたのは事実だが問題の「1億ウォン」は事実無根という。
当選した朴元淳(パク・ウォンスン)候補(55)の野党陣営はこの「豪華エステで巨額スキンケア」説に飛びつき、選挙戦で大々的に宣伝。羅候補に対する市民の反感をあおった。「1億ウォン」の数字に驚いた有権者は羅候補に背を向け、朴候補当選につながった。

韓国では2002年の大統領選でも、与党候補の「息子の兵役逃れ」説が野党勝利の一因になったが、これも後に事実無根と判明している。

 ◆ネットで一気に拡散
韓国社会は李明博政権の初期(08年)にも「米国産牛肉を食えば狂牛病にかかる」「韓国人は狂牛病にかかりやすい」などといった虚偽のテレビ番組にあおられ、大々的な反政府・反米デモが起きている。

政治的な虚偽情報による宣伝、扇動は左派勢力が得意とする。近年、韓国社会はネットを通じた虚偽情報で揺さぶられることが多い。今回の「豪華エステ」説もネット上の交流サイト「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」で一気に拡散、選挙情勢を左右した。

韓国では4月に国会議員選挙、12月に大統領選挙が予定されている。政治の季節を迎え、虚偽情報を含む手段を選ばない政治宣伝が、SNSを通じ威力を発揮することになりそうだ。
●=王へんに援の旧字体のつくり 【2月1日 産経】
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狂牛病騒動などを見ると、韓国社会はこの手の問題がおきやすい土壌があるようですが、基本的には韓国に限らず、日本を含めすべての“民主主義国”にあてはまる問題です。

【「民主主義は、必ずしもベストな政治体制ではない」】
日本で問題なのは、“民意”“国民世論”なるものが、対策は必要だが犠牲は払いたくないという、自らの痛みを伴う改革を避けたがる傾向でしょう。
消費税引き上げ、年金改革、財政改革、原発対策、TPP・・・・重要な問題において、有効な対策が一向に定まりません。
直接には、政府・与党、あるいは政治家全体のせいにされることが多い訳ですが、政治家に冷静な判断をためらわせているのは“民意”“国民世論”の無責任さ、身勝手さでしょう。

深刻な経済危機と向き合う欧州においても同様です。

****今の民主主義では経済危機を止められない?ユーロ不安は金融市場によるポピュリズムへの警鐘か【真壁昭夫コラム****
民主主義の基本原理は多数決だ。国の政策は、多数決によって選ばれた政治家によって決められる。国会では、国民の代表者たる政治家の過半数が賛成する政策が採択され、過半数の賛同が得られない政策は採用されない。
今ここに、1つの政策があるとする。その政策は国の将来にとって必要不可欠で、しかも長い間に国民に多くのメリットをもたらす。その一方、短期で見ると多くの国民にとって痛みを伴うものだとする。果たして国民は、その政策に賛成するだろうか?

実際には、多くの国民が「ノー」という答えを出す可能性は高いだろう。おそらく国民の多くは、「今すぐに、大きな痛みを伴う政策を実行するのは避けたい。時間をかければ、きっと痛みを伴わない政策を思いつくはずだ」と主張する。
そして、「国民の負担を最小限にする政策を考案するのが政府の役目だ」というだろう。その意味では、国民は時として、わがままで、ないものねだりをする存在なのである。

それが現実の世界で起きることもある。そのため、時として、長い目で見ると避けて通れない政策が、痛みを伴うという理由で先送りされてしまうこともある。特に、その政策が一部の人たちに耐えられないような痛みを伴う場合は、なおさらだ。

政治家は選挙で当選しなければならない。「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちるとただの人以下になり下がることもある」と言われるほどだ。そのため、どうしても有権者に耳触りのよい政策を前面に押し出すことになる。いわゆるポピュリズムである。

こうして政治がポピュリズムに走ると、国が危機的な状況になるまで、本当に必要な政策の実行が遅れることが考えられる。問題が深刻であればあるほど、国民は痛みを伴う解決策の実行を嫌う。結果として、ポピュリズムに走ったときの民主主義の政治体制では、経済的な危機の発生を止めることが難しくなる。

あるファンドマネジャーが口にした懸念 ユーロの信用不安はポピュリズムの副産物?
最近、ロンドン在住でファンドマネジャーをしている友人が興味深いメールを送ってよこした。友人曰く、「今、ユーロ圏で起きている問題の大元を辿ると、民主主義の政治体制に行き着く」というものだ。

彼の言わんとするところは、ユーロ圏で最も多くのメリットを享受しているのはドイツだということだ。ユーロ圏諸国に関税がなく、しかも為替リスクを気にすることなく自由に輸出ができることは、ドイツ経済に大きな福音をもたらしているからだ。
そう考えると、ドイツにとって、ユーロ圏を維持することは中長期的に見て大きな利益をもたらすはずだ。そうであれば、ドイツは自国が得た利益の一部を使って、ギリシャやポルトガルを積極的に救済した方が有利になる。

ところが、ドイツ政府の姿勢は厳しく、南欧諸国の救済に消極的なスタンスを変えていない。そうしたドイツのスタンスが、ユーロ問題をここまで拡大させてきた最大の理由と考えられる。
ドイツ政府の厳しい姿勢を作っているのは、他ならぬドイツ国民の声=世論である。世論が変わらない限り、ユーロ圏の信用不安問題の本格的な解決を望むのは難しいことになる。

ということは、ある意味では「この問題の本源的な原因は、ユーロ圏、特にドイツの民主主義の政治体制にある」というのが、ファンドマネジャー氏の見解だ。
民主主義政治体制の弊害は、ユーロ圏以外にも存在する。たとえばわが国では、1990年代初頭にバブルが崩壊して以降、歴代の政府は国民に痛みが及ぶ構造改革を先延ばしする姿勢をとってきた。その結果、わが国は世界有数の財政悪化国になってしまった。
また、財政悪化にもかかわらず、民主党政権は“バラマキ”型の政策運営を続けることになっている。それもある意味では、民主主義政治体制の弊害が顕在化している現象と考えられる。

ラッセルの「民主主義論」が残した警鐘 民主主義はベストな政治体制ではない?
「民主主義は、必ずしもベストな政治体制ではない」
学生時代、バートランド・ラッセルの「民主主義論」を読んだときの印象として、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている言葉だ。その通りだろう。

民主主義が多数決を基本原理としている以上、過半数の人が判断を誤れば適切ではない政策が実施される。さらに恐ろしいことは、過半数の人が間違った方向に走り出すと、間違った政治家に権限を与える可能性があることだ。

そうした例は、人類の歴史の中で頻繁に現れる。第一次世界大戦に敗れた後のドイツでは、ヒットラー率いるナチスドイツが圧倒的な国民の支持を得て政権を握り、第二次世界大戦へと向かってしまった。
あるいは、それとほぼ同時期に、わが国でも国民世論は軍部を支持し、結果的に大戦に至ってしまった。
それを見ても、民主主義の政治体制下では常に正しいことが実行されるとは限らない。時に世論が間違えると、国自体も間違った方向に進むことはある。

ただ、長い目で見ると、国民の多くは誤りに気が付き、それを修正しようと方向転換することが期待できる。だからこそ、多数決の原理を基礎に置くことによって、長期的に見れば、民主主義の政治体制が誤りを永久に続けることはない。それが、民主主義にとって重要な“救い”になるのである。

有能な聖人君子が現れ、彼が1人で政治を取り仕切ることができれば、おそらく多数決を基本とする民主主義の政治に勝る政策運営を行なうことができるだろう。たとえ国民は痛みを感じたとしても、それが中長期的にはより多くのメリットをもたらすことを理解することができれば、おそらく短期的なデメリットを耐え忍ぶことができるはずだ。

しかし、そのような聖人君子がいつもいるとは限らない。仕方がないので、多数決の原理によって、長い目で見ると“最も間違いが続きにくい”と考えられる政治体制を選ぶ。それが、民主主義の政治体制ということになる。
(後略)【DIAMOND online 1月31日 】
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危ういのは、自らの無責任さ・身勝手さは棚に置きながら、一向に改善しない社会の現状に不満を募らせ、「誰でもいいから、なんでもいいから早く何とかしろ!」と叫ぶ国民が、“英明なる聖人君子”の幻影に判断を委ねようとするときでしょう。

問題を単純化し、多くの国民が直接には関与しない少数派・国外勢力が現在の苦境の元凶であると断罪し、それを排除すればすべてがうまくいくような幻想をふりまく・・・そんな分かりやすく過激な政治家を求めてしまうことが危惧されます。
欧州各国における極右政党の伸張は、そうした傾向の一端のように思えます。

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