副題『特権階級内の、お手盛りの繰り返しは、ムバラク政権と同じです』
今回の文章、タイトルは甘いみたいですが、きわめて政治的な文章として書いていくつもりです。ただ、切り口が独特となります。それは、私が得意中の得意とするところです。
木曜日と金曜日は、NHKニュースを見ませんでした。土曜日の朝になってみると、木曜日に、大相撲いじめがさらに進展した模様です。
特に、私が家に居なかった木曜日と金曜日は『鬼の居ぬ間の、洗濯』で、また、山本元NHKアナウンサーも、伊藤滋氏のよこで、記者会見の席に出てきた模様です。
本日は、この件については意見を書きません。で、新しい方向へ向かいます。
この大相撲壊滅作戦は、私と鎌倉在住の伊藤玄二郎との戦いの代理戦争だと申し上げています。で、前報で書いた幻冬社の見城徹氏も、<誰が間に入っているか、入っていないかは私は知らないものの>、この路線で動かされているわけです。ご本人は納得をして動いているのでしょうが、動かされていることには変わりはありません。
ところで、私が激しく批判をすると、『あ、そうか』と敵も思うらしくて作戦をいろいろ変えてきます。そのひとつが伊藤滋氏では乗り越えられないと感じるときに、伝家の宝刀として出てくる奥島孝康(元早大総長)氏です。
この奥島氏がこの2月12日の土曜日(つまり、二週前)に登場し「相撲協会の公益法人化は無理だ」と述べたので、これ以降の長い長い文章を書く決意をしたのです。タイミングとしては、二週間以上遅れて、25日から述べ始めます。
奥島孝康氏ほど、この件やら、最近の政治状況を、私に、明白にさせて人物は居ません。眼から鱗が落ちるという言葉がまさにあてはまるほど、この人の登場が、すべての裏側を明らかにしたのです。
この人から、二つのラインが流れ始めます。まず、「革○を殲滅した」と、産経新聞のインタビューに応じたものが、去年の段階では、グーグルで検索できました。そこから、男性主役のラインが、始まります。早稲田の革○の元委員長だった、成岡庸司君へながれ、さらに、元週刊朝日編集長、飯田隆君、+元福音館社長、時田史郎君(この三人はみんな早稲田卒)へと流れるものがあり、そこを追求すると、さらに大きななぞが解けるでしょう。
が、もうひとつ、女性を主役とするラインが始まります。それは、奥島氏が高校野球の夏の大会のトップでもあることから生じる推察です。氏がどうして、そういう位置についているのかは、いまだ解明ができませんが、その連盟の副が、問題です。そちらは奥尾さんといって、元朝日新聞の人です。そちらの奥様が、山内ゆり子というアーチストです。その人と私が関係があり、それゆえに、そこから、『なんだ。これも、例のパターンだったのか』というエピソードが展開し始めます。
そして、そこから、この現代日本を真に動かしているものの、醜さが、現れてきます。しかし、彼らは反省をしません。だから、きちん、きちんと、実名を挙げて、その人脈をたどることによって、だんだん、その忌まわしさが、人々の目に明白なる事を目指しているのがこの文章の目的です。
これを書くのは、『大相撲の壊滅作戦』が、かくも、無残な方向へ進んだこと、と、我が家から30メートルも離れていない大原光孝氏の、とんでもないレベルでの、何波にもわたる波状攻撃に、『もう、パンドラの箱が空きました』という心構えになっている事が、大きな支えと使命感を私に与えているからです。
奥島氏というのは、皆様がテレビでご覧になるとおり、太っています。で、清濁併せ呑むタイプといってよいでしょう。2010年度でも、各種委員会などの委員を務める数が、33を超えると出ていました。
それから、私が激しく、その不条理を批判し始めると、あわてて人気取りに出て、定時制高校版の大会の始球式にも参加したそうです。普段はそんなことは絶対にしないでしょうに。
で、よく言えば神経が太い。悪く言えば、『依頼をされた企画が、変なことだとか、悪いことだとわかっていても、遂行して行く』・・・・・つまり、大相撲壊滅作戦の一環として、仕組まれた『ガヴァナンスに関する独立委員会』の設立主意も、それが最終的に行うおとしどころについても、理解していても、朝日新聞社社長などの、日本社会を牛耳っている真の大物から依頼をされれば、引き受ける可能性のある人です。
東京の三多摩地域に、早稲田実業の付属小学校部門を立ち上げる際に、ご父兄から、130万円だかの寄付を募ったといわれていて、問題になったそうです。それはまあ、問題にする親の方が、おばかさんだったともいえましょう。新しい学校を作るのには、大きな資金が要ります。しかも大学までエスカレーターで進学が保障をされているのなら、最初期に、寄付を130万円ぐらい払うのは当たり前ですよね。若いお父さん、お母さんの中に、早稲田卒のインテリなどがいて、『子供の人生の最初期の門出に、お金が、左右するのは、変だぞ。汚いぞ。いやだなあ』と声を上げたと思われますが、私なんかは、『あら、そうお』ぐらいなものです。
そして、私自身は、『子供は小学校の時は、公立へ通う方がよい』と考えている方だから、この話は、無縁の世界の話です。
ところが、2010年にこの人がテレビ画面の主役として突然に登場して奇妙極まりない発表をしたものですから、急いでグーグル等で検索して、その結果、高校野球のトップを担っていると知って、『おやおや、これは大変だ。となると山内ゆり子さんのお見合いは、この大相撲壊滅作戦の裏に居る、国際的軍産共同体が関与している可能性がある。
という事は、山内ゆり子さんも、一種の道具として、使役をされたのだ。私との友情を引っ剥がし、私を孤立化させる目的で、二人の友情は壊されたのだなあ。これは、パターン化している』と思うようになりました。
山内ゆり子さんとは、青森出身の画家・版画家です。最近ではこういう人を平面の作家と呼びます。作品は色が美しく、しゃれた感覚に満ちています。どうしてかというと、普段はパリに住んでいるからです。銀座では相当に優れた画廊の方であるギャラリーなつかで、二年に一回ぐらい個展を開いている人です。
このゆり子さんのきょうだいは、みんな学業優秀で、お兄さんの一人は早稲田卒で、ご本人は上智大学の出身です。その後で、パリのボザール(美大)へ留学して画家となったわけですが、これって、1960年代に四年制大学を卒業した人材としては、もっとも華やかな進路を選んだといえるでしょう。
成功した人生、輝かしい人生を選んだといえるでしょう。
で、ゆり子さんと私は、パリの版画工房で知り合いました。私は三ヶ月毎日そこへ通っていました。彼女は毎日ではなくて、一週間ぐらいやってきて、作品を、1,2点作り、それを日本の銀座で、他の作品と一緒に披露をするという制作パターンでした。
2005年ごろまでは持ちつ、もたれつで、非常にいい関係だったのです。パリで手書きで私は文章を書いていたわけですが、それは、現在の三分の一ぐらいの長さで、美しいことばかり、でも、きちんと観察をした事を、書いていたので、
彼女から「あなたほどの、文章が書ける人間は、このパリにだって早々はいないわ」といってもらっていました。私の方の恩返しは、彼女が日本で個展をする際に、いろいろ、求められた質問へ答えを与えることです。日本には、普段は住んで居ないので、情報を欲しがっているのです。これは、島田しづ先生との間でも、同じ現象がおきています。で、そちらも将来は述べます。
ゆり子さんですが、お子さんがないので、ある程度以上にわがままでもあり、私は東京駅で、彼女が芦屋に帰る新幹線の待ち時間でさえ、一緒に居て、質問にずっと答え続けてあげたものです。「あれは、どうしたら、よい。これは、こうしたらよい」と教えてあげていたものです。
そのころ、彼女は、青森からワークショップに招かれていて、また、版画は、青森市が摺る機械(プレス)を買ってくれたとも、教えてくれました。
このワークショップというのは、宿泊費を出してもらえるはずです。また、結果を発表すの際の、美術館等の会場費やカタログ(ちらし)などへの出費が、不要でしょうから、とても、ラッキーな場に選ばれたといえます。
ともかく、横浜や、鎌倉市民にとっては考えられらない、ある個人=山内ゆり子=さんへの優遇措置であり、それを、私は『青森市の規模が適宜だから、彼女は得をしているのだ』と、最初は考えました。横浜や、鎌倉、そして東京も巨大都市です。そこにすんでいる画家はたくさん居ます。そのうち、一人だけを優遇したら、問題になるでしょう。が青森市は、自治体としては、規模がちいさい。だから、その中から、パリ在住の優秀な画家が出てきたという事を祝福して、巨大な予算が使われる。それもありだと、考えていました。
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しかし、奥島氏が登場した後の、今現在では、まったく違った考えを持っています。特に傍証となるのは、そのプレスの値段が高すぎる事と、それを、斡旋したのが、新横浜に工房を開いている尾崎正志氏だとわかってきたからです。
私は、よく、『天が味方をしてくださる』といいますが、そのプレスの値段が、1400万円であり、納入したのが、尾崎正志さんだと、後日ゆり子さんからではない、別の筋から耳に入ってきた事なども、そんなお助けのひとつです。これは、一般的なものを買う値段の10倍です。
普通なら、プレスは、130万円台で購入できます。それで、国画会とか、版画協会へ、または、世界中のコンクールへのの出品作を作るのは、可能です。
しかも、プレスとは、プレスだけを置いておくのは、もったいないので、それを管理して、市民がつかえるようにするスタッフが必要ですから、一台のプレスを入れれば、青森市は年間1000万円ぐらい、余計な出費を重ねないといけないでしょう。今、美術館の費用が抑えられ始めている時代に、これは、逆行するような措置です。
これは、石川和子女史が猫のことであまりにもわがままで大柄な態度をとり続けるのに辟易した私が、「あなたみたいな礼儀知らずの人は、過去の友達の中には居なかったわ。特に、お茶大の付属時代には」といった途端に、全国的に、大学付属高校が乱立するようになったのと、軌をいつにしています。
国家、予算が緊迫している。財政は赤字だ。だから、大型パソコンの開発費が削られて、レンポウ議員が「二位じゃあ駄目なんですか」とテレビ画面内で、絶叫して、後日ノーベル賞受賞の鈴木先生に叱られていましたが、そういう時代に、どんどん、国立大学付属高校が設立されているのです。一方で、お茶大付属高校など予算が削られているそうです。
ですから、タイトルにあるように、『特権階級は、お手盛りでお互いを、助け合う。それも、税金という、本来なら公平に使われなくてはいけないお金で』が、ここでも実行をされていたことを知るわけです。特に伊藤玄二郎と関係のある分野で顕著なことです。
これは、本質的にはムバラク政権がやってきた事と同じです。程度の差はありますが同じです。
が、それらの検証に入るために、もう少し、ゆり子さんについて述べさせてくださいませ。文章として、香華を持たせるためです。
2005年ごろまでの、ゆり子さんは、本当に幸せそうでした。パリでずっと一人暮らしを続けてきていて、『将来はどうなるのだろう』と悩んでいたのです。パリの工房で、それを打ち明けられたのが、1998年の秋です。私はよく、他人(ひと)様から、「おかあさんみたい」と言われるのですが、人が、普段なら心の奥底にしまっているような本音や感慨を、つい語りたくなってしまうような、特別な、存在でもあります。宗教的な修行を重ねている事と、普段の生活内に、奉仕がたくさん含まれているからでしょう。
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ここで、挿入となりますが、
そのパリの工房には、盗聴器が仕掛けられていて、かつ、電話も盗聴をされていたと考えると、すべての符丁があってきます。つまり、青森市へ法外な値段のプレスを売りつけたのが、尾崎正志氏であるわかると、パリで、私が、尾崎氏(在日本)との間で、電話を交わした件が大きな意味を持ってきますから。また、この、同じ工房内で、ゆり子さんと、しっとりとした会話を交わしたのが、お見合いの話へ結びついたのだと、考えると、一切の符丁があってくるからです。
これは、思い過ごしではないでしょう。パリの第一週目に、バスティーユで、人攫いにあいそうになった話を、ここで、既にしてあると思います。それから、当時週刊朝日は『できごとろじい』という無署名の娯楽用連載エッセイで、繰り返しひとさらいの文章を載せ続けていましたし。
私は1965年に、すでに、ベイカーさんというアメリカ人学生がCIAであることをみぬいてしまい、それを失敗ととったであろう、彼から、学内の暗がりで、後ろから首を絞められるという形で殺されそうに成っています。そして、この件をここで書くたびに、新聞やNHKが痴漢について報道を重ねます。それも傍証になりますが。
その次に、これもまた、私が頭がよくて、観察が鋭いゆえに、目撃者になってしまった、元海軍参謀益山某氏の大詐欺事件があります。被害を防衛するために、内容証明を法務局と財務局へ送ったので、益山夫人から、車でひき殺されそうになりました。
で、最近では、2010年の1月に外人が、自宅訪問するという形で
四回目の暗殺未遂に出会っていますので、伊達や道楽で申し上げていることでもありません。
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ここで、挿入から元へ戻って、山内ゆり子さんにテーマを戻します。
で、今思えば、私が日本へ帰国後、山内ゆり子さんにふさわしい人材を選任へと、敵様たちは、準備に入ったと思われます。彼女の高いプライドを満足させるためには、相当に、ランクの高い紳士ではなくては駄目です。
で、朝日新聞社出身で、高校野球連盟の、第二番目の地位に居る男性奥尾さんが候補に挙がったのでしょう。後は、お兄さん(早稲田出身)やら、おねえさん(そのご主人については何も知らないが、上流階級である可能性は高い)のお世話で、お見合いが設定され、一気にまとまって、結婚をされたのだと思います。それは、住所変更という形で、お知らせを百合子さんからもらいました。それが芦屋です。
最初は、ここまでの、裏がわからなかったので、なんと、ラッキーな人だろうと思い、別のアラフォーたちの女流画家数人に、結婚を勧めたりしたものです。画家とかアーチストを、本当にやっていこうと思ったら、結婚は実質的には足かせとなります。が、「山内ゆり子さんみたいな、幸運な結婚が、どこにでも、転がっているのなら、それは、ぜひ、見つけなさいませね」といいたかったのです。
今、婚活といって、お若い女性は、いろいろ大変だと思います。
が、50を越すまで、自由であって、パリで画家として成功した。その後で、お見合いにより社会的地位の高い男性と、初婚で結婚をする。ご主人の方は再婚かもしれないが、不倫というわけではない。奥様は多分、既に亡くなっている。そしてうまくいけば老後を支えあって生きていかれる。ばんばんざいだ。
で、ご主人の方には既に、お子様もあるだろうから、彼女がこれから、妊娠してお子様を育てる必要もない。年が離れているので、奥様が特に可愛いとお思いなのか「パリへは、いつでも、自由に行ってよい」とご主人はおっしゃる。彼女は芦屋はともかくとして、パリのアトリエ(つきメゾネット形式の市営住宅)は手放さない。
だから、年に数回パリと日本を往復して、どちらも一種の拠点化して、両方で活躍できる。これって、アーチストとして生きるのなら、理想も理想という形です。
だけど、『好事、魔多し』とでも、いうのの一種かな? 思いがけないことに、ご主人は、三年前に亡くなったそうです。でも、結婚をしていた期間というのは、よい思い出として残るはずです。セックスの経験もないという人生より、結婚、しかも、年に数ヶ月は別れて暮らすという形での、セックスを経験していた方が、圧倒的に、自信がつくはずです。
戦後に生まれた人は、男性も女性も、若いときに割りと自由に肉体関係まで及ぶ恋愛が、できる環境だったかもしれませんが、今、60歳以上の女性は、若いときには、時代的に、それが許されては、居なかったのです。ちょっとした、いいご家庭に育てば、それが許されていなかったのです。だから、今無縁社会といって、60歳近くになって、非婚、未婚の人がたくさん居るという事がわかってきていますが、あの人たちはそのセックスの側面だけでも、『自分はそれに対しては、経験がなくて、その分、人に劣っている』という思いも抱いているはずで、本当に気の毒です。
ここで、また、話は飛びますが、もし、ぎゃらりー山口のオーナーが、本当に自殺だったとしたら、あの方こそ、そういう範疇に入るお嬢様だったと思います。一見さばさばしているように、他人には見せていらっしゃいましたが、お嬢様中のお嬢様であることは、私にはわかっていました。未だに、なくなったことが残念で、ならなくて、『強引だ』と思われてもよいから、生前に、お茶のみを自由に誘えるぐらいの深いお友達になって置けばよかったと感じます。
そして、そういう側面でも、人生に自信がない人で、お金もない人たちが、生活保護を受ける事となって、また、『その支給される国費を横取りする、やくざ組織に狙われて、利用をされている』などという番組も見たりします。それらを見ると、本当に、胸が痛みます。週刊誌などを見ると、不倫率、何十パーセントなどという記事も見えますが、そういう世界とはまったく異なる、世界も確実にあるのです。
ともかく、ゆり子さんは、順風満帆の人生が始まりました。ご主人が亡くなるまでは。・・・・・ただし、彼女はご主人がなくなっても、めそめそ嘆いているような人ではなくて、その思い出を生かしながら、女性が自立して働く場合の、一種の最適な形としての、未亡人人生を謳歌していると思います。
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ところが、2010年奥島孝康氏が登場したとたんに、私の方では、すべての謎解きができました。この山内ゆり子さん優遇政策は、自然なものではなかったのです。この前長谷さんの個展の中止という文章内で、増田きよみさんという画廊のオーナーと私の間を裂く工作が行われたと申しました。工作は主に、テレビ朝日出演や、各種のよい企画に増田さんを誘い込むという形で行われ、その使者にたったのが長谷さんであろうが、このブログ内で、チラッとだけど、それに触れたので、
このブログをお知らせしても居ない長谷さんに、例の悪いことを経巡らせている連中が、すぐ、情報を長谷さんに入れて、個展を引き下げさせたのだろうと、申しています。目的は、増田さんと、私が真の仲良しとなると、それが、私の力になると敵たちが思っているからです。
こちらも、それと同じ流れだったのです。しかも、きよみさんより親しさの度合いが深いからこそ、山内ゆり子さんを、私からひっぱがす事は、大切だった模様です。で、ゆり子さんの方にだけ、恩恵を雨あられと与えて、いつの間にか、彼女と私が、疎遠になるという形がとられました。
こういう考察が思い過ごしではないという事は、結局のところ、諜略とは、具体的には人を介して行われるからです。大相撲壊滅作戦も、まず、借り出された伊藤滋氏と、私がこの件の裏に居る伊藤玄二郎(+井上ひさし)との間に、関連がないとできない技でした。もちろんのこと、間に誰やら、かれやらが入っているにせよ、人間関係重視で、事が運んでいます。
「あの人は私にとって目上であり、大切な人物だ。その人から頼まれたら、動かずにはおかれない」と、思う人物があの伊藤滋を座長にしたり、奥島孝康氏を、駆り出しているわけです。伊藤滋氏と、奥島孝康氏のどちらがどれほど、事の本質をしっているかどうかについても、怪しいこと限りがないが、ともかく、結果として大相撲は壊滅的打撃を受けました。
そういう謀略を実行する、その武器は、ひとえに、人間関係にあります。それゆえに、人間関係の重要性を認識しており、それを強めたり、または、切ったりすることを、重要な戦略としているのです。
山内ゆり子さん自身は、教養の高い人なので、眼に見えた意地悪を私に対してやってきた事はありません。が、LATEST(直近)の個展の案内状が終わってから来たと思います。当時2010年四月のライブでの自分の個展の準備で、忙しくて、毎週訪問するギャラリーなつかを訪問しなかったので、見過ごしました。その後、自分の個展の案内状をおくったら、返礼として、それが来ました。で、結果として意地悪となります。この件と、ギャラリーなつかさんの態度(特にオーナー夫妻のそれ)に隔靴掻痒の感があるのが、
この山内ゆり子さんからの讒言でそうなっているのか、
または、酒井忠康氏発で、石川健次氏(または、または、鹿野瑞樹氏?ほか)を経由してそうなるのか、は、今のところわかっておりません。
が、1965年に始まる私に対する4件にも及ぶ殺人未遂などから考えると、すべての、動かされている人物は、この現代日本を、高度なやり方で、支配をしている、実質的な宗主国(それは、国際的軍産共同体のことですから、しいて言えばアメリカといえるが、今のところ、実態はその姿が見えなくい物となっています)に、繰られている、あやつり人形としての役目を果たしているという事に、なります。
これが、嘘ではないという事は、青森市に、通常より、10倍もの高値を呼ぶプレスを、導入した尾崎正志氏に関する記述を始めれば、説得性を増すでしょう。しかし、後600字しか残っていません。で、尾崎正志氏については、将来(次の文章とは、限らないでおきます)書くこともあると、ここでは言うだけにしておきます。
ところで、私の現物を知っている方で、この文章をお読みになる方へ申しあげます。
私が、1998年から2001年に掛けて、一人暮らしをしたのは、離婚が目的だったのだろうと誤解をされている模様ですが、本当の理由は、尾崎正志氏に苛め抜かれたことが原因だったのです。彼がどうして、私をいじめ抜いたかですが、今では『裏から手が回っていた可能性があるなあ』と思ってもいます。しかし、彼にいじめられると、使える工房が日本ではないのです。それは、私が取っている技法が、一日に、10時間近く、連続して作業をやらないと駄目なのだという事と、特殊なローラーを四本ほど、工房にキープしておいてもらわないといけないので、町田の版画美術館とか、東京芸大の中とかなどの、公立の場所は使えないのです。
尾崎正志氏だけは、私立の大工房を、新横浜で経営していますので、そこなら適宜です。
ところが、そこが使いにくい事がわかったので、自分でプレスを買うしかないと思ったのでした。ところが、その機械は分解しても鉄の塊であり、重いこと重いこと。で、鎌倉の八幡宮傍の山の上にある、自宅へは配達してもらえなかったのです。石段を手で持ってはあがれません。で、一階にある、中古だが、24畳ほどもある、ひろいマンションを、借りて工房を開いたのです。
で、大金をかけて工房を開いたのですが、家族と同居していると、工房に滞在できる時間が、実質的に、五時間程度しか作れないのです。逗子と鎌倉というたった一駅ほどしか離れていなくても、実際にはそうなります。それでは、仕事にならないので、『今はまだ、五十代なのだから、ここは仕事に専念させて欲しい』と、願って、工房にこもりきりに成ったのです。
それが、別居の真因です。つまり、風が吹けば桶屋が儲かるというような次第で、尾崎正志氏が、私を苛め抜くのが端緒となって、別居に入ったわけでした。今、それを解消したのは、激痛を伴う病気になって、それを主人に治してもらったことが大きいです。
そのときに、天から、『立派なアーチストになるという夢は抑えて、主婦業をやりなさい。このおとこのために」といわれているような気がしたので、徐々に、アトリエを使う時間を少なくしていって、結局は返却したのでした。
それが、別居の原因としては一番大きいのです。やっと少し、本質をお知らせすることができました。まだ、尾崎さんのことを説明し、足りていないので、「それが、どうして、そこまでに、なるの?」とお思いになる方も多いでしょうが、いずれ、丁寧に尾崎正志という人と、その行動について、お話ができる日もくるでしょう。2011年2月26日 雨宮舜
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