銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

eat in space雑記を書くつもりで帰宅した。しかし、雪の下で異常な事を発見し又、政治分析を書く羽目になる

2024-07-29 23:47:00 | 政治

 夜7時半ごろ、コウナン?LIFEの、イートインスペースで気丈な奥さんに老々介護をされている車いすのご主人を見た。ご主人は頚椎を痛めていると見え、かつ、精神的にも認知症に近いと見えた。非常に難しい状況だが、特に奥さんが頑張っている。奥さんがぎりぎりの体力で、車いすを押していた。「後、何年後に、こうなるのだろう。私は?」と思って、近づいていき、「私は、81歳ですが、奥様は何歳ですか?」と話しかけると、語気鋭く「教えないわ」と言われてしまった。

 ひどく驚いたが、『非常に頭のいい人なんだろうな』と、思って、私の方は次の言葉を出さなかった。普通だったら、「いえ、後、何年で、自分もこうなるのだろうと、思って自分の残り時間を知りたかったのです。特にこの16日に延命措置をどうしますか?と、お医者さんに言われてしまったほど、難しい病気で、主人が、入院中で」と、正直に、言うだろう。いや、もっと詳しく言うと、病気はそれほど、治療が難しくないのだが、私の主人が、2016年に心筋梗塞を起こしていて、血液をサラサラにする薬を飲んでいるために、もし、メスで胸の肉を切り開く手術に取り組むことになると、非常に危ないと言う話なのだ。その上、私も、若い日の芳香族炭化水素(メチル基が、一つついたものを、トルエンと言って、不良少年たちが酩酊の為に、吸うアンパンと言うものだが、それと、それの親戚にあたるキシレンとかナフサ)を、毎日500CC吸っていたので。もう、普通の体ではない。普通の81歳の人の、三分の一ぐらいの体力しかない。

 それで、目の前で、必死に生きている老々介護のご夫婦と、本当は同じ程度なのだけれど、それを説明するのは、時間がかかりすぎるので(特にそちらが帰り支度を終えているので)

 窓から見える、湘南鎌倉総合病院の方を指して、「今、主人が入院中で」と、言った。

 すると奥さんが、同情の、気配となって、フォローの言葉を出してきた。そして、帰り際、お互いの姿が、商品に隠されて見えなくなるまで、穏やかに、微笑み続けてくれたのだった。

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 奥さんのフォローの言葉とは「ただ、あなたより、ずっと上ですけれどね」というもの。

 私は考えた。もし85才だったら、81歳とは、四歳しか違わないので、あなたよりずっと年上よとは言わないだろう。だから、86歳より上。でも、機知に富んでいて、しかも、頭脳明快。

 なんと、ひそかに、しかし、しっかりと生きている人が居るのだろうと、感心した。

 私はあんまり、感動したので、これで、一本エッセーを書く事にした。で、概要を頭の中に浮かべながら帰宅をしたのだった。

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 ちょうど、伊藤健太郎が、NHK

 大河ドラマ【ひかる君へ】へ出演することが決まったそうで、【十二単衣を着た悪魔】についても、かけるので、良かった。あれってホテルで配信をされていたのだった。だから、伊藤健太郎は逼塞していたわけでもないのだった。おかねも、儲けていたのだった。そして、内館牧子は、評判が高くて、本もヒットするし、NHKでドラマ化もされていて、うはうはの模様である。しかし、顔が、半分つぶれている。

 だけど、けたたましい彼女に比較して、(気分の上だけでも)、他人に褒めてももらえるわけでもない(そして、金銭的報酬もない)介護と言う部分で、ひたすら頑張っている、90歳に近い、または、90歳を超えているあの奥様の姿には、驚き、感動をした。

 それで、温和な心理的模様を表したエッセーを一本書くつもりだった。イートインスペースに集中しながら。

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 しかし、私自身への敵の攻撃がひどすぎる。で、帰宅してみると、イートインスペースについて描いている状況ではなくなっていた。

 我が家の玄関の鍵がこの入院中に、二度開いていた。7月17日と19日だった。と思う。紙に記載をしていないので、期日については、不正確だが、鍵が開いていたのは、確かで、ああ、攻撃をされていると、感じた。そう言う脅かしを受けた。

 そして、本日、2024-7-29は、そのバリエーションの、攻撃(玄関内の、電灯が付いている)を受けた。

 (何日だったか、途中で、箕が、ひっくり返されていた。これは、園芸に関する攻撃なので、安野家の夫妻のどちらかが行ったことだと思う)

 29日、玄関のカギはしまっているのだが、玄関内の電気が点いていた。安野家が真っ暗だったので、この点灯は、安野夫妻がやったと、判断をした。つまり、悪いことをしているからこそ、「していないのですよ。もう寝ていますのでねえ」と言いたいのだろう。夜の九時50分には、志一稲荷の先から、安野家が見えて、二階が真っ暗なので、おかしいなあと思ったのだが、案の定、合いかぎを使って、建物内に入り、玄関内点灯を行ったと思われる。

 ただし、大原光孝さんがやったのかもしれない。その余地は残しておく。

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 私がニューヨーク滞在中(また、それを許可しない主人から逃れて、自由にニューヨークに行くために、逗子で、一人暮らしをしていた)時期に、・・・・・暴漢を装った人間が娘を襲おうとしたが、安野夫妻に助けてもらった・・・・と娘が言っている。で、私が、安野家がうんぬんかんぬんで、困ったと話す・・・・・と「いい人なのよ。それに、あの暴漢の件で助けてもらったので、悪口言わないで」と、娘に叱られる。安野夫妻が、夜の12時ごろ、普通の洋服を着て起きている筈がないので、これも、謀略だった。未婚の娘を暴漢が襲う。そういう恐ろしい謀略を普通にする。誰が発案者なのだ。このころ瀬島龍三は、まだ生きていたが?

 本日の玄関内点灯の話だけれど、入院最初期には、点灯して外出した日もあったが、本日は、絶対に点灯をしていない。と言うのも午前三時ごろ、睡眠に入ろうとしたら、間のドアがガラス窓のある形なので、ベッドからまともに、玄関内電灯が、見えて、『いやだなあ。あれを消しに行ったら、眼が覚めてしまうのではないかしら』と思ったが、消しに行ったのだった。その後、二度寝をして、午前10時半に起きたのだが、その時は、昼間であって、すべてが明るいので、電灯をつける必要がない。そして、午後四時40分に外出したので、まだ、外は明るく、無論、電灯をつける必要はなかった。

 ところで、なぜ、玄関内電灯をつけて外出したのかを語ろう。三か月ぐらい前だったかな。スイカとPASMOが連続して盗まれた。そして、JRもスイカを、京急も東急もPASMOを、8月まで売らないと言う事を宣言している。で、盗まれたスイカや、PASMOの、入れ物に、カギをつけていた。伸び縮みするが、とても、丈夫な紐をつけて、その先に、北久里浜の家の鍵、反町のアパートの鍵、鎌倉雪の下の、自宅の鍵の三つをつけていたのだった。とても目立つ存在感のあるものだった。

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 盗まれたのちの話なのだけれど、泥棒がひんぱんに入るので、主人には、必ず、家にいてもらう。で、帰ってきたら、中から、主人に開けてもらう。で、無いままで、過ごしていた。だけど、今般、主人が入院してしまったら、自分で鍵を開けないといけない。で、救急車を呼んでから、主人に会い鍵があるかどうかを聞いて、自宅の鍵だけ、保存してあったものをもらった。

 次の日に、腕にはめられる様に、ゴム紐をつけた。だが、以前の鍵ケースと違って、圧倒的に存在感がない。で、主人の入院初期には、鍵が行方不明になる事を恐れて、玄関内電灯をつけて出たのだった。外をつけて出るのはさすがに、やめておいた。真昼間に外出するので、外の玄関灯をつけて出たら、大悪口を言われるに決まっているからだ。前例があった。

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 我が家から、盗まれた大量の植木鉢を、捨ててはいけない第二火曜日に(間違えて)出した人間が居て(多分、盗んだのは、大原光孝さんである)、その大量の植木鉢を入れた四つの有料ごみ袋(鎌倉市は、ごみを捨てるのが有料である)の内のたぶん、一つだろうが、西隣の白井ひろ子さんが、現在の町内会長夫人なので、130段の石段を持って上がって、「だれが捨てたのだろう?」と詮議をする町内会総会を開いたそうだ。で、結果として、旧石井羊一邸に、現在住んでいる音楽家だと言う事になったそうだ。

::::::::::👉へ続く。

音楽家と言うのは嘘で、警察官だと思う。ただし、高卒の警察官。大卒の警察官は、旧、第一期町内会長の家を借りて、今住んでいる山田さんだ。たった、16軒が活動をしている、この山で、警察関係者が二人もいるのだった。しかも数年前まで『我が家は、警察の協力者です』と言う青い看板13号を、安野家が、持ち、14号を前田家が持って居た。

 これが白井家に移動をしたらしいのだけれど、安野家など、引き続き、給料をもらっていると思う。でないと、園芸用包丁を、たった2分6秒の間に、道路から盗み去るなんて言う事をやらないはずだ。これは警察からの命令ではない。警察は驚いて返せと言ったはずだ。と言うのも私が園芸用包丁を道路に置いた場所は誰が考えても安野家からしか見えない場所で、他の人が、たった2分のうちに盗みに来るはずがないからだ。本当に異様な気質と考えの人物だ。警察だって、弁解のできない状況に陥ると思うよ。いつか? 引っ越しをさせるか合いかぎを回収するかだけれど、回収される前に合いかぎの合いかぎを作るはずだから、安野家が行う、我が家への侵入は永遠に続くだろう。

 私は、このゴム紐だけをつけた鍵が、バックの中で、行方不明になるのを恐れて、それで、探すために玄関内電灯をつけて昼間外出したのだった。だが、29日は、入院二週間を超えていて、鍵の処理に慣れて来た。小さな皮のポーチ(銀座三越で、3000円だったもの)に入れると言う習慣を自分で、作り上げた。で、明かりが無くても大丈夫になったのだった。

@@@@@@@@@、さて皆さま、これは、全く完成していません。ただ、家事をしてから寝ないといけないので、ここで、書くのをやめないと、死にます。今午前四時なので、午前6時には寝ないといけないからです。でね、途中ですが、入力を、ここで、終わります。:::::::::

 上の👉から、続いてここに来る。。

 大嘘である。白井ひろ子さんは、東大卒なのだけれど数多い嘘をつく。また、この日のように、町内会を私を抜かして開いてはいけないのに、町内会総会と言う。

だけど、鍵が開いていたのは、2016年4月10日北久里浜の窓でも、行われたことで、私が一切、それについて言及しないので、

 上の人物=御婿さんに、「千恵子が、窓が開いていることについて、どういう風に言うかを、報告せよ」と命令している人物に、お婿さんが、緊急に報告をする必要を感じて、「僕ちょっと散歩をしてきます」と言って出て行った。三番目の孫だけ、そばにいて、いずみと、次男は、そばにいなかったと思う。

 この時にお婿さんの背後にいる人物を誰だろうと思っていたのだが2024年7月25日の図書館の、電源云々の騒動【ただし私は図書館では、何も発言をしていない】から、考えると中谷家の、次男であると、判明する。

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 私はすべてを、(ただ、中谷家の次男だと言う事だけは、決定できなかったが、お婿さんが敵方に利用をされている事に関しては)わかっていたが、かけなかった。お婿さんが、彼の能力に比較すると、むいて居ない劣悪な条件で、働かされている事。

 え、っと、驚いたのは、次の日の夜10時です。ここに。露木・現・警察庁長官の写真が入っていたからです。この文章は、未完です。しかし、ここに警察庁、現長官露木氏の写真を引っ張ってくる理由はないです。だから、その手配は、私がやったことではなくて、敵さんたちのいたずらです。でも、結果として真実を語っていますね。

 だって、日本の警察って、日本人を守ったり、助けたりするものではなくて、ただ、ひとえに、CIAの家来であるだけですから、。。。。。ここに写真として、登場いただいていもいいぐらいです。

 そして誰か、個人名はわからないものの、それをやった人は、図らずも、日本政治の、真実を明らかにしたというわけです。

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