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銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

下の文章ですが、妨害を受けて正しく書けませんでした。で、ここで、追記を +日大芸術学部出身の歌舞伎関係者

2023-08-13 02:33:23 | 政治

残念ですが、下の文章、

NHKがつけた観光案内風にタイトルで、かえって知る事になった第二次大戦時の、日本国民の本当の苦悩

2023-08-12 17:51:26 | 政治

は、バグを入れられて、文字がダブって入る様になり、妨害を受けて正しく書けません。で、未完で終わっていますがお許しを。ただしこの妨害は、3.11以降も発見されている攻撃で、如何に私の読者が多いかを証明している出来事だと、見ています。2011年か、2012年の暮れに、すでに、710万回を超えた、延べ訪問回数がありました。ところがそれを誇ると、ずっと、長年32万回で、抑えられてきたのです。だから、数字なんて、CIAのやりたい放題で、変えられます。

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 と、書いて普段は絶対にやらないことをやっていました。中村梅枝が、10月にどこの劇場にも出ていない。それが気になっていて、ウエブサーフィンをしていたのです。非常に上手な女形なのです。今美しさといい情感といい、歌舞伎界で、一番だと思っています。しかし、10月の出演劇場が見当たらない。これも、対・私・攻撃用・処置だと思っていて、萬屋スレッド(5チャンネル)を、読んでいたりしていたのです。歌舞伎の世界も、その全体を鎌倉エージェントの二人が黒い翼で、覆っているからです。

 すると、まったく別の知識を得ました。中村梅枝にとって、いとことなる、隼人君は、「お父さんとお母さんの結びつきを知っている」ということが、ぐうぜん、わかりました。

 実は、【猿也】という、大変上手な役者(ただし、親は名門の歌舞伎俳優ではない。一般人である)が、大学時代に知り合った、【しの】さんを、お父さんに紹介をしたのだそうです。で、それを知ったうえで、猿也の出身大学を探りました。すると、なんと、なんと、日大芸術学部卒でした。お母さんが鹿児島の富裕な家のお嬢さんだとは、知っていました。が、同じ上京をするにしても、東女、ぽんじょ、聖心女子大などを選ばないで、日大芸術学部を選ぶとは、気骨がある女性なのでしょう。

 ただし、今まで、国立劇場でも、歌舞伎座でも、新橋演舞場でも、このお母さんが、梨園の妻として、お客さんとあいさつをしているところを見たことはないのです。ただし、ほぼ、ロビーがない浅草公会堂で、一階と二階を結ぶ踊り場に立っている、白地の着物の小柄な美女を見かけたときに、なんとなく閃いて(というのも、隼人君もお姉さんも、お顔が、お母さんに似ているわけではない)「隼人くんのお母さんですか」と声を掛けたら、「はい、そうです」と、答えてもらいました。でもね、猿也と、日大の校舎で、演劇論を戦わせていた、そんなしっかりしたところのある女性などとは、まったくも、見えませんでしたよ。ただ、ただ、控えめで、つつましい感じで。これは、大いなる驚きです。

 で、隼人君がNHK で、【大富豪同心】という、コメディタッチの時代劇の主役を張っていて、そこに有名な俳優がたくさん、共演しているのも、その日大芸術学部卒・路線がサポートに動いているのかもしれません。

 はい、はい、慶応(閥さん)頑張って。猿之助と梅枝を大切にして、メディアで宣伝をして、輝かせてください。

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 で、気分が治ったので、横須賀猿島の、軍事施設について、戦後証言をした、木村さんという当時19歳の少年兵だった、人物の証言に戻ります。この人の証言は、むろん戦後聞き出したものです。質問者は、横須賀市の吏員。

 でも、戦時中から、日本は負けるだろうと思っていたという発言は、本当だろうなあと思います。というのも戦後、負けてから、「実は僕も、戦時中から、負けると思っていたのですよ」と、いう人は多いでしょう。

 でも、彼が、戦時中から負けると思っていたのは、本当だろうなあと思います。どうしてかというと、話しっぷりにユーモアと切れがあるから、わたくしがそう思うのですよ。もし、平和で、裕福な時代に生まれていたら遊び人になっていただろうなあと、思うタイプです。こういう人はうそをつかないです。

 だから、この番組に登場する、(手記とか、その人が描いた絵だけで登場した人物も加えて)、15人ぐらいの中で、この人だけは、洗脳が効いていないのです。

 「皇国ばんざーい」とか、「天皇陛下ばんざーい」とは、思っていなかったのです。それって、親も海軍軍人だったから、海軍に入ったというように、軍人社会に、どっぷりつかっているから、かえって、あらわれるタイプの様な気がするのです。

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 私の親せきで、今、生存中なら、120歳を超えて居る人々は、ほぼ、職業が、先生です。わたくしの血縁の叔母も、女子師範学校を出ているし、お嫁に来た叔母も女子師範学校を出ています。となると、もう、学校が聖域ではないのです。で、学校におけるトラブルも、うんと聞かされています。だから、いま、90歳以下の親せきの人間は東京へ出てサラリーマンになることを選んでいます。私企業に勤努することを選んでいます。

 それと同じことが何世代も、軍人を職業としていたファミリーには、起きているのではないかしら?軍人の世界を聖域としては見ない態度を持っていると、いうこと。

ただ彼が、楽をして、戦時中を過ごしただけだとは、いいません。1945年7月18日は、本当に命がないだろうと、思ったと、いっています。

隣に、自分が次に、打つ砲弾を持ってきた人間がいて、ただ、黙って突っ立っているので「どうして、こちらに渡さないのだ」と言ったら、真っ青な顔をした彼の首筋に砲弾の破片が刺さっていたそうです。自分たちが上空に向けて、5000m~7000mの高さを持って、打ち上げて上空で炸裂した砲弾のかけらが、彼の首筋に刺さっているのです。

 日本海軍が使用した武器が、日本海軍の軍人の首に刺さって、その男は声も出せず、足を動かすこともできず(だから、前へは進めないし)手を動かすこともできなくて、持ってきた砲弾を砲手に渡すこともできず、ただ、等身大の、人形(または、彫刻)の様に立っていたそうです。

 で、インタビューアーが、「その後、どうなったのですか?(その人は死んだのですか?)」と、続けると、「そんなことは知りませんよ。戦争ってそういうものです。自分が生きることが精いっぱいなのです」と答えます。これはね。ほかの戦記物などには出てこない、言葉遣いです。小説【ビルマの竪琴】などには出てこない、はっきりした、かつ、スピードを持った、発言でした。

 自分が不親切だったと思われるのではないかという様な、躊躇や、逡巡がみじんもない、きっぱりとした、物言いでした。ともかく、その番組は、戦争物としては、異色の運びですが、戦争の実態を、わたくしたちに知らせてくれることは間違いないです。ご覧いただくことをお勧めいたします。

  2023-8-12 夜11時20分  雨宮舜(本名 川崎千恵子)

なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、7076299です。

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