酒と畑に戯れるオヤジな私

酒を飲み、土を耕し、人と語り、日々に感動しながら楽しく生きるブログ

お化け煙突

2005年06月26日 | オヤジのつぶやき
義兄の法事のあと 隅田川に架かる「尾竹橋」で渋滞にあった

ふと左側に顔を向ける

そこには 護岸が整備され マンション群が立ち並ぶ 近代的な見慣れた風景があった


中学時代の20年代後半 日本がまだ貧しかった頃

ここには通称「お化け煙突」と呼ばれ 下町住民に親しまれた4本煙突が立っていた 

当時の電力会社の 火力発電所だ

4本の煙突は 上から見ると ひし形に位置していた

そのため 煙突をみる場所によって 本数が変化した

4本 3本 2本 そして1本に見えるところでは 流石に一番太く見えたものだった

見る場所によって本数が変わるので だれがつけたか お化け煙突


23区内に発電所!

後の家庭電化製品の3種の神器 テレビ 洗濯機 冷蔵庫が高嶺の花のこの時代

電力供給も これで充分だったのだろう

娯楽の王者はラジオと映画

ラジオでトニー谷が ソロバン片手に ”ざんす ざんす さいざんす”と一世を風靡

映画は 笛吹き童子に紅孔雀 アラカンの鞍馬天狗も 同じものを何回見たことか

いまではなつかしい 学校の映画教室では 上原謙(加山雄三のお父さん)田中絹代 高峰秀子

浦辺粂子が出演した その名もズバリ「煙突の見える場所」を見せられた

                                            

渋滞中のしばしの瞑想の後

家に帰り 記憶をたよりに古いアルバムをさがす

やはりあった お化け煙突の白黒キャビネ版

写真の裏に 1954年夏とある

構図のなにも考えないこの写真 手前は清掃車だろうか


秋元治さんの「こちかめ」で主人公の両さんがよじのぼった お化け煙突

50年前の一場面を追憶することのできた 法事帰りでした