酒と畑に戯れるオヤジな私

酒を飲み、土を耕し、人と語り、日々に感動しながら楽しく生きるブログ

下町の 太陽

2006年11月30日 | コミュニケーション


倍賞千恵子主演の「下町の太陽」は なつかしい映画です

彼女の唄う主題歌は いまでもカラオケで唄われています♪

ここは タイヨーならぬコーヨー 見事な紅葉でした



下町の「自然公園」の一角に咲き誇る 見事な色彩です

みなさまのブログで 素晴らしい紅葉の光景を拝見してきました

今年 実物を見るのは ここが初めてでした



30日は 地元の区役所の研修でした

早めに 研修会場へ向かいます



白鳥たちの出迎えを受けました



都電でやってきた 70歳の「毎朝の散歩を楽しむ」男性でした

戦後の話題で しばしの歓談です

車のエンジンでいえば ほどよいアイドリング。。

それも楽しいひと時を 持つことができました


今日のテーマは 新規採用職員と 中堅職員のコミュニケーションの取り方。。

職域を離れての 人的ネット・ワークを構築するねらいがありました

直接の上司 先輩に言えないことを 他のセクションの先輩に話を聞いてもらう

なかなかのアイディアだと思います



4時から 若者たちと合流する直前の中堅職員の面々です

部下からの相談の受け方 さらに指導育成について 真剣に受講していただきました


眩いばかりの可能性を秘めた若手職員たちです

ベテラン職員のみなさんの力で若者たちを「下町の太陽」にしてもらいたいものです

住民である 私の願いでした


先ほどまで視聴していた NHK「クローズアップ現代」

うつ病になる社員が増加しているそうです

原因の多くは 社内のコミュニケーション不足という説明がありました

時代が 変わりました





















歳月重ねて。。67年夢のよう

2006年11月28日 | 自己紹介
今日は 日帰り研修の2日目です  

誕生祝いのコメントをいただきました  ありがとうございます

ご返事と みなさまのブログへの訪問は 研修終了後にいたします


私は 67年前の昨日 ここ下町で産声をあげました 

時は 大東亜戦争勃発の2年前でしたね  もちろんハッキリ憶えてはいません


しかし おぼろげながらの記憶ですが 下町に飛来した 米軍ドーリットルの東京初空襲。。

これは かすかに記憶の底に刻まれていますよ

下町上空の 手が届くような近くで 星のマークの飛行機を見ています  決して見間違いでも 錯覚でもありません

B25爆撃機による奇襲攻撃が 昭和17年の4月でした

今年の夏の甲子園 高校野球の優勝校 ハンカチ王子 斉藤投手の母校 早実の生徒が学校で爆撃の犠牲になっています

このことは あまりよく知られていない事実です


それまで優勢であった 日本海軍は翌々月6月のミッドウェーの敗戦で主力空母4隻を喪失 坂道をころげ落ちるように敗戦の道を進みます

3年後には終戦。。というより敗戦でした


戦後の焼け跡 進駐軍MPのジープのあとを追いかけて「ギブミー チョコレート」

そして にわかに 教会に通って クリスマスプレゼントに おもちゃのピストルを貰ったりしました

また 夏には 5円のアイスキャンディーで 真夏の1日を凌いできた少年時代です


いま 思い出すのは 死んだ母親の言葉です

あるとき 赤ん坊だった私を 占い師に見てもらったそうです

「お気の毒ですね 奥さん この赤ちゃんは30歳まで生きられません」

いくら戦時中で 男性は長生きができなかったとはいっても 気の強かった母は 怒って 占い師に見料は払わなかったそうです(笑)


そんな私も 67年という馬齢を重ねてきました  占いの倍以上です

正直に言って 今が夢のようです

ホンマかいな  そ~かいな  (中田だいまる・らけっとのギャグ)


しかし 夢ではないようです  頬をツネルまでもありません



今年も届きました  FAXが。。 これを見ると現実に戻ります



小5の孫娘と 小1の男孫からです ”イノチの階段”のあとに続くは マダムです

「なんで70で階段が終わりなの? やだねぇ  もっと先まで書いてよ」

電話で 注文をつけます

「紙が 足んなかったの ゴメンネ」

「そーか そーか いいよ いいよ」 なんでも許す ヘロヘロじいさまでした

「来年は 100まで書くからね」

クー なんにも言えませんね  手に持ってるのは 畑のスコップだそうです


昨年は兵庫県のkさん宅で 「美女たち」に囲まれての誕生祝いでした

今年は我が家です  「美女?」ひとり。。

ちなみに マダムからのプレゼントは「金一封」でした これも うれしい

友人からいただいたお酒で乾杯しました


今後は 新たに「古希」に目標を設定します

お元気な先輩方を見習います!

























適材適所の野菜たち

2006年11月26日 | 無農薬野菜作り


夕方から雨模様という予報に あわてて飛び出した今日の畑でした

久し振りにマダムの出動です

やはり 農業は人手ですね

はかどり具合がちがいます

ナスの支柱を取り 収穫を手伝ってもらいました


人間 適材適所です  衰えたとはいえ 力仕事はまだまだオヤジの役目。。

収穫や あれこれの片付けは マダムが適しているようです


ところで 野菜たちにも「適材適所」があるのをご存知ですか?



これは キャベツ  そして。。



たまねぎ です

土を よくご覧ください

どちらも 荒れていますね

これが 正解です  キャベツとたまねぎは 荒れているほうがいいのです

頑張って 実をつけます


大根は 違います

土は やわらかいほうがよろしい

荒れていては 下へ伸びていきません


考えてみれば 野菜は人間と違って「職場環境」を選べません

人間ならば 転職という手を使えますが 野菜は動くことができませんね

”農夫・婦”がしっかり「適地」を捜してやらないと。。

「なんだ このキャベツは!」 野菜が可哀相です

つくづく 野菜つくりは奥が深いものです

それだからこそ 10年も続けられたのでしょうが。。


                    <今日の おまけです>



              23日の収穫祭の余韻が醒めない O町の産直場



                  フカフカの かあちゃんまんじゅうに。。



                    やきそばの 無料サービスです

           持参の おにぎりと やきそば・まんじゅうで充分な昼食になりました

              おかげさまで 雨にも会わず ナイスな1日になりました

                明日からの 研修のエネルギーを溜め込んできました
















富士見坂  人情の蛸八

2006年11月25日 | 坂道
来週の研修準備のため 今日は家で過ごしました

運動不足にならないために 夕方になってから自転車で出かけました

行った先は「富士見坂」  名人 故古今亭しん生さんの家の近くにあります



ここは都内でも 有数な富士山の鑑賞地です

残念ながら 富士山との対面はなりませんでした


自転車のハンドルを坂の下に向けました

下町ウォッチャーと 買い物客で今日も賑わう 谷中商店街です



さらに 競い合う。。



よみせ通り商店街です

どちらも 昔ながらの商法で お客の気持ちを捉えています


その代表ともいうべきは こちらのお店です



ラーメン店の 蛸八(たこはち)です

私の現役時代は スナックでした

ママさんが ひとりで切り盛りをしていました


そんなある夜 酩酊した私はトイレに財布を落としました

気づかず 家に帰ってしまった酔っ払い。。

電話が鳴りました  ママさんからでした

見知らぬお客さんが拾ってくれたのでした

洗面台に落ちていたそうです


こんなエピソードが いくらでもある下町の商店街です

人と人との昔ながらの交流が それぞれの店の繁栄を支えているのでしょう












江戸検定  その1

2006年11月24日 | 江戸検定
今日は 頭の体操です

先日受けた「江戸検定試験」からの問題を再掲しました

気楽にお試しください


1 江戸時代の大道芸人「手妻使い」とは 今でいうとどんな芸人でしょう?

  い)コミックバンド ろ)ものまね芸人 は)マジシャン に)人形遣い


2  日本初の百貨店として知られる三越百貨店の前身であり、「現銀(金)掛け値無し」の商法によって江戸最大の呉服屋となった店はどれでしょう?

  い)長崎屋 ろ)近江屋 は)三河屋 に)越後屋

3 幕府が管理した御公儀橋の中でも、格式の高い日本橋などには、橋の欄干の柱頭などに飾りつけがつけられていました。この飾りをなんと呼ぶでしょう

  い)葱坊主 ろ)松飾り は)擬宝珠(ぎぼし) に)鳳凰

4 天和2年(1682)12月の火事で避難先の寺小姓と恋仲になり、再びその寺小姓に会いたい一心で放火し、犯人として処刑されたとされる女性は誰でしょう?

  い)魚屋お六 ろ)八百屋お七 は)薬屋お八 に)居酒屋お千

5 江戸時代、三都と通称された都市は、江戸と京と、どこでしょう

  い)長崎 ろ)奈良 は)大坂 に)神戸

6 戊辰戦争で会津藩は官軍に徹底抗戦しますが、飯盛山の戦いで有名な16~17歳の若者を隊士とする部隊の名前は何でしょう?

  い)少年隊 ろ)彰義隊 は)青竜隊 に)白虎隊

7 延宝元年(1673)岩国藩主・吉川広嘉の命により、中国の名勝地・西湖に架かる橋をモデルに造られた木造5連の美しいアーチ橋で、日本三大名橋のひとつとされるのは、どれでしょう

  い)通天閣 ろ)錦帯橋 は)三条大橋 に)一ツ橋

8 江戸時代中期、長崎での中国・オランダとの貿易を通じ、日本がもっとも大量に輸入していたものは何でしょう?

  い)貴金属製品 ろ)香辛料 は)生糸 に)医学・科学書

9 江戸城の天守は、ある大火で焼失した後は、再建されませんでした。その大火はどれでしょう?

  い)明暦の大火 ろ)天和の大火 は)目黒行人坂の大火 に)丙寅の大火

10 元禄15年(1702)赤穂浪士による吉良上野介邸への討ち入り事件が起こりました 吉良邸があったのはどこでしょう?

  い)三番町 ろ)本所 は)新橋 に)小石川


いかがでしたか?

答えは 吉良邸の跡地の写真の後に掲載されています






平日でも 訪れる方々が多い記念公園です



それでは 答えです

1は(は)  2は(に)  3は(は)  4は(ろ)  5は(は)

6は(に)  7は(ろ)  8は(は)  9は(い)  10は(ろ)

以上でした  また 折をみて「その2」を掲載します





おいでませ 山口 ・ そして 岡崎へ

2006年11月23日 | コミュニケーション


?? 

はじめから 妙な写真になりました

1年振りの”おいでませ山口”での研修でした

この日は日曜日。。 あいにく 先月新装なった居酒屋スナック「江月」の定休日です

しかたなく 宇部新川のホテルでの「夕食」になりました

コンビニが見当たらず やっとの思いで見つけたスーパーで買い込んだ貴重品です

この「山頭火」は実にうまかった  明日へのエネルギーの補給になりましたね~


そして 翌日です



研修会場です  周囲の環境が抜群にいい場所にありました



県内 各自治体から集まった39名の職員さんです

『住民交渉・折衝』のスキル研修でした


初日に コミュニケーションの話の中で ブログの話題になりました

「ブログをやっている方?」

ひとりが 手をあげました   s市のmさんです

仲間が増えました  これからの交流を 楽しみにしています 

そして 1日目の研修後です 



常連客のkさんのアドバイスで 新装開店した「江月」です

洒落た店になりました



先客はTさん夫妻  はじめてお会いしました

職業は漁師! 一見いかつい顔した「毒蝮三太夫」の山口版といった感じでした

昨年は ママさんのT子さんから お土産の地酒を2本もいただいてしまいました

今回は 当方からのお土産持参です

喜んだママのカラオケが始まります



Tさんも 奥さんもカラオケ上手なコンビでした

30分後にはスッカリ意気投合!

新鮮な海苔を送っていただけるそうです  


ママが連絡をしてくれた 常連客で大学の後輩Kさんは所用で今回は再会できず。。

来年の楽しみに持ち越しました


2日目のタクシーです

いつも お願いしていたT交通のHさんは 定年退職していました



こちらは 2日間お願いした個人タクシーのKさんです

孫談義で 花が咲いただけではありません

研修で役立つ話題も いっぱいもらいました


そして もうひとつ「もらってしまったもの」。。

宇部の銘菓「利休さん」をお土産でいただきました

昨年同様 人の情の温かさが じんわり伝わってきた「感激の山口県」です


今回は 多忙な研修スケジュールです

新幹線の新山口から 名古屋に直行です



新山口駅構内です  晋ちゃんがお菓子になっていました

買い求めた 駅弁。。



ふぐでなく 「ふく」の表示にご注目



名古屋駅前は すでにクリスマス・モードに入っていましたね

時間も遅いので”るるぽ”には行かず ホテルで熟睡しました


あけて 翌朝。。

名鉄 東岡崎駅です



本来ならば 例の観光旅行で 家康縁の名所見学などしたいところでしたが 今回は断念  研修に専念です

O市役所でのプレゼン研修でした

プレゼンを間近に控えた職員の方々もいて みなさん真剣に取り組んでいただきました



ここでも”だんらん”のおやじには会わずじまいでした

これも 八丁味噌と同じく 来年の楽しみに残しておきましょう


それにしても 今日の記事は「飲み屋」さんオンパレードになりましたね

勤労感謝の日です

感謝しながら これからもいい酒を飲んでいきましょう
































老骨に 鞭打つ冬の ~かな。。

2006年11月19日 | 無農薬野菜作り


お馴染みの 渋い家にも秋が過ぎゆき 冬の足音が聞こえてきました

特に この季節は 手前の小屋とのバランスが映え なんともいえない風情を醸しだしてくれます

昨日の畑は寒かったですね~  思わずひねり出した俳句を一句

”老骨に 鞭打つ冬の 畑かな” 生活感のにじみ出ているいい句です(笑)



映画に触発されたマダムは フラの練習日でした(出演者の年代には 相当の開きがありますが。。)  つまり 畑は単独行でした

仲間の「農夫・農婦」3人が出動していました

おかげさまで もつ煮込みの”松浦”で楽しい食事もできました


野菜たちは 元気でした



息子に 間引きをさせた大根たちです  青春を謳歌しています  青い山脈雪割り桜~

池辺良 杉葉子 藤原鎌足が目に浮かびます



なにを語りあうのか ひっそりと 身を寄せ合うカブの「夫婦」です

苦みばしった いい表情です



大邸宅に ひとり住まいのブロッコリー

落語に出てくる 大店の若旦那の風格があります



こちらは 白菜  したたかな江戸の町人たちを彷彿させてくれます



こちらは ルーキーのたまねぎとキャベツたちです

9月には種だった若者たちです  本日 元服を迎え新居に移りました

これから 厳寒の冬季を乗り越え 春にはお互いに新人王を競い合うことでしょう


それにしても 野菜たちの生命力の強靭さには目を見張る思いがします



老骨世代に近づいてきたTさんです

管理機の音は いまも昔も変わりません 本人は 少し馬力がなくなってきましたが 人間のいい味をだしてきました

将来の プロ農民は間違いないでしょう

私は 車の運転が出来なくなったら 彼らの畑を手伝う所存です

泊めてもらって 一杯飲みながら。。


”老骨の 生きる術は 手伝いにあり”

字余りでした  ジャンジャン


ちょっと旅にでかけます 

研修です  パソコンの入院ではありません 











自遊空間

2006年11月17日 | オヤジのつぶやき
玉置宏さんは1週間でしたが  私は2週間のご無沙汰になりました

メモリースティックの取り出しに一瞬の油断!

ハードディスクが破壊されました

ブログの師匠Hさんの半日に及ぶ奮闘にもかかわらずの「入院」になりました

購入時の「保険」が効きました

おかげさまで 修理代は無料でした

入院中にもかかわらず 沢山のコメントをいただきました

ありがとうございました  感謝申しあげます


ブログを始めて1年9ヶ月になります

この間 ブログは私の生活の一部として身に沁みこんでいました 実感しました

やはり なにか変でしたね

大事なことを忘れているような ひとりだけ取り残されたような。。

そうです  寂寥感ですよこれは。。 やるせなさ。。

数年前の私には考えられなかったことです


そこで 流石に師匠でした

いい店を捜し出してくれましたよ

 

ひと昔前までは 国鉄の南千住貨物操車場でした

いまは この場所を含めて「下町の六本木」に大変身しました

純下町風だった汐入(地名)の風景も 今では知る人も少なくなってきました 


紹介された店はこの中にありました



「自遊空間」です  インターネットカフェ!

おお!  こういう場合でなければ 恐らく立ち入ることもなかったでしょう



親切で 明るい店員さんに事情を話して 写真掲載の許可をいただきました



パソコンルームは50はありましたね 



ここ29番の部屋を借りました

みなさまへのコメントの一部を書き込みました

それで やっと落ち着いた気分になれました 


カフェの様子を 少しご紹介しておきましょう

まず 値段です

入会金が300円  2時間で830円の利用料金でした

3時間  6時間  12時間  24時間セットは割引になっていました

隣室の女性は 12時間セットの利用者でした


つぎは うれしい特典です

コーヒー ジュース コーラなどはいくら飲んでも無料

マンガ本 週刊誌は見放題。。ビリヤードの用意もしてありました

ゲームも自由にできます

空腹になれば 店屋ものを取り寄せることもできます


2時間の「自遊空間」

いい時間をもつことができました。

パソコンは回復しましたが、時々覗いてみることにしました


<おまけ>

2週間のアラカルトです



フラガール  涙と笑いの2時間でした



「街路花壇」も健在です



4日の一の酉でした  今年は三の酉まであります  火事には気をつけましょう



湯島天神(神社)の菊祭りです 



そして。。夜の銀座で飲みました 



そうです 有楽町のガード下でも銀座は銀座です



ご存知(?)「あひるの会」幹事団の 仲良しオジサンたちでした

日本最古のビアホール「ライオン」からの2次会でした


* 左手の指ではさんでいるのは カメラのケースです   青いでしょ

  タバコではありません

  念のため。。(笑)
























                                                        




緊張&楽しみの90分を味わいました

2006年11月04日 | 江戸検定
とうとう 待ちに待った「江戸文化歴史検定」の日がやってきました

ちょっと大袈裟ですが 運命の日です  記憶力はもつか!  歳には勝てないか!


この日の「お江戸」は快晴に恵まれた文化の日でした



文化の日のイベントとして これほど適した試験もないでしょう 受験者としての自画自賛ですが。。



全国から集った「自称江戸人間」は一万人 

ここ 渋谷の青山学院だけでは収容できず 急遽 専修大学も会場に充てられました

私の試験会場は2号館でした  なんとなく縁起がいい会場です (自己暗示をかけます。。)



テレビ局の取材もあり 次第に試験ムードが高まっていきます



最後の追い込み勉強! 女学校時代を思い出しているのでしょうか

やはり 中高年男女が多いと思いきや。。。



おお! 若い女性もおりました

彼女を相手に しきりにウンチクを傾ける 元出版会社勤務のオジサンでした

このテキストの どこそこが間違っている  校正がなっとらん 

元の商売柄か かなり憤慨してましたね



しかし あまり興奮しないほうがいいでしょう  血圧があがります 

待機中の「小型病院車」です  主催者側の細かい配慮でしょうが 試験会場では初めて目にした光景でした


そして いよいよ。。



試験10分前です

説明のお兄さんの話とともに 手のひらがじわ~と汗ばんできました


答案用紙が配られました

四肢択一マークシート方式で100問です

オズオズとページを捲った1問目!

”江戸時代 三都と通称された都市は 江戸と京都と どこでしょう?”

 い 長崎  ろ 奈良  は 大坂  に 神戸

A  B  C  D でないところが実に好ましい!


まずは 幸先のいいスタートを切ることができました

50問~60問と 時間の配分もよろしいようです


74問には 笑ってしまいました



当時「判じ絵」と呼ばれた絵のクイズです

江戸のある地名を示しています

それはどこでしょう?  ふふふ。。  思わずニカッ。。  麻ブーもいいですが(笑)


緊張のなかにも 楽しめた90分でした

部屋を出ると 解答用紙を受け取ります



本懐を遂げたか 実にしみじみと おにぎり 弁当の味を噛みしめる人たちです

この充実感  旨いでしょうねぇ



こちらは どうしても納得がいかないのか へたりこんで自問自答する人

かなりの時間 唸ってましたよ  変なトコ写してごめんなさいです


さまざまな「人生模様」を残して 3級試験はめでたくお開きになりました 



そして 現代の「江戸・渋谷」です



江戸時代ならば さしずめ「広小路」です

昔もいまも それほど変わってないのが人間でしょうか

江戸人の目が 醒め切れないオヤジな私でした


<おまけ>





出かけるときの玄関で マダムが背中で火を打ってくれました 

「おまいさん  がんばってね。。」  銭形平次です


そして 我が家で 唯一の「一分銀」です  お守りで持っていきました

照合の結果 89点でした  出来すぎです 

好結果に終わったのは これらの縁起物だけではありません  みなさまの熱い応援が後押ししてくれました

ゆっくり挑戦して。。というアドバイスが効きました


合否の発表は12月中旬だそうです  合格ならば 大統領で「大統領」です