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酒と畑に戯れるオヤジな私

酒を飲み、土を耕し、人と語り、日々に感動しながら楽しく生きるブログ

レトロで 下町復活!

2007年12月24日 | 都電 荒川線を誉める
昨日は 下町風景が消えゆく「嘆き節」になってしまいました

それを救ってくれたのは やはり都電の荒川線でした

このところ ブログで出番のなかった 貴重なバイプレーヤーです

都電は偉い! あんたが大将! 満を持しての登場でした


所用で出かけた ママチャリ天国ジョイフル三ノ輪

運がよかった やはり 日頃の行いか (自画自賛)

いましたよ いましたよ~ 都交通局渾身の力を発揮しての9000型  レトロ電車の登場でした

虎の子 一台だけの電車です  この 二重構造の屋根が堪りませんね~



背景がいいです 青いトタン壁の家並・・



そして 停留所にあった 泣けてくるよな懐かしい看板・・ク~

昆ちゃんはわかりますが この女優さんは はて?

テレビで 七変化のお姫様を演じてましたね~  そして三倍もちのいい 元祖亀の子束子 (タワシの漢字がはじめて判明した ワタシ )



映画のポスター・・参りましたね~  最近の「椿四十郎」とは ひと味違います

都電との 三位一体のレトロ感を演出していました

この日は 用事があったため レトロ電車に乗ることはできませんでした



次のチャンスには 絶対乗車してきます

昭和 いや 大正ロマンの復活です


それにしても 都電さん あんたはエライ!

”下町嘆き節”が 少しは収まりました



この風景が 実に喜ばしい

そして 我が都電は 永久に不滅です カツ丼のごとく・・・








蘇る下町の 原風景

2007年10月01日 | 都電 荒川線を誉める
所用でママチャリ天国「ジョイフル三ノ輪」に出かけました

薄曇りの秋空の下 オジチャリも気持ちのいいものです

ご紹介するのは 途中で見かけた 下町の「いい風景・いい景色」です



まずは いつもの"将棋の天狗道場”です 今日はオジさんたちに交じって子どもの声が聞こえてきました



おぉ!  少年棋士ではないですか!

かなりの腕前のようです  オジさんの声援にも力が入っています

そして こちらは・・・



これも 下町少年釣り師でした  なかなか釣れないオジさんを尻目に かなりの太公望振りを発揮していました

お! 一匹連れたようですよ  慣れた手つきで針をはずすと 逃がしてやりました

平日の月曜日です  彼らは土曜日の運動会の振り替え休日でした


ふたつの光景に感激しました

縁台で涼みながらの将棋指し 釣堀での鯉釣り

近所のオジさんたちと一緒に楽しんだ 昭和20年代です

そこには おとなたちと こどもたちとのコミュニケーションが成立していました


さきの「NHKクローズアップ現代」で紹介された「切れるおとな」

解説の小朝さんが いみじくもコメントしていました

”完全なコミュニケーション不足です  現代は 相手に無関心でいすぎます”


下町の良さは 相手に関心をもつこと  寄り添ってみること  声をかけること・・

この子供達が 時代を超えて実践してくれていました

下町の元気・ハツラツさを見た思いです





関係者の間で 誤解が生じて一時中断されていた「道路の花壇」です

腹を割っての話し合いの結果 見事に復活しました

道行く人 ドライバーの目を楽しませてくれています




そして 今日も元気な都電荒川線でした

下町に元気の源を運んでくれる オジさん・オバさんのような存在になりました

新幹線より はるかに遅くとも 大地に軸足つけて 今日もゴトゴト走ってます






















都電・荒川線を歩く

2007年02月20日 | 都電 荒川線を誉める
4回目の車検のため 車がいなくなりました 

「老齢」のため あちこち養生が必要です  4日ばかりの「入院」になりました

いいチャンスです  この機会に歩きましょうか

当てもなく乗ったのが 都電の荒川線  始発の三ノ輪橋から乗り込みました

運転手さんの後ろに陣取り45分。。 気ままに降りたところが ここでした



雑司が谷の鬼子母神前です  歩き始めの開始です



「鬼子母神 大門 ケヤキ並木」が迎えてくれます

天正(1573~91)の頃 植えつけたものという  信長や 秀吉の時代ですね



昭和12年(1937)には18本あったそうです

いまは4本だけのケヤキです  幹周りは5~6メートルありました 2本の脛のようですね



鬼子母神境内  鬼子母神といえば思い出すのが「鬼平犯科帳」の坂口良子

女掏りに扮した人情ものでした  ラストシーンが忘れられません



散策中の リタイヤおじさんがいました

立川からやってきました  足腰の運動のためあちこち歩き回っているそうです

これから 徒歩で巣鴨地蔵に向かうそうです  歩き方が素早いおじさんでした



天然記念物のイチョウ(銀杏・公孫樹)です

樹高 30米  幹周 8米の雄株です  麻布の善福寺のイチョウに次ぐ巨樹です
応永年間(1394~1428)に植えつけられました  樹齢600歳!

この巨樹は 今回の請願の代表を務めるHさんが NHKテレビの取材で描いていました(この場面だけ ブログには載せられませんでしたが)



お!?  茶店でしょうか



昔懐かしい 駄菓子屋さんでした  いつもは子どもだけでなく 若い人たちにも大人気なんだだそうです

鬼子母神にも お参りを済ませました  家内安全 研修上々。。(笑)

お賽銭も奮発しました


このまま、都電に乗って帰るのも勿体ない

都電沿いに歩いてみましょうか



学習院下停留所です  下町と違って7500型も オツにすましているようです(笑)



面影橋を出発したばかりの これも7500型です

颯爽としていますね  正面のサンシャインビルを かなり意識していますね~


このあと 早稲田の終点まで歩きます

そしてここは。。。



桜の枝には 小さな蕾が見えはじめていました  神田川です


ここまででも いい運動になりました  車の車検のおかげです

こんどこそ帰ろうかと思いましたが 先日の飲み会で「お! 太ったかな」 と 仲間の嬉しそうな声!


よし! まだまだ

急な坂道を登り始めましたよ!

次回 乞うご期待デス(笑)  そして 気がつけば今日20日は ブログ2周年の日でした


そして たった今 Hさんから連絡がありました

署名が700名を超えたそうです

ブログ友の方々が多く協力していただいております

ありがとうございます

締め切りは28日です  なお よろしくお願いいたします


















 

古豪の風格

2006年08月01日 | 都電 荒川線を誉める
例年になく涼しかった8月1日です

所用ででかけた都電の「梶原」でした

老舗の店の中に掲げられていた1枚の写真です



昭和10年当時の「都電荒川線」でした

荒川線は元々は都営電車・都電ではありません

前身は 明治43年に「王子電気軌道株式会社」が所有していた 私鉄の郊外電車だったのです

王子電車を 略して王電! 近年でも カブト虫にも似た風格ある車体を誇っていました

屋根にポール1本 颯爽とかかげ専用軌道を疾走していましたね~

ポールが 野武士の刀のようでした


この写真のすぐ後からでしょうか

日本は より戦時色を深めていきました

2:26事件は 翌年です

戦時下ではB29の空襲にも遭遇しました

それでも ドッコイしぶとく生き抜いた「王電」でした


下町の 驚異的な戦後復興に果たした 都電の27番線の役割は計り知れません



下町の中心地 繁華街ををゆく都電27番線

都民の「下駄」として愛されていました 

ポールが除去され 新たな集電装置のビューゲル

これは なんとなく”ちょん髷”に似ていて こどもたちの人気の的でしたね

まだまだ 武士の風格を保ってました


この野武士は運もよかったのでしょう

昭和40年代の「都電は車の邪魔だ」運動にも勝ち抜ききました

仲間の40路線は 全て廃止されています


    そして現在!



1枚目の古豪の写真と ほとんど同じ場所からの撮影です    71年後の変貌!

最新の8500型のスマートな車体



車庫で出番を待つ電車群です  近代化された設備と万全な安全対策

よくぞここまで。。の感しきりの私です

関東大震災 大空襲の大波をくぐり抜けてきました



人の生涯にも似た 荒川線のアルバムです

これからさき どのようなページが綴られていくのでしょうか


人の一生にも似た 波乱万丈の荒川線です

これからさきも 長く栄えてほしいものです



時代の流れです  古豪も「都電モナカ」になりました

人気ものです

















                                                       




都電に乗って 飛鳥山

2006年03月29日 | 都電 荒川線を誉める
♪つ~い春風に つ~い誘われて~♪

昔懐かしい ラジオから流れていた歌を口ずさみながら やってきました飛鳥山



王子の飛鳥山といえば 桜です

八代将軍吉宗が 江戸庶民のために開放したといわれる飛鳥山

上野 隅田川 千鳥が淵とは趣が異なり 知る人ぞ知る「花見の穴場」です



昭和30年代を彷彿させる この雰囲気がたまりません



公園内で よい子の相手をする 昭和24年製6000型の都電です

かっては青山通り 銀座通りも「闊歩」していた 当時の花形電車でした




「荒城の月」「湯島の白梅」「湖畔の宿」 なんともレトロな歌が流れていました



なにを語るか 老夫妻

好きな光景です


そして 王子といえば ここを忘れるわけにはいきません



そうです

落語で有名な”王子の狐”王子稲荷神社です

料理屋と狐を舞台にした この落語は当時の模様をよく伝えています



                      「御石様」




別名「願掛けの石」です

かなりの重さがありました

重いのをガマンして持ち上げるほど「願いが叶う」そうです



                      「狐の穴跡」

昔は こんもりと茂った杉の大木に包まれて 昼も暗く 山中には沢山の狐が安住

し 神使として大切にされていたそうです


そして 都電の小旅行も「名主の滝公園」で終わりに近づきました

名主さんの住居跡です

「男滝」「女滝」と散策しました

<   <


この滝には 懐かしい思い出がいっぱい詰まっています

昭和20年代の小学生時代

この滝は 夏休みの格好の「プール」でした

「下町赤フン少年隊」が「王子海パン少年隊」に”殴りこみ”をかけたものでした

当時のケンカ相手 みんな いいおじさんになってることでしょう


交通費320円の都電の旅でした


夜は 昔の職場の連中との飲み会

「池袋の夜」を堪能 飲み過ぎでした



福井の酒 「黒龍」の旨い店「松風」でした













ママチャリ天国 ・ ジョイフル三ノ輪 !

2006年02月26日 | 都電 荒川線を誉める
お馴染み 東京で唯一残った都電荒川線

ここは 終点・出発点の三ノ輪橋停留所です



都電を降りたお客さんを迎えるのが うなぎの蒲焼の匂いです

戦前から 同じ場所で営業している「安井屋」です

その名のとおり ホントに 値段が安いや!です



近くに ○トー○ーカドーが出店してから それまででも安かった商店街

三ノ輪銀座商店街が「ジョイフル三ノ輪」に改まりました

嬉しいことに”改まらなかった”ものが 値段とサービスでした


そこで ワラワラと近隣から「全員集合」がかかったのが ママさんたちです

生きのいい 下町かぁちゃんたちが大挙やってきました



時間帯のタイミングが合わず この写真ではそれほどではありません

実は この商店街は 夕方ともなれば「自転車ラッシュ」になります

テレビでも 面白おかしく再三取り上げられています

題して「ママチャリ天国 ジョイフル三ノ輪!」

佃煮にしたいほど 多くのママチャリが 颯爽と結構なスピードで走り回ります

この商店街を ケガもしないで自転車を乗りまわせたときこそ・・

「ジョイフル三ノ輪デビュー」を果たした 一人前の 下町かぁちゃん誕生となる

わけです

(ちなみに 我がマダムは数十年前に 免許皆伝で いまや師匠級の腕前を誇って

います)


この商店街の人気のひとつは 昔ながらの商いの店があることです

いまでは 珍しくなったレトロな「下駄屋」さん

昔ながらのショーウインドー 覗き込む女性も多少のレトロ 懐かしげですね 



商店街がお化粧直しをしても 変わらないものがあります

商店街の裏側です

ここには 戦前からの下町が残っていました


          


          

                          

狭い敷地をなんとか工夫して「自家用の庭」にしています

これも 以前からの「名物看板」です 



あまりの 心地よさに 寝泊りしてしまうオジサンがいます

商店街のアーケードが 格好の宿屋を提供しているようでした

それほど やかましくいう住人もおりません 



今日も 荒川線は走ります 

あたかも 新興勢力のママチャリには負けないぞ!

古豪の心意気を一気に醸し出して スコブルつきの元気印でした 



<チロリアン>

三ノ輪橋停留所のすぐ近くにあった 和菓子の「千鳥屋チロリアン」です

いままで知らずにいたのですが この店はかなりの老舗でした



下町にも 魅力的な店舗が進出してきました

              




「都電」のような青年たち

2006年01月23日 | 都電 荒川線を誉める
美浜さんのブログで知りました。

素晴らしい 青年たちを紹介いたします

今年の箱根駅伝に 見事(?)予選落ちした大学生たちです 

わずかな差でした 

埼玉県加須(かぞう)市 平成国際大学の8人のランナーです

駅伝の出場に 涙をのんだ若き魂です

しかし このままでは終わりませんでした


彼ら8人は3月6日に 新たなスタートをきります 

8人で「駅伝」の再開です

その距離2851キロ  

出発点は 北海道の宗谷岬

終着点は 鹿児島の佐多岬です

「駅伝に賭けた 学生時代の情熱を形に残そう」

「箱根駅伝を超える駅伝を みんなでやらないか」

8人で駆け抜けよう 誰言うとなく出た「情熱」でした 

一人が3時間走ります

8人が 一日中走り続けます


箱根駅伝では 予選落ちのこの面々

私には 大好きな「都電」を連想してしまいます 


この世の中”勝ち組””負け組み”とやらで かってなことを言ってるようです

「負け組み」と称されたかも知れない 平成国際大学です

とんでもない! 

3月20日のゴールを目指して 頑張って欲しい!

汗をかくことの大切さを 若者たちに示して欲しい

「都電」のごとく マイナーなチームが示す「心までは 金で買えない」

私たちが 昨今 忘れようとしていることを 思い出させてくれました



この気迫 期待しています 


*美浜さんをご訪問ください*




下町のエース

2006年01月21日 | 都電 荒川線を誉める
予報どおり雪になった下町

久しぶりに長靴を履いての街巡りだ


カテゴリーにはあるが 最近 出番のなかった都電の「荒川線」



何事も無かったかのごとく 平然と走っている

思えば いまを去る昭和40年代に 東京地方を襲った大豪雪

全ての交通機関が麻痺した

唯一 最後まで都民の足を確保したのが 41系統もあった都電一族だった



立派に先祖の血筋を受け継いだ7000型改良車だ

雪煙を撒き散らしての快走 その雄姿!

カメラ小僧 カメラオジさんも負けてはいない

寒さをものともせずに 頑張っていた



撮影場所の背後は 公立の「自然公園」

せっかくだからと 中に入ってみる


久しぶりであったが 期待に反さなかった

例年のように白鳥がいた




雪国の方には日常の光景

下町オヤジには 数十年振りの景色となった


雪道の散策を続ける

土曜日なので 幼児の少ない保育園

子どもたちより 保育士さんが嬌声をあげていた



道路わきで雪を楽しむ マンション住まいの子どもたち

ゲーム機から離れて いい顔をしている

孫たちも 遊んでいるだろうか

あとで 電話をしてみよう



30分後 再び都電と再会した

寅さん 京成電鉄との交差付近



京成線ホームからの風景



京成 上野ゆきが入ってきた



上野までの往復をしながら考えた

都電も 京成も実にマイナーな電車たちだ

新幹線 山手線 中央線なんぞとは比較の仕様もない

しかし数十年前 そして いまのこの強さはどうだろうか

今度の雪でも 最後まで走り続けるのは このふたりのうちのどれかだろう

エリートにない 強靭な力を秘めた荒川線だ

これぞ 下町のエースと呼ぶに 誰が疑問を挟むだろうか



歩道橋を渡りながら 都電への愛惜の思いが ヒシヒシのオヤジでございました

雪国の方々の ご苦労お察ししております





















動く博物館

2005年08月27日 | 都電 荒川線を誉める
広島駅前 8月24日 快晴だった





広島市内は 路面電車王国 「電車の動く博物館」だった

自前の車両はもちろん 全国各地から集ってきた路面電車

最近は どの鉄道も 車両製作の効率化が進み スタイルが均一化している

ここでは そんな風潮はどこ吹く風だった

いろいろな表情 顔をした電車が疾走している

そう まさに生き生きと駆け抜ける 広島路面電車群の雄姿だった

今日は 個性豊かな これら広島の電車たちから紹介しましょう


初めは 宮島口に到着した 「広電」の3連節車両





折り返し広島行きとなる 約1時間の所用タイム 料金は270円と安い

市内で路面を走行するまでの30分

素晴らしいスピードを披露してくれた

ATS 信号機を設置した 本格派  路面電車と侮れない実力の持ち主だった

俳優でいえば 主役 脇役 どちらも演じられる 田中邦衛のような電車だった


次に紹介するのは かなりの堅物 黄色一色だ

あまり 融通がききそうもない 頑固者のイメージが強い

きっと 風邪ひとつ引かない働き者で 律儀者なのだろう

高速鉄道並みの 屋根のパンタグラフが 他の仲間に威圧感をあたえている

ちゃぶ台をひっくり返す 小林亜星のタイプだ





その威圧感を 軽く受け流し 背筋を伸ばして 飄々としているのが

京都出身 お公家の出 キミマロだ

いつも単車(ひとり)で わが道をゆく

そして 最近は 中高年の乗車率がよく 売れに売れている

橙色と緑のツートンカラーが 気品を漂わせていた




これは富山からの 転入者ではあるまいか

「スッピン魂」を書き 陣内菊次郎を蹴っ飛ばしている 異能の女優 室井滋だ

ものごと 人間に対する観察力がするどい

額に燦然と輝く 2つのライト

彼女の 観察眼のよさの秘訣は ここにあったか


 


このブルーの容貌 風情はブルーコメッツ以外の 何者でもない

”森トンカツ 泉ニンニク さそ~われテンプラ”

子どもたちが 替え歌で楽しんでいたのが つい最近のような気がする





みどり色の華やかな容貌

そして ちょっと おつにすましたこの容姿 気も強そうだ

なんとなく”おひまなら 来てよね”

五月みどりを連想させた





駅員さんが 臨時の改札口を設けている

暇をみて 話しを伺う

何種類の電車が活躍しているかは 定かでない

しかし 今年 最新型を一編成だけ投入したという

まだ 新幹線に乗るまで時間がある

ぜひ 拝見していきたい  





待つこと30分 やって来ました

なんと5連節のスーパー・スター







「グリーン・ムーバー・マックス」は 女性車掌が同乗していた

世界の どの都市に出演しても遜色のない このスタイルと美貌 気品

往年の大スター モナコ王妃のグレース・ケリーその人だった



広島の路面電車は 噂に違わず 実に多彩な車両を使用していた

軌道敷内は 路面電車の天敵 車の進入が禁止されている

ほぼダイヤどおりの運行が 市民の人気を得ているようだ


そこで 話は都電荒川線に移ります

これは 俳優に例えるなら 福本省三だ

東映大部屋所属が40年 斬られた回数2万回にも達した無名俳優だった

それが トムクルーズに見出されて「ラスト サムライ」に出演

セリフはほとんどなかったが 存在感が抜群だった





一方 写真の荒川線は7005型

私が 高校時代に利用していた車両が更新されたものだ 骨董品だ

40年どころか50年間も シコシコと下町を動いていたことになる

勤続50年 人間なら年金がついても おかしくない年数だ

41系統もあった路線で ただ一人黙々と生きてきた7005型だった

下積みから 見事にスポットライトを浴びることになった

こんな 喜ばしいことはない やはり 電車も人間も同じ

時代が変われば なにがおこるか 分からないものだ


今回の旅の終章を 福本省三さん 都電荒川線で締めることになりました


































明美さんの復活

2005年08月19日 | 都電 荒川線を誉める
明美さんが 見事に復活していた

一時はどうなることかと 心配していたが もう大丈夫

昨日 確認できた

見事なお化粧 たたずまい そして客足の絶えない人気振りだ




和菓子の店舗「明美」

都電 荒川線の停留所「梶原」近くの 商店街入り口にある

売り物は「都電最中」だ

売り出し当時は 悲惨だったらしい

売れないどころか 馬鹿にされたりした

”古い!ダサイ!新幹線の時代にノロノロ都電とは!”

散々な目にあった 都電最中





時代は変わった

ユックリズムの風潮にのって 都内唯一の都電 荒川線が見直された

いまや大人気 休日には カメラ小僧に混じって オジサンも出没する

エラかったのが 明美の老主人だ

自分の信念に基づき 不人気だった最中作りに 工夫をこらし続けた

都電の人気とともに 最中が一躍スターの座についた

いまや TVの取材も少なくない

筑紫哲也らも 来訪している


             (近くの名所 王子のきつね)

     


まろやかな 甘さ そして 最中を守る小さな箱がいい

食べたあとも よい子のおもちゃになる


都電にしても 都電最中にしても 考えさせられることが多くある

なにが 幸せになるか分からない

しかし 運だけではないのだろう 

日頃から 当たり前のことをやっていくことの大切さ

幸運はそこから訪れる 檜舞台に躍り出た二つの”都電”

ご苦労さまでした

今回は 地元自慢をいたしました




今日も元気だ 都電が走る  下町の空気をいっぱい乗せて