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酒と畑に戯れるオヤジな私

酒を飲み、土を耕し、人と語り、日々に感動しながら楽しく生きるブログ

ヨヘロ爺100歳!

2011年08月19日 | 都電 荒川線を誉める
またしても 深川の話題になりました

今回は江戸東京博物館です 両国駅 相撲の国技館の隣にあります

この日の特別展示は「東京の交通100年展」でした

交通好き 乗り物好きなオジさん3人ででかけましたよ シルバー割引650円が嬉しいですね

まずは ヨヘロ・・(屋内の撮影許可はこれだけ!)





ヨヘロ・・酔って ヘロヘロになったオジさんを想像した向きもおありでしょうが ところがこれが大変なスグレモノと判明しました


このヨヘロ型路面電車 明治30年代には200輌が量産され 市電として東京市民を運んでいたのです

銀座通りも 颯爽と走っていたのでしょう  いまは昔の物語です

ところが 驚いたことに現在 このヨヘロの改良型が函館市企業局で活躍中でした 



名前は「ササラ電車」です  除雪電車です

黄色と黒の塗装は阪神タイガースそのもの! 函館市役所のタイガースファンの秘かな楽しみだったのでしょうか

100歳という超後期高齢者となったいまでも 世のため人のため懸命に働いているヨヘロ爺さんです

同行のS君もジックリ語り合っておりました なにやら頷いたりしてました

冬には強いはずですが この猛暑ですからね じっとしてるとはいっても辛いでしょう

まだまだヨヘロ爺より若手のオジさんたちです 暑さ寒さに負けずに ここ一番 踏ん張っていきましょう


ところで 一見誤解を招きそうなこの名前ヨヘロ 説明版を見て納得しました

◎ ヨ・・四輪単車のヨ

◎ ヘ・・ベスチビュール付きのへ(濁点なし) ベスチビュールとは運転台の前につけられた風雨を避けるための窓ガラスと羽目板

◎ ロ・・車体改造を行った大正6年のロ

これで謎は一気に解決しました


ヨヘロ爺100歳! 

いくつになっても どんなことしても人の役にたっていきたいものです 


そういえば 都電荒川線も今年100歳の誕生日を迎えます

ヨヘロが爺さまなら 荒川線は名コンビの婆さまでしょうか

こちらも大活躍しています


春は 都電に乗って・・(1)

2011年05月20日 | 都電 荒川線を誉める
                          梅沢写真会館です

                 

昭和2年(1927)竣工されたレトロなビルです  

もとは 都電荒川線の前身「王子電気軌道(株)」のターミナルビルで 内部に本社がありました

王子電気軌道は通称「オーデン」 当時の郊外電車として誕生しています

京成電車との相互乗り入れという いまでは考えられない壮大な計画もありましたが 諸般の事情で中止になりました

その後 東京都に買収され 都電として生まれ変わり大活躍です


ところが 戦後の車社会に疎んじられ 41系統あった都電路線も次々に撤退の昭和40年代でした

そんな時代でしたが 旧オーデンの27番・32番系統は どっこい生き抜きましたね

電車専門の道 専用軌道が功を奏しました  車の邪魔をしないというわけです

仲間の都電たちが姿を消してから40数年たちました

いまでも 下町人種の「下駄」として ず~と愛され続けています (160円という乗車賃も好ましい)


さて 三ノ輪橋商店街表示のビル開口部をくぐると 昭和20年代が待っています

新聞・週刊誌を販売してるおばぁちゃんの店は開店前でした

いまも健在の様子です こちらも元気をもらえます



改装したレストランです  ここでも昭和の匂いがしてきます



そしてタイミングがドンピシャリ!でレトロ電車のお出迎え

この時期 荒川線沿線名物の薔薇に見送られて出発進行~ チンチン♪ ガッタン ゴットン

車内はほぼ満員でした この車輌を目当ての オジさんオバさんたちが多いのです

みなさん なんとも満足げ 車内の造作をキョロキョロ見回していましたね



三ノ輪橋から3つ目の停留所にある「荒川自然公園」です

自然といっても人工公園です  都電の前身は王子電気軌道 こちらは東京都の下水処理場でした

戦前はもとより 戦後の一時期までは少々の「悪臭」が漂っていましたね

なくては困る でも 地元にとっては あっても困る「迷惑施設」の典型でした

下水施設に覆いを施し「自然公園」に生まれ変わったのも やはり昭和40年代初頭だったでしょうか




四季折々の花が咲き 下町の人たちに安らぎを与えています



三ノ輪からの乗客の多くが ここで下車します

公園内を散策し適度な運動を楽しみます

経費もそれほど掛かりません

「東京都シルバーパス」を購入すれば 年間1000円~2万円で都営地下鉄・バス・都電・舎人ライナーが乗り放題ですからね



古希世代には 強~い味方の都営交通機関です

都電荒川線 あんたは偉い!

しばらく留守になってた都電のカテゴリー これから再出発します

出発進行! チンチン♪




福本清三と掛けて なんと解く

2010年05月22日 | 都電 荒川線を誉める
なぞ掛けがブームになっていますね  仕掛け人は お笑いタレントの「ねづっち」です

そこで 今回はなぞ掛けです


早速 個性派俳優の福本清三さんに登場してもらいましょう

東映映画の全盛時代 福本さんは大部屋俳優として 時代劇の斬られ役専門でした

主役に斬られた回数は 40年間で2万回!  1年間に500回死んだことになりますね

1本の作品で場面を変えて数回斬られたことにもなります  これは ギネスブックものの「快挙」です

端役に徹した福本さん  多くのファンの目にとまり 注目されたのが映画「ラストサムライ」でした

トムクルーズ扮する異国人を監視する寡黙な侍役は 存在感抜群 印象的でした

アメリカでの評価も高い 鍛え抜かれた演技力でした

そして 以後の活躍は周知のとおりですね


話が脇道にそれましたが なぞ掛けに戻ります

「福本清三さんと掛けてなんと解く」 「整いました~ 都電荒川線と解く」 「その心は」

「どちらも 長~い端役時代から主役級に抜擢されました」


なるほど 我が荒川線も都電全盛時代は端役も端役 地面に埋まっていましたね  まるで鼻くそでした

車輌は 旧王子電気鉄道時代の生き残り 旧型電車の100型ですからね  路面でなく 専用軌道を民家の軒をかすめながらガタゴト走ってました

当時の都電界での 絶対的な「大部屋斬られ役」でしたね

しかし電生(人生)は不思議なものです  この専用軌道が蜘蛛の糸になったのです

銀座通りをはじめ渋谷・新宿・池袋 都心の花形都電たちは 車から邪魔者扱いされ 次々に姿を消し 引退していったのです

車の走らない専用軌道のため どっこい生き延びた荒川線でした

いまでは 東京で唯一残った都電として 多くのカメラマンたちの熱い視線が向けられています

下町の花形です 堂々とスポットライトを当てられていますからね

そして その一方で、、、



全盛時に銀座を闊歩していた最新車輌の5500型です  銀座カンカン娘!

いま 荒川線の車庫でゆったりと年金生活を送っていました   


そして こちらが現代の主役に駆け上がった・・



改良7000型と・・



同じく改良型の7500です   

薔薇を端役にして 主役然として颯爽とスクリーンに登場してました

苦節なん十年のご褒美でしょう  おめでたいことです

しかし オヤジな私としては どうしてもこちらのアングルが好みですね ↓




薔薇に主役の座を譲ってます  端役になって やっと落ち着いたという感じの都電です

とは言っても 端役の存在感がありますね

福本さんと 都電荒川線 どちらも さらに主役を盛り立てる貴重な存在になりました

そして どちらも さり気無く目立っています

この”ふたりの人生” 高齢社会の手本になりそうです



* 都電荒川線沿線の薔薇の花 約140種類 1万3200株が咲き乱れています 

   いまが見ごろです *

節約時代の遊び方

2010年03月29日 | 都電 荒川線を誉める
最近 グッと人気が増した都電荒川線です

この日も元気に走っていました  乗車賃は片道160円の財布にやさしいスグレものです



ここは終点「三ノ輪橋」に近い 荒川区立「自然公園」です  もちろん無料で利用できます



暖かい日でした  親子連れが 沢山遊びにきていました

お弁当持参 芝生に敷いたビニールシートで 子どもたちの歓声が聞こえます

小さい頃 孫達もここで一日中遊んだものです

アスレチック 回転ブランコ こども自転車教室 テニス 野球場・・・

植物 昆虫の観察もできます

しばらくするとバラが綺麗に咲くことでしょう



おじいちゃんと お孫さんです

彼女にも いい思い出となって記憶に残ることでしょう


お金をかけるレジャーから節約型へ・・・生活の知恵ですね

今年は 団塊世代の「ラストランナー」の方々がリタイヤします

みなさんの少年少女時代は 遊びにも創意工夫がありましたね

いまこそ その時代を思い出しましょうか

夫婦家族との遊びにも なるべくお金をかけない・・・

昔とった杵柄です  お孫さんとの遊びにも多いに実力を発揮してください



自然公園から見える建設中の「東京スカイツリー」です

今日 3月29日に338メートル 東京タワーの高さを抜きました

東京タワーが誕生したのは昭和33年です  52年前の懐かしい遊びを復活させるのは ジジババのお役目です



「 こだま 」 も 誉める

2009年05月29日 | 都電 荒川線を誉める
東海道新幹線・・

昭和39年の開通以来45年  様々な変遷を辿ってきました

当時の運行は 1時間に2本 「ひかり」と「こだま」が交互に走っていました

現在は 1時間の運行数は最大15本! 平均4分間隔という過密ダイヤです

東京~大阪間も 当時は4~5時間かけていたのが今や2時間半!

そして 1時間15本のうち なんと11本までもが「のぞみ」号になりました


この日の研修はS県でした

S駅は「のぞみ」はもとより停車しません 「ひかり」も全部が全部停車しません

久し振りに「こだま」に乗りました

これがよかった



品川 新横浜と過ぎて小田原に到着

いよいよ「こだま」の本領発揮です  あちらに見えるのは相棒の東京行きの「こだま」です

「お~ 元気か ゆっくり行こうぜ」

そんな会話を楽しんでるようです 

その間 隣の線路を「のぞみ」がビュ~ン  またビュ~ン

急ぐお方を悠然とやり過ごして こだまはゆっくりまったり 静々と小田原を後にしました

景色を眺め 缶ビールを楽しみます

車内も空いています

パソコン持参のビジネスマンは皆無です

そこそこに座る乗客も高齢者が多く 同年代のオジさんも心が休まります

列車の旅の原点でしょうね



次の停車駅熱海です

グループのオバさんたち  リタイヤご夫婦らしきカップルが大勢降りていきました

温泉 おいしい料理 みなさん いい人生を送っているようでした


ところで この熱海駅 一見目立ちませんが 実は東海道新幹線の「駅仲間」のうちでは「実力者」として一目置かれています

各駅停車の「こだま」は どの駅でも「のぞみ」に先を譲ります

熱海には追い越す線路がないのです

”もみじマーク”の「こだま」が ここでは落ち着いた大人の雰囲気を漂わせます

同じレールの位置にいるせいでしょうか


三島駅 新富士駅と停車 



静かに ゆっくりとS駅を去っていきました


久し振りの「こだま」利用でよかったこと・・・

① 車内が空いていたこと  ② 乗客が同年輩の方々だったこと

③ 景色をゆっくり楽しめたこと

そして なににましても良かったのは 時間があったので駅弁 缶ビールをゆっくり味わうことが出来たことでしょう

急ぐばかりが人生でない たまにはゆっくり各駅停車

愛すべき「こだま」は 新幹線仲間の「都電」のような存在ですね



そして・・・



研修終了の慰労を兼ねて集まってくれた リタイヤメンバーの三人です

みんなが現役時代 「のぞみ」のごとく突っ走ってきました

いまでは「こだま」 休み休みゆっくり走っています

「のぞみ」では決して見ることが出来なかった「景色」が見えてきましたよ

そして これからの理想は「都電荒川線」です

三ノ輪橋から早稲田まで 終点に向かってじっくり ゆったり過していきましょうか

ねぇ ご同輩! 



< 追記 >

こだま型の我が広島東洋カープ ここへきての4連勝

ちょっと嬉しい変身です やっぱりカープだけは「のぞみ」になってもらいたい

望んでいます


母の日 荒川線ともども誉める ?

2009年05月12日 | 都電 荒川線を誉める
都内で唯一残った都電荒川線です

今日も 下町の「下駄」として快走 みんなから愛されています

風薫る5月・・・遠方からの鉄道マニア カメラマンが押し寄せました



お目当ては 薔薇と都電のアンサンブルでしょう

町屋近辺の沿線を彩る黄色い薔薇



こちらは 自然公園停留所です

いつの頃からでしょうか  都電沿線が華やかになりました

荒川区の主催で 薔薇フェスティバルも開催されます

いまでこそスターのような荒川線ですが

都電全盛の時代はマイナーな路線でした

車両も戦前の王子電車時代の旧車両・・

こども心にも肩身が狭いものでした  それが この変わりようです

我慢すれば いいことが起こるようです


日曜日 真夏のような日差しの中 自転車で自然公園に行ってきました 



ここでも 鮮やかに咲き誇っている薔薇です


この日は 母の日でした

孫たちを連れて娘がやってきました  マダムを食事に誘ってくれたのです

じ~じもご相伴に預かりご満悦・・

ご馳走の腹ごなしのための自然公園へのサイクリングでした

この公園の名物はこちらです



まるで 自動車の教習所のコースですね



信号機 踏み切り 一時停止 右折に左折・・・

指導員のおじさんが立っています  子供たちへ交通ルールを教えていました

「自転車運転免許証」の発行をしてる自治体はこの区だけでしょうね

4年生のH君も得意げに走っていました


それにしても 我が娘・・

よくぞマダムのお祝いにやってきました

荒川線ともども娘も「誉める」ことになりました


父の日? う~ん果たして


山手線 踏み切りクイズの正解は?

2009年03月06日 | 都電 荒川線を誉める
山手線 やまのて線と読みます

果たして赤パンクイズの正解は??

写真で証明しましょう  こちらです



お~と こちらは間違い

大正初期の山手線でした  巣鴨の隣の駒込付近の一両編成です

まるで都電 荒川線のようです

この雰囲気なら 踏み切りがあったような気配ですね~

では 100年たったいまの状態はどうでしょうか

お~~! 



堂々の11両編成が 踏み切りを越えていきました  警報機がカンカンカン

田端と駒込の間 山手線唯一の踏み切りなんです  貴重品です

H大臣のいう東京中央郵便局もさることながら これこそ残しておきたい文化財踏切ですね


そして こちらが駒込駅です



さすが 踏み切りのある駅ですね

優雅な山手線が走る駅とは思えない下町風の雰囲気でした

24時間営業の「そば駒」の看板が泣かせます 実にいい感じです


さて クイズの結果はいかがでしたか  前回おことわりしたように 正解でも赤パンの景品はありません


それにしても大正時代の山手線 都電を彷彿させる佇まいでした

なにしろポール2本で走ってますからね

まだまだ駒込近辺も 東京の郊外の景色です

100年は あっという間でした


変わる下町風景

2008年06月18日 | 都電 荒川線を誉める


朝の隅田川に建ち並ぶマンション群・・



すべて「億ション」の噂があります

NHKの朝ドラ「瞳」の舞台の月島でしょうか

いいえ こちらには こういう嬉しい電車が走っています



そうです お馴染みの京成電車です

柴又から乗った寅さんも 渡ったであろう隅田川鉄橋です

従って ここは月島ではなく れっきとした下町  我がふるさとなんです


近年の街の変貌ぶりには ただただ驚くばかりです

いずれご紹介しますが 汐入地区も まるで都心のようになってしまいました 

昔は せいぜい二階建ての家がポチポチ・・

すべて 木造平屋でしたね


でもね・・

このマンション群から5分も歩いてごらんなさい・・

残っていますよ  下町が・・




畑の渋い家にも負けない「超渋い家」

少し前までは 幅を効かせていた木造家屋です

いずれ 都市計画によって変貌していくのでしょうが しばしの「三丁目の夕日」風景です


そして おそらくは 何十年たっても変わらないであろうこの光景・・・



やっぱり 都電荒川線は偉かった

これからも 下町のシンボルとして 毎日ガタゴト走ってくれるでしょう

マンション群 近代化された街並みの間を縫いながら・・・


* 都電の後ろの倉庫の建物  王子電気鉄道時代の車庫でした *


春は観覧車にも乗って  ご隠居編 (ちょっと長くなっちまった最終回)

2008年04月17日 | 都電 荒川線を誉める
やってきました ご隠居と新潟青年・・ここは都電で15分くらいのところです


(ご隠居)・・「青年! 着いたよ ここで降りるよ  はい みなさんごめんよ ごめんなさいよ 降ろしておくれ はい ありがとね 坊ちゃん いい子だね・・

どっこいしょっと・・さてここだよ  なにもないとこですね? そりゃそーだよ 高層ビルなんてなにもないよ

でもね これが 下町の原点ってなもんだ  せいぜい二階建ての木造の家ばっかしだろ

もんじゃ焼き屋がありますね? うん いいとこに気がついたね  いまやってるNHKの月島もんじゃ あれは ここの後発だよ

なんじゃもんじゃ言っても もんじゃの発祥はここってなもんじゃ  ん? 座布団? いらないよ 歩くのに邪魔だよ

「話してるうちに着いちまった  ここだ ここだ 遊園地じゃないですか?

そうだよ これがお前さんへの答えだよ なにがって下町の魅力を尋ねたろ  パンパカパーン  ここが正解です

急に軽くなりましたねってか? 不思議なもんだね ここへ来ると昔を思い出してね 気もそぞろってなもんや三度笠  ん? あきれてるね  いいんだよ  軽くっても・・

そう その名も下町のディズニーリゾートと呼び名も高い荒川遊園だよ  昔っから下町の良い子も悪ガキもここで遊んだもんじゃ あれ まだ言ってるね

安いですね? そうなんだよ 入園代も大人200両 子どもが100両だよ

ご隠居は100円ですね? そうだよ どっかの国の医療費と違ってさ ここじゃ「高貴高齢者」ってなもんよ 貴人扱いだ 先に言っとくけど"奇人"じゃないよ 

言いません? そんならいいけどさ  さ へーろうか




「ずいぶん混んでますね? そうだね なんつたって区立だからね 乗り物も200両あれば乗れるんだよ

親子四人できてもたかが知れてるってぇもんだ ほら 目の青い外人親子も多いだろ  円高の影響だろね

最近は 国際色もでてきた 本場ディズニーランド並になっちまったよ



「こいつぁー懐かしいもんが走ってきたね~ 知ってるかい 弁慶号だよ

昔はこんな洒落た汽車なんかじゃなかった 素朴な汽車がガタゴト走ってたもんだ

プールで泳いでね そのあと汽車の一番ケツに乗ってね 赤フンたなびかせて乾かしながら乗ってたもんだ

え? 海パンじゃなかったんですかって?  アタボーよ~ 海パンなんざお坊っちゃまだけだよ こちとら赤フンさ

フ~ンじゃないよ 赤フ~ンだよ 古橋だって最初は赤フンだったんだぜ

なに 古橋を知らね~?どこの人ですか? 当時は ここ地元出身の北島君より有名だったんだ アテネのさ

フジヤマの飛び魚 世界に轟いたね~ 白井といっしょにさ~

白井も知らない? ボクシングだよ  ま~いいか 時代だね それより上に上がってみっか 




「いい眺めですね? そうだろ ♪春~の~うら~ら~の~隅田川~♪だよ

お上手ですね? これでもカラオケ裕次郎と言われてんだ  ほんとだよ

ここは 水上バスも走ってんだよ  江戸時代は 秋山小兵衛が おはるの舟で行き交えしてたようだがね

なんです? 小兵衛って知りません? 池波正太郎の「剣客商売」だよ 藤田まことがやってんだろ 婿殿の・・

まぁ いいや ほら 着いたよ 気をつけて降りるんだよ そうそう ゆっくりと


冷たいものを買ってきました? お 気が利くね~ ラムネじゃないか

こいつも 懐かしいね~ 鼻にツ~ンとくんだよね ゲップが嬉しかったもんだ

ゲップ合戦を競ったもんだよ 変な競争ですね? なにしろ遊び道具がねぇからね

なんでも遊びにしちまったんだろね

ちなみに 今で言うローンね 昔はなんて言ってたか知ってるかい  ラムネといったんだよ

月賦(げっぷ)だろ  だからラムネさ  そんなに大袈裟に感心されても困るがね


「さて ラムネもごちになったことだし そろそろ帰るかな もう いいかな

なに? ”なに”に乗りましょうよ? あははは・・言うと思ってたよ

来るとき見た 都電の熊野前だろ そうです? よし わしもまだ乗ってねーんだ

最近 下町にも 初めてモノレールってえもんが走りだしたんだ 乗ってみっか


ここが 3月30日に開通したばかりの「都営 日暮里・舎人ライナー」の熊野前駅だよ

”にっぽり とねり”と読むんだよ なんか わざとらしいが・・



「いつも 都電の素朴な停留所を見慣れてるせーかな ちょっとハイカラ過ぎるね

これじゃ 神戸のモノレールだよ よく知ってますね? 昔 研修でいったからね

研修ですか? いいんだよ 詮索しなっくてもさ こっちのことさ

なに? 折角だから電車の写真も見たい? しまった! 写しそこなったよ わしとしたことが・・

そーだ T県に友人がいるんだよ tomoさんだ ご夫婦で最近乗ったらしいんだ

ちょっとモノレールの写真をお借りしよう tomoさん ごめんなさいよ 青年がうるさいもんでね



「ふだん見慣れてる下町とは 全く違った眺めだね~

あれ 兄さん 急に小学生みたいになっちまったのかい 気のせいかな

どっちにしてもいいや 最近まだら呆けでね


さ~ もう終点の日暮里だ ここまで来たんだ このまま別れるのもなんだからね

読んでる人も辛いだろうが もうひとふん張り



「すごい混雑ですね? そうだろ いまブームになってる谷中銀座商店街だ 六本木もいいだろうが なんつったてヤナカだ

古いものばっかじゃないよ  ほら こちらの店をご覧よ  粋だろ



「なんですか? はしごだよ はしご・・3年前に銀座 谷中銀座じゃないよ

本物の銀座から 暖簾わけした”はしご”だよ  ここの「たんたんめん」は絶品だ

ラムネだけだったから 腹もへったろ? 今度はわしが奢るよ

はい ごめんなさいよ

兄さん 例の「たんたんめん」おくれ 二人前・・・ビール一本ね



ほら うまそうだろ  食いねえ 飲みねえ あ ビールはまだだめだったね

餃子を頼んでもいいよ


ところで 二回にわたった下町隠居シリーズも ここらでお開きだ

なに? 寂しいです? わかるけどさぁ~  読んでる人の身にもなってなってみないと・・・みなさん 飽きちまうよ

一応 創作落語のかたちをとってるんで なんかオチをつけないとなぁ~

なんかないかね 青年よ 大志をいだけ オチを抱け


お にんまり笑ったね その顔って~のは考えた顔だよ  なんだい いってごらんよ

ん? これは「たんたんめん」ではありません? じゃ なんだい?

ここの土地柄から言って「だんだんめん」です?

よくもまぁ 昔の記事を捜してきたもんだね

ま 苦しみながらのオチだね 

あれ? いままで気付かなかったけどさ メニューにちゃんと「だんだんめん」て書いてあるよ

オチを考える時間もないからさ これでオチつこうか

みなさま よくぞここまでお付き合いくださいました

おあとがよろしいようで・・・


春は都電に乗って ・・ ご隠居編 (その1)

2008年04月12日 | 都電 荒川線を誉める
今回は 下町に棲息して60有余年・・横丁に住む とあるご隠居の登場です  しばし 馬鹿々々しいお噺にお付き合いのほど・・


(ご隠居)・・「なんだね 兄さん 下町の魅力をお尋ねなさる?  若いのに感心だね ところで兄さんは どっから来なすったね

お~ 新潟かね そりゃ嬉しいね 新発田はわしが昔疎開してたとこだよ その節はお世話になったね~ ありがとよ  みんなによろしくな  ん? わかりません?  
そりゃそうだ  わははは・・・

そーだね ここ下町は まずは人情味がある といっても最近はずいぶん変わってきたがね

「お前さんの前だが 昔は 外へ出るにも玄関の鍵なんぞしようもんなら こっぴどく叱られたもんだよ

俺たちを信用しね~のかってね  頭から湯気だして叱られた

戦後も隣組が生きてたからな  しかし 残念ながら いまはすっかり変わっちまったな~

都会化しちまった て~ば聞こえはいいんだが なんのこたあねぇ ちょっとよそよそしくなっちゃたよ

変わらねえのが ものの値段だね  安いよ~  ほら あれをごらんよ



「床屋でなくて ヘアーサロンってえのが気にいらねえが シャンプー 顔剃り付きで1600両! 安いだろ

ん? ご隠居は1400円でしょ?  あははは・・違えねえ

兄さん ちょっとめかしていっちゃどうかね~  800両だよ 800両

ん? いつも6000円のところに行ってる?

もったいねえ  6000両もあったら 都電に何回乗れると思う~?



「どこまで乗っても160両だよ  バスより安い 驚いただろう

え? 知ってました?  お前可愛くないねぇ  そういうときは知らないふりをするもんだよ

それが粋って~もんだぜ

じゃ 女神インキを知ってるかい?  知らねぇ?  お 粋だね~

うん わしも知らねぇが 前から不思議に思ってたんだ  下町に女神? なんだろね

「そうだ 最近パソコン始めたんだよ  そんな大げさに驚いちゃいけねーよ

隠居してから暇でしかたねえ  いろいろ習い事してんだよ

ブログもやってるよ  ん? ドブロクでしょ?

うまいこというね  座布団ないけど・・

ケンサクで女神インキと・・ なるほど

小学校時代からの疑問が解けたよ  どーってことないけどさ


「解けたところで 都電に乗って出かけてみようか  え 関連が薄い?

ま いーからまかしときなよ ついといで



「ん? 桜がきれいですね? そうだろ そうだろ

運転席の後ろが一番だろ  ガキの頃からの慣わしってえもんよ 電車は運転手さんの後ろに乗らなきゃいけねーよ

それが粋ってもんだ  自分でガタンコ運転してる気にもなるしな

この都電 最近レトロ電車が走ってるんだ  明治の面影が残ってる・・  

なに? ご隠居が乗ってた電車ですか? 

バカいっちゃいけねーよ  これでも そんなに歳とっちゃいねーさ

無駄口たたいてねーで いいとこつれてってやっからさ  楽しみにしといで・・」



<予告> ご隠居と 新潟出身の青年が 都電で目指したのは「下町のディズニーリゾート」でした

以下 ご隠居編 その2に続く・・・乞う ご期待