おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

明日になれば

2022-03-02 11:37:56 | 日記

 新型コロナウイルスのせいで、世界中が大変なことになっているにもかかわらず、今度はロシアのウクライナ侵攻が始まり、いよいよ人類は破滅の道に進んでいるのではないかと思わせられる今日この頃である。

 ロシアの侵攻を止めるには、プーチンさんを止める以外に手はないと専門家は言う。あとはロシア国民がプーチンさんの言うことをまるっきり聞かなくなれば止まるかもしれないが、ともかくも選挙で選ばれた形になっているプーチンさんを否定できないのは、第二次大戦中のヒトラーを支持したドイツ国民に似ている。

 ニュースを見ていても憂鬱になるばかりだが、記事の端っこに大リーグの大谷くんへの期待が書いてあり、そう言えばそろそろ大リーグが始まるなと、ちょっぴり楽しみにしている。

 Youtubeを何気なく見ていたら、所ジョージさんがこんなことを言っている動画があった。「今日は何も面白いことがなかったけれども、明日になれば何かいいことがあるかもしれないと期待する。でも、明日になれば、明日が今日になるだけのことで、同じ今日の繰り返しだ。明日はいつになってもやって来ない」と。

 これに続いて、女性が若く見られたいという質問をすると、「30代になると20代に見られたい。40代になると30代に見られたい。結局いくつになっても今の自分を肯定できない。若さは否定しないけれども、それよりも今を充実させたほうがどれだけ楽しいか」

 世界の状況は明日になれば少しは好転するかもしれないが、好転しないかもしれない。そんなことを気にかけるより、今やりたいことをやることが、個人個人に与えられた自由というものである。ある記事では、ウクライナの現状をテレビで見ているうちに、うつ病になってしまうことがあるという。遠く離れた国のことでも、共感する能力が高すぎると、そういうことになってしまう。ウクライナのために僕らができることは、テレビを見て病気になることではない、ということだけは言えそうだ。

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