松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

「泣ける」と評判の、ドラマを見た。

2016-01-26 16:08:13 | 日記・エッセイ・コラム

 SMAPによる世紀の会見前、第1回が放送されたドラマがありました。「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」長くて覚えられません。で、初回放送から「泣ける」と反響があったというので、静かに鑑賞しました。

 介護現場が豊富に出て来て、やれやれついにドラマもそういう設定になるのか、とちょっと引いてしまいました。涙腺は緩みかけましたが、涙は落ちてきませんでした。割と淡々と進む感覚がありました。おそらくバックに流れる音楽のせいでしょう。途中で唐突に昔見たドラマが、頭に浮かんできました。「昨日、悲別で」(きのう、かなしべつで)

 主役の天宮良はあれから見ませんが、駅長役は布施博、彼女が石田えりで、これは初回から見逃しませんでした。その理由は石田えりが出るからで、彼女はどちらかと言うと肉体派女優としてのイメージが強く、バーン・キュッ・ボンというプロポーションでした。チャームポイントはホクロですね。

 多分、全編を通して流れる「ポエム」な感覚が、どこか似ていたのでしょう。ついでに倉本聰つながりで、「北の国から」の雰囲気も漂ってきます。「~なわけで」という言い回しが心地よく響き、自分のことをナレーションで語るやつです。脚本は、あの「東京ラブストーリー」を書いた人だそうです。

 田中泯の演技は相変わらず自然体で、ふるさとは北海道かと思いました。福島なんですね。それで方言が分かるのかも知れません。「さしけねぇ」という言葉、一瞬にして入って来ました。「さしつけねぇ」とこちらでは言うのかも知れません。「差し支えない」ということです。

 初回の11.6%は、フジにしては上々の滑り出しでしたが、SMAPの影響がどうなのか今回ではっきりすると思います。私の予想では大したことないような・・。高良健吾と有村架純のがんばり次第でしょう。

 やっぱりか。いきなり一桁台の9.6%だそうです。ちゃん・ちゃん。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

牛乳は、超危険な飲み物?

2016-01-25 16:31:42 | 日記・エッセイ・コラム

 「牛乳は超危険」という見出しに愕然としています。牛乳が完全栄養食品のように言われるのは間違いで、子供にNG!、がん・糖尿・脳梗塞・心筋梗塞の恐れがあると書いてあります。

 牛乳の脂肪は飽和脂肪酸だから、過剰に摂取すると血液の粘度が上がって循環が悪くなり、脳梗塞や心筋梗塞を起こす可能性が高くなるそうです。さらにコレステロールに中性脂肪を増やし、糖尿病や肥満、高脂血症などの生活習慣病にかかりやすくなるそうです。

 牛乳にはカルシウムが豊富に含まれるのは事実ですが、それが役に立っているか疑問だそうです。体内で代謝されるためには、マグネシウムが必要ですが牛乳にはマグネシウムがほとんど含まれていないそうです。だから大量に飲むとミネラルバランスが崩れるんですと。それにリンがカルシウムと結合して、吸収を阻害するとあります。

 女性ホルモンの問題もあります。乳牛にお乳をたくさん出させるために、女性ホルモンを与えて妊娠状態を保っているから、それが牛乳に混じってしまうのです。それが乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がんなどを引き起こす可能性が高いとあります。

 すごいでしょう。これだけ聞いているとまるで「百害あって一利なし」のように聞こえます。そんなに悪者かあ、と思いますよね。友達に毎日今でも2リッター飲んでいる人がいます。心配になります。しかしぼくら戦後世代は、牛乳給食で育ってきました。あの頃は確かに成長に欠かせない飲み物だったと思いますよ。

 大量に出回っている食品に、いちいち添加物を気にしていたんじゃ、食べるものが無くなります。人間の身体は考えているより融通の利くシステムを持っているはずです。身体に悪いものを美味しく感じるとすれば、生物として失格だと思います。

 何でもそうですけど、多すぎなければ、いいんじゃないでしょうか。その目安は分かりませんが、友達は頭がツルツル光っている以外は、いたって健康そうに見えます。農作業に忙しいからでしょうか。人によって違うとは思いますが、たかだか一杯の牛乳であれこれ言われたくは、ないですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日本人優勝連呼に違和感」に違和感。

2016-01-24 15:58:51 | 日記・エッセイ・コラム

 相撲は長らく見ていませんが、NHKのアナウンサーはナショナリズムを煽っていると評判です。10年ぶりの日本人ということにこだわり過ぎて、琴奨菊がかすんでしまっているそうです。この10年を支えてきたのは誰だと思っているのか、という具合です。

 確かにモンゴル力士が居なければ日本の国技相撲は成り立ちません。しかしこの10年で相撲はファンを獲得できたでしょうか。こちらでは豪風の努力もあって、秋田の相撲ファンは増えたかも知れません。でも相撲が面白くないのは、戦い方ではなくて横綱の態度です。今いる横綱はどれも品格に問題があります。横綱は「心・技・体」にバランスが取れて立派でなければなりません。ところが白鵬は心に問題があり、日馬富士は大関時代の自分の相撲を忘れています。鶴竜は先輩白鵬の支えで上がってきました。今のところ金星配給王です。横綱ならもっと日本語をうまくなりなさい。もっと謙虚になりなさい。

 神前に奉納する相撲の意味を考えなさい。一つ一つの所作に、形に意味があるのですよ。伝統を守る気があるなら、日本人になるべきです。モンゴル国籍のままで、横綱に居座るなんて許しませんよ。

 旭天鵬は私の中では例外的に好ましい力士です。あの年まで自分を律する力もあります。相撲界に残るためだけに、帰化したとは思いたくないです。白鵬は帰化もしないで年寄りになるつもりらしいですが、そうはさせませんよ。

 ただ国営放送のアナウンサーが差別発言するのは、私もどうかと思います。彼らの期待に応えられるか、きょうはじっくり見させてもらいます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人類を創生した宇宙人Ⅱ

2016-01-23 17:16:00 | 日記・エッセイ・コラム

 惑星の数で、きのうから引っ掛かっていたので、あらためてゼカリア・シッチンの「人類を創生した宇宙人」を読んでみました。20年前の本ですが、彼は自分の説と聖書は矛盾しないと言っています。資源採掘のため地球にやってきた神々(ネフィリムとアヌンナキ)は、下等な生物を自分たちのために働かせるために遺伝子治療を施しました。それが30万年前に突如として現れたホモ・サピエンスです。長い進化の歴史の中でも、類人猿から直立歩行の人類が現れる過程は、あまりにも唐突で謎の部分が多すぎます。中間化石も発掘されていません。

 聖書ではアダムとイブは、自分たち神々の姿に似せて造られた、とあるそうです。つまり聖書は自ら墓穴を掘っているのです。神々は人間と同じ姿をしていたわけですね。しかしそういう正直な記述は、あちこちにあるそうです。キリスト教でいう神とは「創造主」のことで、それは全知全能で唯一無二の存在でなくてはなりません。それが人間の形をしていて、一人じゃないなんていうことは、あり得ません。だから宇宙から来た人々が人類を創生したことと、聖書の記述は矛盾しないそうです。

 さて、この図をじっくり見ていて分かることは、まず火星と木星の間にある割と大きな天体ですね。この本ではシッチンはこれが「ニビル」である、と言っています。私は違うと思いますね。古代の神々は巨人で、寿命もかなり常識離れして長かったらしいです。これほど大きな星では、重力も大きく、巨大な生物は育ちにくいはずです。それとこの頃4500年前は、小惑星が元の姿をしていたはずなのです。だから左上にある丸は、惑星「ティアマト」だと思います。ここに金星が描かれているとしたら、誕生したばかりのはずで、だから水星との位置関係で、太陽に近く描かれているのかも知れません。

 それと冥王星ですが、ちゃんとシュメール人はその存在を知っていました。しかし場所は土星と天王星の間です。つまり冥王星はこの頃、土星の衛星で、このあと金星が暴れて遠くに押しやられ、ティアマトが崩壊するのです。

 別のある書物には、太陽には伴星があってそれは褐色矮星ではないかと言っています。ニビルはその衛星で、だとしたらこの図は伴星を描いたものかも知れません。褐色矮星には充分な熱と光があるので、生命を維持するために必要な赤みがかった光を浴びることは可能であり、どんな種であっても成長できるだろうとあります。

 余談ですが、12という数字は人類にとって昔から大事な数字で、12の月、時計も12時、1ダース、12使徒という具合になっています。シュメール人も60進法を使い、天体も太陽と月を含めて12個描いています。12宮の星座もシュメール人が初めて導入したものです。もしかして彼らの神々は、指も片方6本で12本、あったのでしょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第9番惑星は、「惑星X」か?

2016-01-22 16:30:43 | 日記・エッセイ・コラム

 大体この9番惑星という言い方がまず気に入りません。冥王星を準惑星に降格させたために迫力が無くなってしまいました。それまで未知の星は、第10番惑星と呼ばれていました。それがセレスのせいで、小さいから外そうという議論になって、小惑星帯のセレスと同様準惑星となってしまいました。これには悪意を感じますが、まあそれはそれとして話を進めましょう。

 新しい惑星の発見というのはいつも、外側の知られた惑星の軌道が何かに影響を受けているように見えるため、その原因が未知の惑星だと考えるようになったためですね。そういう順序から言っても、冥王星は天文学の歴史上立派に惑星の権利があるというものです。今回の主張も、海王星の軌道から推定されているわけで、まだ現物は発見されていません。

 今、未知の惑星候補は二つ存在します。一つは反地球「ヤハウェ」であり、今ひとつはゼカリア・シッチンの言う「ニビル」です。

 でも今回、ヤハウェは当てはまらないでしょう。この惑星は地球と点対称の位置を、太陽に隠れながら運行していると思われている星です。だから木星より外側の惑星に影響を及ぼすとは考えにくいです。

 そしてもう一つの惑星「ニビル」は、考古学者で言語学者のゼカリア・シッチンが粘土板文書を解読した結果、推定したものです。この惑星は長楕円軌道を描いて太陽に接近する惑星で、その周期は3600年と言われています。前前回の接近で花開いたのが、メソポタミア文明だと彼は考えています。3600年という数字は、そのたびごとに、人類が飛躍するように見えるため、出された答えです。

 UFOがいるとかいないとか、宇宙人が居るとか居ないとか。そんな議論の前に、ヒトはニビルから来た神ネフィリムとアヌンナキによって、遺伝子工学を使って造り出された「外来種」との「混血」だと言ってもいい生物だとゼカリア・シッチンは考えているのです。

 もともとサルから突然変異と自然淘汰によって人間が出来る確率はゼロです。ダーウィンの信奉者は、そのことを良く考えた方がいいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする