松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

池田修三展の、象潟公会堂という建築物

2014-04-30 05:42:57 | 日記・エッセイ・コラム

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版画展の開催されている場所がまた、しゃれているのです。

昭和初期の木造建築です。当たり前に存在する、ということは

おそろしい。住民だった頃、ただの、傾きかけた、

あばら屋にしか見えなかった。

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階段の、てかり具合がファンタスティック。

 

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ピアノの先生の活動が、かろうじて解体を免れたらしい。

音響が素晴らしいそうだ。パンと手をたたいて、確かめたかった

が、その雰囲気ではなかった。

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公会堂の真向いが、池田医院。修三先生の実家だ。

嫁は池田医者と呼ぶ。姪にあたる同級生がいるそうだ。

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公会堂前のでかい看板。松尾芭蕉が逗留した宿は

もう少し先にある。鳥海山。九十九島。

松島に並び称された景勝地にしては、

人通りが少なすぎる。

展示会は盛況だったが、もうちょっと

どうにかしないと。

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池田修三という版画家 その2

2014-04-30 04:53:50 | 日記・エッセイ・コラム

池田修三という人は、作品を「うつろいゆくもの」と

考えていたらしい。

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だから自分の作品は値段を上げさせなかったという。

小品が7千円台で販売されていた。

気軽に手に取って楽しんで欲しかったのだろう。

普通はこの手の展示会は撮影禁止だ。

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象潟の人々は、当たり前のように、彼の絵を送ったり

送られたり、している。これ、「のんびり」から拝借しました。

藤本智士さんが張本人だ。私も彼の取材からショックを

受けた。「池田修三 生家」で検索したら一発で

当たった。しかし嫁の実家には現物は一枚もない。

オレも象潟にいた10年間は、版画というものにさほど

興味はなかった。

普通に存在すること。当たり前の怖さを知る。

浮世絵を経て、初めて池田修三に

出会った。

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池田修三という版画家 その1

2014-04-29 20:08:08 | 日記・エッセイ・コラム

まずは、作品を見てほしい。

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版画としては相当カラフル。顔に立体感を出すのは

かなり難しいらしい。池田修三は、きれいな顔色を出した上、

うっすら緑色を目のあたりに使って、メリハリを付けている。

色を重ねることによって、実際より多くの色彩を表現している。

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実に、ほっとする、子供たちでは、あーりませんか。

作家の、深い、愛情、を感じます。

これを今、一番送ってあげたい国は

韓国でしょう。

池田修三が生きていたら、

まず間違いなく、高校生の保護者たちに

送る作品を彫っていたに違いない

と、思います。

きっと、そうせずにはいられない

人だと、私は思います。

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「当たり前」のすごさ。

2014-04-29 07:09:34 | 日記・エッセイ・コラム

朝起きて、新調のジャンパー(アウター?ジャケット?ブルゾン?)

を羽織って、ジッパーを上げようとしたら、引っかかり、

無理やり引っ張りあげた。

嫌な音と共に、かなりの抵抗があった。

見ると「YKK」のしるしはなかった。

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安けりゃ、いいってもんじゃない。

100円ショップで買う文房具の、使い心地の悪さ。

デフレマインドが染みついて、「当たり前」の使い勝手の良さを

忘れてしまっていた。これが果たして文明国家のあるべき姿

なのだろうか。最先端の生活と言えるだろうか。

違うだろう。

きょうはこれから象潟へ行く。

池田修三の版画を見るために。

今頃、修三先生の凄さが分かった。

10年も住んでいた土地なのに。

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あたりまえの風景、レンギョウからチューリップまで。

2014-04-25 12:37:09 | 日記・エッセイ・コラム

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水仙が盛りのうちに、桜が満開になり、

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レンギョウが咲き誇っているうちに、八重桜が咲き、

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モクレンが咲き、

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チューリップは咲き、

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レンギョウとユキヤナギが一緒に咲く。

ここらでは、当たり前の風景。

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