松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

高瀬耕造アナの失言には同情する。

2014-09-30 12:09:47 | 日記・エッセイ・コラム

きのうの昼、おんたけさんを、みたけさんと読んだとして話題になっている。

きょうの昼、高瀬さんは元気にニュースを読んでいる。良かった。

この人は、個人的にNHKでは好感の持てる人だっただけに、残念だ。

次の文章は約15年前、今朝の7時にでかい顔をしてニュースを読んでいる

彼氏が秋田にいた時に、強く違和感を感じて書いたものだ。

                           日本語を壊しているのは誰か

 今月始めから児童ポルノ禁止法が施行されました。栄誉ある第一号逮捕者が学校関係者から出ましたが、ま、そんなことはどうでもいいのです。他県の話ですから。あの話題に出てくる「買春」という言葉、どーもしっくりきません。聞いていて不愉快です。たぶん、語感が訓読み音読みごちゃまぜだからだと思います。辞書引いても出てきません。そこで、国語の先生に聞いたところ-ここが学校職員のいいところで-おそらく売ると買うでは行ったと来たの違いだから、区別するためそう呼んでいるのだろうと言ってました。そして「援交」も感じ悪いねと言ってます。法律作るからって勝手に造語作って-馬から落ちて落馬して-いいんだろうか、と思います。
 政治家の偉い先生方のお使いになる言葉に「コンセンサス」だとか、忘れたけど「説明責任」に当たる言葉あるじゃないですか、とわざと使ってみたけど、「じゃないですかあ」と相手に確認を求めるしゃべりかた。これ今、全国的に流行してます。このまま野放しにすると間違いなく日本語として通用するようになります。話を戻して、カタカナ語の話。カタカナになったらもうりっぱに日本語ですよね。そうやって我々の意志とは無関係に日本語が増えていきます。
 ギャル言葉は敢えて取り上げません。聞いただけで脳みそ腐りそうだから。
溯ると、例えば恋人同士耳かきしてるとして、「すごーい、きもちいー」というのもおかしいんです。すでに使い慣れて聞き慣れて今ではなんとも思いません。「すごーい」は形容詞であって、形容詞は名詞にしか掛かりません。(国語の先生注:違う、連用形という使い方もある。なんのこっちゃかわからん)動詞や形容詞に掛かるのは副詞でなければならず、「すごーく、きもちいい」とならねばなりません。こんなことは難しい文法の話をするまでもなく、聞いて、変だなあと思わなければなりません。昔から我々、日本人やってるわけですから。
 もっと溯ります。郷ひろみが「男の子、女の子」をヒットさせた頃に戻ります。
あの頃です、いい「やろっこ」が「子」づけで呼ばれ始めたのが。テレビで甲子園の監督が「この子はセンスが抜群で」とかなんとか、いい髭面のおとなが部員に対して言ってました。ひょっとするとこちらだったのかも。「あ、ふーん」
 しんがりになりましたが、一番罪が重いのが「国営放送」です。断言します。「国営放送」が言うことは間違いがないのです。だから、全国を渡り歩くアナウンサーが白と言えば白なんです。
  男鹿を「が」と言えば「鹿」なんです。新屋を「らや」と言えば「屋」なんです。森吉山を「もりよしざん」と言えば「森吉ざん」なんです。たとえ金足の人間が「もりよしやま」と呼ぼうとも。そうやって、馴染んだ日本語がひとつひとつ消えていきます。
 あー嘆かわしい。馬から落ちて落馬したい。とうふのかどにぶつかって死にたい。
だんながなんだ。となりの客はよく柿食う客だ。バスガス爆発。

 

今では、連用形を尊重できる。しかし、黙認できないのは、自分の考えなのに、「~なのかな、と思います」

という言い方。

「自分の事なのに、自分で分からんかー」と叫びたい気分です。失礼しました。

 

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テラスハウス最終回、テツが最後に見たもの。

2014-09-30 07:04:09 | テレビ番組

テラスハウス、最後まで付き合って見てやった。出演者総勢22名

ほとんど集まった。秋田美人の彼女もいた。

テツに付き合って、せいな がもう一泊。何かが起きるかと期待した。

しかしそれは、テツが出る前に、誰かがアルバムをそっと置く必要が

あったからだ。

テツが涙を拭きながら、最後にドアを閉める。違うでしょ、カメラマンがいるでしょ。

てのは、野暮かな。

外の景色を見たテツが、驚いたような視線を送る先に

何があったのだろう。

実に意味ありげな、終わり方だった。何を伝えたかったのか、分からない。

分からないまま、終わった。

 

「季節はずれに咲いたアジサイ」

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高倉健「あなたへ」のあとに。

2014-09-29 07:10:18 | 映画

 映画館で映画を観るのは、若い頃苦痛だった。それは座高の高さと関係がある。後ろの席の人が見えないだろうと、背を屈めるくせがあって、そのあとは、もっぱら一番端っこや、最後尾で見るようになった。だから今のように、そんなこと気にしないで見られるように広く高くなってからも、通ったことはない。つまり、封切を見たことは一度もない。

 「あなたへ」を見た。巨匠ビートたけしや、SMAPの剛君が出てきて、妙なキャストなもんだなあ、と考えながら思った。連れが亡くなってから始まるストーリーの、最後の結末は、いったいどんな展開になるのだろう、淡々と終わるのだろうか。見終わって「あなたへ」が女性の言葉である、という事実に気が付いた。なるほど、余貴美子の言葉だったのか、と考えた。

 それから部屋の換気をして寝ようと、窓を開けた。メガネを外していたので、景色がボケていた。鉄道と駅舎の明かりが見えた。それは初めて見る景色だった。細い月なら二つ見えるこの目が、街灯を花火が開いたように大きくしていた。黄色みがかった白や、青味がかった白、黄色、赤。それぞれの花火が開いていた。しかも乱視のせいで、まともな放射状の花火ではない、円形だがランダムに開いた、幾何学的に見ごたえのある花火だった。とても新鮮だった。ボケた光にピントを合わせて、鑑賞できるなんて。

 テレビは熱を発する。ましてアンプ経由でスピーカーを鳴らしているのだから、部屋の温度は下がらない。しかしハイビジョンで、好きなだけボリュームを上げて観る映画は、映画館の迫力に負けないものがある。その証拠に、青春時代に盛岡ピカデリーで見た「個人教授」ナタリー・ドロン、ルノー・ベルレーのサウンドトラックは、映画館の大きなスピーカーから出るドラムの音を、忠実に再現して、まったく当時の気分に浸ることができたものだ。

 ちなみに、私の中でそれより名画なのは、「バニシングポイント」。中で使われたシャイ・ライツの「Oh GIRL」がなかなか、いがった。さらにそれを上回るのが「カサブランカ」だろう。モノクロでありながら、テンポの速い展開力は、内容を知っていながら最後まで見入ってしまう魅力にあふれている。沢田研二が曲に引用したのも、無理はない。

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八木沢分校へ至る道

2014-09-28 03:28:15 | 日記・エッセイ・コラム

KAMIKOANIプロジェクトの旧八木沢分校への入り口は、

見逃しやすい。3個目のトンネルを抜けて、右側に注意すると、

黄色がシンボルの看板が見えてくる。ナビはトンネルの中で曲がれと

言ってくるので、無視する。

そこから八木沢に至る9kmの区間は、非常に長く感じるはずだ。これは

広角で撮っているので、広いように見えるが、このあと、30mほどバックした。

私の後ろからも2台来ていて、ぞろぞろ後退して、ようやく工事中のトラックを

やり過ごしたが、前からも2台来て、行く人を優先してやった。

 

今、考えると、子供たちの書いた絵は、教会における天井画のように思えた。

村の歴史を語るビデオも流れてあったし、往時の写真パネルも私の心を動かす

ことはしなかったが、あれは天井画なんだと思う。人の心を洗ってくれる。

もう一つ気づいたことは、カレーを食べ終わって、なごんでいると、おばちゃんが

下げにきた。コップも持っていこうとするので、薬を飲むのでこれは、といって

八木沢のおいしい自然水を確保した。

ゴミ箱を探して、ないようなので、薬のカラ袋をバッグに入れようとすると、

おばちゃんが、すっ飛んで来た。ごみもらいます、というので、すみませんと

渡した。あれは名刺がわりになる。フルネームが書かれているからだ。

本人確認の証拠でもある。逆に、今まで、個人情報をばらまいて

いたのではあるまいか。

御嶽山の噴火と、私の山歩きは無関係だろうが、ここ数日、山に執着していた

ことを考えると、何かの信号を受け取っていたのかも知れないと

思えてしまう。

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八木沢分校のカレーライス

2014-09-27 16:55:13 | 日記・エッセイ・コラム

再び上小阿仁プロジェクトの八木沢会場へ行ってきた。

もうすぐ国民文化祭が開会します。みなさんも来てね。

私は、カレーを食べながら、その先の萩形(はぎなり)ダムを見て、

あわよくば、その先にあるはずの旧萩形集落跡、さらに萩形渓谷まで

行くつもりだった。八木沢で十分秘境だが、その先もあったのだ。昔は。

八木沢の母さんたちの手作りカレー。野菜が沢山入ってます。

こちらの母さんに、ダムの先の様子を聞きました。

どうも車では、限界がありそう。分校の学習机で食べるカレーは格別でした。

壁の絵がまた郷愁をくすぐります。

土曜日ということで、こーんなに、人が来てました。

この橋は車は無理でしょう。

この前、何も植えてなかったように見えた棚田にソバの花だと思いますが

咲いていました。

それにしても、この広い会場の、そこここに人が散策している風景は

なかなかいいものですね。

萩形ダムまで来ました。このくらい急傾斜だと、充分足がすくみます。

ダム湖を半周もしないうちに、砂利道になり、沢から流れる水が道路を削って、

腹が着きそうなので、戻ることにしました。すると後からやってくる乗用車があって、

それは熟年夫婦の奥様の運転する車でした。すれ違いざま、窓を開けて、

「この先、行けるでしょうか」と聞くので、舗装が終わって怖くなって戻ってきた、

と言うと、じゃ私たちもUターンしましょう、と言って戻ってきました。

でも、その後ろから軽トラックが普通にやってきたので、きっと行けるんだろう

と思います。地図を見ると「萩形平」とあって、こんな奥に、平坦な地形が

あるので、それを見に、またいつかチャレンジしたいと思います。

携帯の電波も届かない山の中は、ちょっとした冒険気分です。

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