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オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

津軽海峡冬景色

2015-11-09 | Weblog

11/9(月) 先週の金曜日、晩秋と云うよりは初冬の津軽半島は、薄曇りの中に晴れ間が覘くと云う天候だった。半島の先っぽになる地区、港の三厩から台上にあたる灯台へと向かう。海面からの高度は100m程か。道は、斜面を行くので距離としては遠い。

三厩地区の路地から、山頂となる灯台下まで「階段国道」と呼ばれる唯一の車が通れない国道があるのだが、無論私は歩くことない。歩けない身だ。TOKIOは、取材だとカメラを手にして降りて行った。行けば帰りは、上りを歩くしかない。四国・金毘羅さんの階段に比べれば楽か?362段、総延長382mだそうな。

国道階段の降り口の手前に、国民的歌謡曲、名曲演歌と云える「津軽海峡冬景色」の記念碑が聳えている。それだけ立派な碑と云うこと。詩碑の前の赤いボタンを押すと、石川さゆりの唄が大きく流れる。

見ていると、この碑の前に立つ人は、くる人も来る人もボタンを押す。そして歌が、風に乗って山頂にも届くのである。「ごらんあれが龍飛岬北のはずれと、見知らにひとが指をさす・・・」、思わず口ずさみたくなるのは、演歌世代の中毒か?

類いに漏れず、私もボタンを押した。誰も周りに居ないことを見計らってだ。そして思ったのは、『なんで昨夜、この歌を唄わなかったんだ』であった。前夜、セイジュでカラオケだったというのに。

そんな馬鹿なことを思いながら、道路を渡ると「龍飛のお母っさん」と書いた幟旗を掲げた軽四輪が・・・、その脇にお齢に似合わぬ綺麗な化粧の婆さんがオイデオイデをする。彼の有名な、オバサン、敬意を表して今やオバサンと呼ぶべきかな?何度もTVの旅番組で出てくる。港の海峡亭より、その頻度は多かろう。

「兄さん、なんか買っていきなよ」と、中々の商売人、商売上手である。息を切らして戻って来たTOKIOが、写真を撮ろうとすると横を向いた。「買わなきゃ駄目だよ」と、はっきりしているのだ。売ってるもので、欲しいものはコレッポチもない。が、ここは敬老精神と婆ちゃんの商売気に敬意を表するしかない。ホタテの燻製とやら、二袋1000円也を買った(セコイな)。

                        

すると、ニッコリ笑って腕をってポーズするのであった。

山上の灯台に上がる。空は薄陽、、風強し。海の彼方20km先の函館を臨むことはでっきなかったが、眼下遥かに見下ろす岩礁に、日本海の波が打ち寄せる様は絶景、見応えがあった。

                            

 

ここから少し離れた「、青函トンネル記念館」に向かう。計画からすると数十年、建設開始から26年の年月を経て、昭和63年に開業したとある。因みに総工費は、6900億円とあったか。

                    

この津軽海峡の海面下140m、トンネルの延長53kmの世界最長のトンネルだそうな。そんな現代の史跡があるならば、情報取集して紹介する必要がある。そんな理由から、津軽半島で三件目の視察&取材を敢行した。

オイラの本音は、高い処と暗いところは嫌いなんだ。とは云いながら取材と云われちゃ、致し方ない。「青函トンネル記念館」に行き、そこから海底のトンネルへとおりたのである。

いや~暗い、長~い、流石に大トンネルだ。一部を見ただけだけど。記念駅から地下に降りるトロッコ電車?のようなケーブルカーのような、ガタゴトと揺れる電車?に乗った。定員は20人程度かな。我らが下りた時は、七人の乗客に運転手と説明員であった。

               

下のトンネルに着くのに8分とか言われたような気がするが?ミュージアムになっており、見学コースを終えるまでの所要時間は40分だったようだ。そのうちの20分は、トンネル内を説明を受けながら歩く。とは云いながら、パネル展示があり説明テープが流れる。流石にトンネル内は涼しい。

来年から北海道新幹線が開業だとかで、その工事の関係で「海底千トンネル駅」の見学は中止になっていた。既に新幹線の試験運用は始まっているとか。

                           

津軽半島でのスケジュールが狩猟したのは、午後3時30分頃であったか。四時には、津軽国定公園を後にしたようだ。次の目的地は、秋田市である。

ここから、高速道路が繋がっていれば早いのだが…。途中途中に在るだけで、一般道も相当ある。とは云いながら、運転手はTOKIOだ。彼の運転は安心して座っていれる。何の心配も要らないのだ。カーナビを見ると、秋田着は22時になっている。そうは掛からんな、オイラの見立ては7時半着だが?

津軽半島の先っぽから、日本海を右手にして半島の中央部から日本海側へと、行き交う車も希なる道路を、つづら折りの道を快調に走った。海の傍の道路に出る頃、真っ赤な夕日が沈もうとしている処であった。

 

急げ、秋田へ・・・・。秋田オバコが呼んでるぜ!早く行かないと店が閉まるぜ!

 

 

 

 

 

 

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