オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

哀愁のイブ・・・

2013-12-25 | Weblog

12/25(水) 昨夜のクリスマス・イブ、男同士の相合傘ならぬ道行でイブの夜を過ごすこととなっていた。K大兄と二人の忘年会をやろうと話が纏まったのが、それが昨晩であった。どうせなら、河岸を変え雰囲気を変えて飲もうよと、場所は横浜にした。それも馬車道と、大人っぽくした次第。

何が大人っぽくだかよう分からんが、落ち着いた雰囲気が好きなのだ。横浜に向かう東横線の車窓から、墨絵のような富士山が暮色の中に望めた。雲間に、ビルの谷間の先に所々で顔を見せる小さな富士山を眼が追った。遥かに臨める指先のような富士だが、心惹かれ気分が高まる。

大兄との待ち合わせ前、某社にて年末の挨拶を済ませて待ち合せの馬車道駅へ。夕闇の訪れとともに気温が下がり寒くなってきた。特に店は決めていないので、馬車道を散歩がてらに歩きお店を物色する。イブだと云うのに、人どおりも少なく静かであった。

今夜の飲みスタイルは、熟年オヤジが哀愁を抱きながら、そこはかとなき哀しさを漂わせながら飲む・・・。と云うことなので、昔流行った「ブルーライト横浜」などのような、跳ねたムードは邪魔・不要。なにしろ唄う歌は「国境の町」と、渋いのだ・・・(僕じゃないょ)。

落ち着いた雰囲気の飲み処を大兄が見つけ、そこで一杯やることとなった。大年増ながら小粋な女将は、日本酒はすべて神奈川県の蔵元に拘っていた。冷酒(ヒヤ)がよさそうな酒ばかりだが、女将は燗酒でも行けると云う。

寒いときは燗酒と、先ず「松みどり」(この酒はゴルフコースの在る松田の酒なので懐かしい)の温燗を頼む。と、カウンターの上に置いてあった小板を外したのだ。なんとそこには、燗をする湯が張ってあった。この手の設えは初めてだ・・・感心しました(写真撮っとけばよかったな・・・今度ね)。小体ながら、なかなかいい雰囲気の店であった。次にダーナの店、生音やボーカルを聞かせるスタジオのような「Me Gusta」に行った。

ダーナは今夜、赤坂「禅」に出向いて葉子さんとクリスマスソングを唄っている。店はスタッフの若いミュージシャンが留守居だった。客なのか正体不明のオジサン、姐さん達がポツリポツリと姿を見せる。暫くするとそのオジサン、姐さん達がステージに上がりピアノやサックス・ギターを演奏始めたのであった。

中には「今夜が始めてですが」と楽譜を手に現れ、シャンソンらしき歌を唄う女性も出現。なんじゃこれ?と云う感じだ。とうとう「楽器、なんかやりますか?」訊かれてしまう。が・・・内心では、三味線と尺八にハーモニカだと呟く。大兄は「国境の町ならやりますが」と、若いスタッフをと惑わす。二度目だったが、こんなスタイルの店だったと漸く知った次第・・・。

木枯らしが歩道を小走りに掃きはじめた頃、関内駅に向かう大兄と、馬車道駅に向かう私は左右に別れた。静かで凛としたイブの夜が更けて行く。古の横浜正金銀行の建物も、馬車道どおりも、彼方のランドマークタワー辺りも、闇に溶け込のを待っているようだった。

              

 

 今朝は、築地市場に立ち寄ってから出社となった。従姉から鮭を頼まれていたので、それの手配である。最近は此処ばかりだが「北田」で、ロシア産紅甘塩、7枚入/8Kgりを一箱贖って送った。先週に猪肉を送って貰ったので、その返礼である。男は辛いんだ・・・?

マグロの米岩のオヤジに入荷の状況を訊き、市場の最終日に取りに来るとマグロを頼んだ。市場に来ると、ついつい余計なものまで買ってしまうのは、貧乏人の性か、食いしん坊魂が為せるところか。

コーヒーの愛養に寄らず、ビールも飲まないで会社に戻ろう・・・。この前、サッポロの姐さんと来た土曜日に比べると人出は少ない。それでも場内の人気すし屋は行列である。白や黄色、和・洋・華と色とりどりが行儀よく並んでいる様を目にすると、戦争は起らんだろうと云う気がする。

場外の大通りに面した喰い処も、今朝はゆっくりと歩くことができた。然しながら、今週末はごった返しだろう・・・。

                    

 

今年のカレンダーでは、出勤日は後二日。九連休となるがハワイに行く予定もない・・・。正月早々に帰省し、2・3日は畑仕事と焚火に焼き芋の優雅な日々を送ろう。疲れたら川奥の村、馬路温泉に浸かり「ごっくん馬路村」を飲もう。小市民のささやかな休日を、田舎暮らしを満喫しよう・・・。

 

 

 

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