オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

津軽中里町

2012-02-26 | Weblog

2/26(日) 今朝は会社へと向かいながら、久し振りに中目黒駅まで歩いた。ここのところ運動不足。冬場の冬眠状態である。

途中、祐天寺の前を通りながら「梅は咲いたか」と、寺の門を潜った。近年の状況と変り花の様子がない。よ~く目を凝らすと、端の大きな木の枝に僅かに白いものが見えた。一枝だけ咲き始めていた。

                    

後の枝は、未だ蕾である。田舎の畑の梅の木を思い出した・・・そろそろ咲いている頃合いだ。

週末訪れた津軽は「雪の中」。芽吹きも花も先の先、されど雪に埋もれた大地では確かな胎動が始まっていよう・・・。

 「津軽中里」

金曜日の暗くなる頃、青森空港からのバスで津軽・五所川原市に着いた。粉雪のような細かな雪が舞ってはいたが大したことはなかった。思ったよりは暖かい。

土曜日の朝、津軽鉄道(ストーブ列車で名高い)にて津軽中里駅へと向かった。9:25分発はストーブ付きの車両が二両の三両編成の電車であった。

改札口で、電車娘(?、と云うことでこの2月から売りだしPR中)から「ストーブ車両に乗りますか?」と訊かれた。えっ、と訊き返すと、ストーブ車両は別料金が要るとのこと。プラス300円とか。

ここで貧乏根性が丸出しになった。否、いいと断る。観光客らしき人たちが二十人近く待合室にたむろしているが、あのオジサンやオバサンは300円払うんだろう。こっちは、葬儀に出るために来ている。観光気分にはなれぬし、別料金も何だか納得が往かぬ。

ホームの端に、津軽鉄道の電車が待っていた。(JR五能線と駅やホームは繋がっている)

ストーブ車両には乗らぬが、ホームから覗いては見た。駅員に云う「見るのはただかね」、嫌なおっさんぶりを発揮した。「どうぞどうぞ、ゆっくり見て下さい」と返ってきた。

真中当りにダルマストーブが一つ、その直ぐそばに二人掛けの席が二つあって、ストーブを挟んででいた。あの席を取る争奪戦が起こるんじゃないかと心配になった。

一両だけの別料金不要の車両の乗客は5・6人。BOX席をゆったりと占領して中里に向かった。途中、太宰の生地で名高い金木(かなぎ)駅ですれ違いの時間があり10分程停車した。

どうやらバスでここまで来て、ここから乗車する観光客の到着を待っていたようだ。遅れての発車だったが、先を急ぐ必要もなかった。微笑ましい限り・・・。太宰の生家「斜陽館」でも見ていたのか?

一面白銀の世界が広がる。其処を田舎電車はとろとろと進む。五所川原から終着の駅、中里までは40~45分ぐらいであった。途中面白い駅名があった、幸福駅などとは違い絶対に売れないだろうと思う駅名だる。

「ふこうだ」と云う名の駅名である。漢字では「深郷田」とあった、終着駅中里の一つ手前であったような。仮名で書けばこうなるが、地名と云うのは難しい。周防大島の地名などにも全く読みようがない、土地の人が呼ぶ地名どおりに読めない処が多々あった。

処変れば、と云うが、葬儀のスタイルも関西や私がこれまで体験した方法とは相当に違っていた。結婚式などでも少しやり方が違う処はある。ましてや、葬儀となれば古くからの方法が色濃く残っていよう。

五所川原へと戻るルートは、電車の時間まで相当にあったので丁度上手い具合に通るバスに乗車した。ストーブ列車には乗らなかったが、金木では太宰の生家の脇をバスは通過した。

心配した雪も、寒さも、何の問題も無かった。土曜日の夕刻、飛行機は少し遅れたがほぼ予定どおりに帰京した。

問題は、今日の日曜日。会社に出るとビル壁面工事の真っ盛り。丁度私の席の横と後ろの壁面をドリルで削っている。削る音、鋲を打ちつける音・・・堪らんぜ仕事は、たっぷりと溜まっているというのに・・・。仕様がない、工事が終わる夕方から取り掛かるとするか。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする