たまにはぼそっと

ふと思いついたことをボソッと書いてみます。

途中ヶ丘遺跡

2022-10-06 05:17:47 | 猿田彦
弥生時代前期中頃から後期にかけての環濠をめぐらせた集落跡

BC200~100年頃になります。

扇谷遣跡は、BC 150~50年ですので、少し年代が違いますけど

理由があるのか、誤差なのかは分かりません。

直線で約2km離れています。

ふと思い出したのが、「徐福(じょ ふく)」です。別名は、徐巿(じょふつ)

簡単に説明すると
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秦の始皇帝に「東方の三神山に長生不老の霊薬がある」と言って、

始皇帝の命を受け、3,000人の若い男女と多くの技術者を従えて、

財宝と財産、五穀の種を持って東方(日本)に船出した

しかし、秦には戻らなかった。
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これが、BC 210年のことです。

途中ヶ丘遺跡は、BC200頃からなので、ここに住んでいた人たちは、

もしかしたらこの中の技術者なのかもしれない。

かなり確立は高いと思います。

丹後半島には、新井崎神社があり、その場所は、徐福渡来の地と言われているところもあります。




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