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中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

第9回紬きもの塾――着物を着る

2013年12月18日 | 紬塾 '13~'16
4月から、段階を踏んで紬織りの糸や風合いなど、元のところから学んできましたが、いよいよ着物を着るところまで来ました。
参加者のうち、月に2~3回は着物を着る方が2名ほどで、他の方はほとんど着ていないということです。
また、着ている方でも着るのにかかる時間は30分以上ということでした。
滑らない生地の着物の場合は着るのはたやすいことですが、帯はものによって長さや、ポイント柄の位置や、帯地の固さなども違ったり様々なゆえに、慣れない帯の場合はやり直したり、案外時間を要すこともあります。

帯を新しく仕立てる場合は、自分に合う長さで頼むと良いと思います。
自分の寸法を把握しておくことも大切ですね。
ただ、年齢と共に体型も変わりますので多少のゆとりを持っておく必要もあります。
私も50代から少しずつ太り始めて、短めの帯が多くなってしまいました。
「やせなきゃ!」と締める度に思いますが。。。

付箋だらけの『きもの』幸田文著(文庫本もあり)

紬塾では幸田文『きもの』を参考テキストにさせてもらい、今までも毎回、1~2名ずつの方に、その内容からの気づき、発見などを2~3箇所ピックアップして発表してもらってきました。
今回、最後のお一人が指摘した箇所に、着物の着付けを外側から学んでいく箇所がありました。
単行本では112頁、文庫本では114頁のところです。

主人公のるつ子は、姉がよそ行きの着物で外出する際にはいつも着付けを手伝わされます。
あまり仲のよくない姉にいいように使われ、あれこれ脱ぎ散らかしたものの後片付けまでさせられ、胸の中では反発を感じながらも黙って手伝ううちに、人に着せながら覚えていく生地の質感や、帯地の締まり具合、着る人の体型に合わせて、ゆったり着るのか、きっちり着るのかなど、いろいろなことを“姉を台にして”学んでいくところがあります。
着せてやる面白さです。とても興味深いところです。

今は母親も祖母も着物を全く知らないという方が多くなり、着るには一から全て一人で始めなければならず、きもの本を片手に覚えるか、着付け教室に行くしかなくなってしまいましたが、家族や身近にちょっと手を貸してくれる人がいればいいだけなのですが、、、
自分の子供にでも、孫にでも導き、アドバイスすることができるように、是非今からでも着物を楽に着て欲しいと思います。
多分私の着方は最も簡単で楽な着方だと思います(滑りにくい生地のものに関して)。

今回の参加者で着物を着るのが全く初めてのみなさんからも「着物自体は思ったほど難しくない」「手助けはあったものの、帯結びまでなんとか格好を付けられて自信がついた」などの感想をいただきました。

まだ不安な方も、次回最終回に、おさらいをしますので、大丈夫です。
今までの紬塾終了生の方で、全く着物を着ていなかった方がとてもスッキリ、でも自然な着姿を見せてくれています。

礼装用の着方を、紬や木綿でもやっている方が多いです。
それにしても、ゴム入りの伊達じめとか、ゴムベルト付きの帯板とか、補正下着とか、
なんとも重装備な小道具をみなさんお持ちですね。。。
着物の小道具としても美しくないですし、昔、着物が日常にあった頃の人たちは、そんな理に適わないことはしなかったはずです。

シンプルに柔らかな頭で着物を楽に着たいです。





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第7回紬きもの塾  布を織る

2013年10月31日 | 紬塾 '13~'16
真綿から糸をつむぎ、染、織物設計もして、そしていよいよ織る段階に入りました。
順番に、3寸(約11cm)の長さを1時間ほどかけ織ってもらいました。
同じ条件で、こんなにも違うデザインが産まれてくるものですね。
ただ、経糸も表情豊かだけれど、とても織りにくいものなのですが、
それゆえにどれも味わいがある、奥行きのある布になったと思います。
糸や、草木の色の力のおかげでもあります。

この学びが、布を色や柄だけで見るだけではなく、糸の一本一本や、風合いということも感じ取れるようになると、布を見るときの助けになると思います。

たった3寸の体験で、細かいことをあれこれ指摘させてもらったのですが、
よくここまで学び取ってくれたなぁと有難く、やりがいも感じました。


みなさんの感想、気付きなどが揃いました。画像と共にご紹介します。

 
私は学生時代に一度織りを体験したことがあるくらいで、今回久しぶりに触れました。
まずは自分が織りたいデザインを紙の中で表現します。
これがとても難しく出来上がりの想像がいつまでたってもできませんでした。
どうにかこうにかこんな感じにというものが頭の中にあったので
何とか仕上げることができました。
先生にみてもらうとこれではグラフィックデザインだと指摘を受け、少し手直しして下さいました。
その時はまだ何のことやらで頭の中はクエスチョン(?)だらけでした。いざ織りはじめるとあっちにもこっちにもと神経を使い、緊張しましたが、とにかく楽しい。
当たり前ですがどの糸も色も違えば太さも違います。
糸の雰囲気が掴めてくると次第に紙に書いたデザイン通りではなく、次はこっちの糸がいいかなと織りながら変更したりと後半は楽しめました。
織り終えて全体的にみてみると、撫でたくなるような愛しい感じがして胸がいっぱいでした。
あの感覚ははじめての感覚で、ここで表現できないのが残念ですが、織ったことで、また自分で紡いで染めた糸に出会いたい、色んな糸に触れてみたいと思いました。
先生にアドバイス頂いた箇所は直して良かったと改めて思いました。
ベタではなく、個性を持った糸同士を交互に入れるとそれぞれの糸が活かされるんだなと。
ベタだけで織っていたらその糸の良さが際立たないんだと分かりました。
このような経験が出来て受講して良かったと改めて思いましたし、経験させていただいた先生に感謝の気持ちでいっぱいです。ほんとうにありがとうございました。 Aさん



とにかく夢中で取り組んだ1時間でした。
杼が手から手へうまく渡るように、耳の糸の具合を確認し・・・と、緊張で肩がガチガチになってしまいました。それでも手足が迷わず動いた瞬間があって、そんな時はリズムが生まれた様で、嬉しくてこのまま織り続けたいと思ってしまいました。
ひと越しずつ進んでいくにつれ重なって見えてくる色、単色の続きだけでなく色同士が作用して際立ったり、引き立てたり、一色で巻かれている時には分からなかった世界が現れて来ました。
よく見れば、緯糸と経糸が交差して細かな陰影が出来ていて、織りものは平面のようで実は立体作品なのだと、当たり前のことに気付きました。
また、設計通りに進まないのをやりくりしながら規定の幅に収めていくのも楽しいものでした。

今回は先生に機を全て準備していただいて、自分では緯糸を通して織っていくだけでしたが、自分で紡ぎ、染めた糸で織ることが楽しく、小さな端切れがとても愛しいものになりました。
神経を使い、手間をかけて糸を紡ぐことから織り上げるまで手掛けるということは魂を込めずして出来るわけがないとよくわかりました。そうして織り上がった布からは作り手の苦労と愛情が滲み出し、美しく、人を魅了するのだと思いました。  Jさん



実習もいよいよ最後、織りの日になりました。
秋晴れのさわやかなお天気の中、静けさが心地よい工房にて、さっそく実習が開始されました。
今までの作業を通してだいぶ絹糸の感触に慣れてきたようで、糸巻きのときに糸の太さなどを触知する左手の感覚が、ずいぶん鮮明になってきたように感じました。
次にいよいよ織りの作業です。
注意する点がたくさんあり、初めのうちはかなりてんやわんやしましたが、最後のほうは少しリズムがつかめたように思いました。
しかし、自分の欠点で、「調子にのると詰めが甘くなる」という性質がくっきりと表れ、苦笑いしてしまいました。
その結果、数越ずつやり直すことになりましたが、毛羽で絡みやすい糸を傷めないようにしながら元に戻す作業を通して、緯糸だけでなく経糸にも十分注意を払う意識を持てるようになったように思います。

織りの作業を終えて、まずはゴールまで到達できたことへの充実感でいっぱいになりました。本来の一反分から比べれば極々わずかな長さではありますが、自分が設計したメジャーをもとに設定したゴールに到達するということは、とても大きなことでした。
それから、やはり強く感じたことは、布の出発点は糸であり、織りあがった布という形になっても、1本1本の経糸、緯糸はそれぞれとても強い存在感を放つのだということでした。
以前より布が好きで、つい布があれば触ったりひっくり返したりしてしまうのですが、それはあくまで布として平面になった状態でとらえていただけでした。「糸」なのだ、という、いわば当たり前のことではありますが、改めて意識に刻まれる実習となりました。 Kさん


自分で糸を紡いで、草木で染められた糸で布を織る本物の経験をさせていただきありがとうございました。
ただ、私はせっかくの貴重な紬糸を上手く生かせないデザインを作成してしまいました。もっと色やつながり、組み合わせをよく考えれば良かったと思います。
織りの方も手順に意識がいき、加減が上手く出来ず、独特の風合いが出ていなかったように思います。
糸を優しく扱ったり、一つ一つの作業を丁寧に行うことの大切さを実感します。
とても反省の多い体験でしたが、先生のアドバイスを頂き、修正しながら織らせていただいたので、素敵なものになりました。布が出来上がった時は嬉しかったです。
今後、着物を着る時は関わられるすべてに感謝する気持ちが強くなりました。  Cさん


 毎回、講座を楽しみにしている中、織る実習は、実際に真綿を紡ぎ、
7月の青々とした桜の葉と枝から染めた紬糸を使ってデザインし、織って
いくので、一連の工程によって、布が生まれる事の尊さをあらためて
感じました。
自分でデザインしたものが、実際にどのような感じになるのか・・・
不安と楽しみが入り混じりながらも、一織り、一織りの糸の重なりを
見ていくと、薄い色調ですが、それでも色それぞれがお互いの色を引き
立ててくれているような気がしました。
1本、1本の尊い糸によって布が生まれる事が、何より神秘に
感じています。お蚕さんや草木の命と向き合った時間を大切感じて
います。
手紬ぎならではの、風合いの糸を取り入れられた事が本当に嬉しい
です。  Rさん



今回の紬きもの塾に参加させて頂き
「プロの仕事」を拝見させて頂きました。
染織の仕事の工程からみたらほんの一部で、
全ての工程の中に糸と真剣に向き合っている姿勢を
感じさせて頂きました。
明確な目的(風合いのよい紬)のために
考え抜かれた作業工程を、今回のお教室で
学ばせて頂いたことは本当に有り難いことと思います。  Tさん




最後の方は、経継ぎ用に残す8寸ギリギリのところまで織ってもらいました。




2つの画像でよくわかるように、緯糸の太さに合わせて、糸の傾斜を変えて織ることも説明しました。
一越ひとこしを見つめながら変えていきます。
幅や、色の出方もこれだけのことで違ってきます。




緊張が解け、織り終えてホッとした表情をみなさんが必ずされます。
そして何故か嬉しそうです。。。
私も一番神経を使うのがこの織りの回の時ですので、無事に終わってホッとしました。
みなさん、良く織り上がりました。








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第6回紬きもの塾 「織物設計」

2013年10月07日 | 紬塾 '13~'16
並んで糊付けした糸をほぐしているところ。

真剣な表情だけれど、難しい・・・


今回はいよいよ織りに入るための準備として自分が紡いだ糸の長さを確認し、9寸幅に織るために、
何越し分の糸があるのかを計算しました。

それからデザインに入りました。
条件は自分が紡いだ糸は全て使うデザインであること。
できれば1本1本の糸の形がわかるよう、ベタ使いだけではなく地糸と混ぜる箇所も入れて下さい、
というものでした。
赤や青などの色糸を使う使わないは自由。
毎回条件は同じです。

しかし、デザインというとどうしても自分の思いが強く出て、紡いだ糸のことは忘れてしまうようで、
思い通りにいかず悩んでばかりで前に進めません。
私は自己表現系の織物実習をしましょう!とは言っていません。

自分の紡いだ糸の形を見つめる布を織って欲しいのです。
まずは紬布の風合いや糸の力を知ってほしい。
色やデザインは後からでいいのです。

自分の糸を使い切った時に生まれてくる図案と出会えばいい。

真綿を引き出して生まれてくる糸の形はどうなんだろうか?
美しいのか?細いのか、太いのか?
そういうことと出会うための織物実習です。

自分の小さな頭の中だけで考えたり、どこかで見たような紬織りのイメージを真似てみたりの
観念的なことではなく、実践の中からの学びが大事です。

もっと自由に、柔らかな頭で受け入れてみる。
そこからアイデアが逆に生まれてくる可能性もある。
不自由を不自由と思わない自由。

そちらのほうがどんなにか自由で面白いと思うのだけれど。。。

今日、図案が出来上がらなかった人も実習日までよく考えて、あまりいいもの作ろう!とか気負わず、
素直に今ある自分の糸と向き合ってください。

目の前にある、旬の食材を生かして献立を考えたり、調理したりすることと、何ら変わりはありません。

太めに紡いだ緯糸を管巻機で巻いているところ。固く巻きすぎてしまう人もいましたが、糸を伸ばさないようほどほどに紡錘形にまきす。






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第5回紬きもの塾  桜で染める

2013年08月01日 | 紬塾 '13~'16


今年も暑い盛りに桜染の講習をしました。内容は過去の紬塾ブログも参考にしてください。

一人で染色するときは自分の仕事を次々と段取りよくやることに専念すればいいのですが、
二人ひと組になってもらい3組に別の作業を同時進行してもらうには、私は頭をフル回転させながらみんなに指示をし、していることのチェックもしなければなりません。
歳のせいかなぁ?結構疲れました~

さて今回は先日手つむぎしてもらった糸と古くなった半衿、帯揚げの白生地を染めました。

媒染は無媒染と灰汁媒染をしました。
本来は灰汁媒染は時間をかけるものなのですが、多少短縮版で行いました。

桜は葉と小枝を一緒に煮出しました。
枝葉を分けてもいいのですが、今回は煎汁で分けてみました。

煎汁はだんだん薄くなるというだけではなく色の違いも出てきます。
部位を分けたり何煎目かを分けたり媒染剤で分けたり、またその順列組合せでも広がっていきます。
更には季節でかなりの違いもあります。
工夫と自由な発想をもつことの面白さを桜は教えてくれます。

学校でも社会的にも刷り込まれている先入観、固定観念、あるいは人がなるべく考えないように過剰に簡単、便利な暮らしの道具たちのせいか、人間本来の感覚は残念ながら鈍ってしまっているように思います。

このささやかな染色体験が少しでも感性を刺激し良い方へ生かしてもらえると嬉しいです。

大事なことは一人ひとりが自然やモノをよく観察して自分で気付き発見し、考え工夫して実践することです。

「煮出しの時間は何分ですか?」という質問に、「煮出しの色を見ながら決めます」と答えました。
そういうふうに書かれた染色の技法書はないでしょうね。。。

でも私はそれが本当の技法書や教えだと思います。

昨年出版した作品集『樹の滴―染め織り着る』も「これまでにないもの」と言われましたが、
シュルレアリスムな(!?)超現実(主義・主張ではない)、本当の現実を書いた技法書も書いてみたくなりました。
売れないでしょうけれど、、、実現したらその技法書自体がアートと言えるでしょう。
本当のことを気づかせてくれるのがアートや自然です。


参加者にも今まで草木染の講習を受けたり、化学染料を中心とした仕事をしている方もいたのですが、私のやり方はそれとはだいぶ違ったようです。

みなさんに感想を聞くと、今まではものを見ないでマニュアル通りにしていただけだったり、思い通りの色になるまで無理やり染めていくやり方だったり、糸の洗い方一つでも違っていたということでした(綛の持ち方一つで糸は毛羽立ったりします)。

煮出しを担当してくれた方が、「桜の煎汁はかすかにとろ味を感じた。そして美味しそうに(桜が)ほっこりたけた煮物のような匂いになったとき、煎汁は薄くなっていた」と感想をもらしてくれました。

料理の感覚もおいしいお茶を入れることも、草木の生木を使うときは一緒です。
美味しいコンソメやお出汁を取ることが料理では大事ですが、桜のお出汁で糸や布を炊くのです。
よく煮含められるよう火加減や時間は状態を見ながら、またしっかりとした味になるよう時には一晩煮汁に漬け込むこともあるのです。

そして最後は日々の洗濯も染色の同一線上のもので、繊維の汚れや汗をどうとればいいのかを布と向き合っていくこと、と締めくくりました。

炭酸塩での洗濯が私はほとんどです。参加者にもお勧めしました。
糸の精錬(セリシン除去)もアルカリ剤(私は灰汁ですが)を利用しますが、汚れも落ちて白くなるのです。
衣類や布ナプキンについた経血もほとんど白くなります。

今年も水不足ですし、すすぎの簡単な炭酸塩を是非試してもらいたいです。
炭酸塩の洗濯ははネットで検索してみてください。
洗濯槽の汚れ取りにもいいようです。

汚れと向き合う洗濯も楽しです。










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第4回紬きもの塾 糸をつむぐ

2013年07月19日 | 紬塾 '13~'16


真綿から久米島式のやり方で糸をつむぎました。
結城の「つくし」という道具でもつむぐこともできるのですが、着尺よりも少し太め(1.5~2倍)の糸をつむぐには真綿を開いてかけるこのやり方がひきやすいのです。

少し太めの糸は均一につむぐのは細い糸をつむぐより難しいのですが、みなさん途中で糸を切ることもなく(切れた場合のつなぎ方を見せるチャンスはありませんでした)淡々と1時間20分の制限時間を一生懸命真綿と向き合っくれました。



唾をつけてつむぐのが一般的ですが、水でも大丈夫です。

真綿は木綿やウールよりも糸にするのはたやすいです。
手のひらの湿り気だけでも糸がまとまります。

撚りをかけなくても織り糸として使うことができるのです(のり付けは必要)。
しかし着尺のための糸を一反つむぐには大変な時間を要します。
一日中糸をつむぐことは無理で、指先が絹の強い糸では割れてきます。
結城の糸つむぎの工芸士さんもよく指先に絆創膏を巻いています。
大変な仕事なのです。


しかし、もう私が使っている糸は紡ぐ人がいなくなり在庫の糸を大切に使っていくしかありません。
私自身も糸をつむぐことは好きですので歳をとって機織りができなくなったらどなたかのために糸作りをしたいと思います。

みなさんも難しかったけれどもっとやりたい!という声も聞かれました。
真綿から糸を引き出す時の音に感動した人もいました。

人は糸をつむいだり、織りをしたり、縫い物をしたりすることは人間として生きてゆく“野性”としてそなわっているものなのでしょう。
地味だけれど豊かな時間を過ごすことができます。
こういう仕事を捨て去ってはいけないと心から思っています。
こういう仕事でもなんとか食べていける社会だといいのですが。。。

とにかくその一端を体験してもらうためにこの講座を設けています。




前半と後半の2グループに分かれて行いましたが、3時過ぎに2グループが合流できるようにしていまして、アイス抹茶と麩まんじゅうを食べてもらいながら歓談を少々いたしました。
みんな楽しそうでした。
マイカップも持参してもらってます。
私はお茶とお菓子だけは用意しますが、接待することよりも、講義やみなさんとの会話に集中したいからです。
各自でお茶も注いでもらったり、セルフです。

アイス抹茶は濃いめにお抹茶を点て、氷を入れた煎茶器に注ぎます。お砂糖が少し入ってますのでお菓子がなくても美味しいですよ~。お試し下さい!

さて次回は染色ですが、クーラーなしで暑いので、風通しの良い涼しい格好で来てください。












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第3回紬きもの塾'13 とことん着尽くす・麻の伊達じめを縫う

2013年06月20日 | 紬塾 '13~'16
着物の仕立て替えや染め替えなどの私物の実例を見てもらいながら話を進めました。
着物は本当に合理的に考えられていて先人の知恵に頭が下がるばかりです。
この文化をもう一度現代の暮らしに生かしたいものです。
着物は高額なものと思われていますが一概には言えないのでは?

大正の初めの生まれの伯母の着物が染替えられ母の羽織になり、その余り布を私が見つけ出し、繋ぎ合わせてもう一度私の丈の長い羽織に仕立て直し、今も健在で私が着ているのですから。。。

前身ごろをワイン染めにした(元は桜染めなんですけど…^^;)自作の着物を漂白剤と炭酸塩で洗って、表裏を返して前見頃と後ろ身頃を交換してよく着ているピンクの着物があるのですが。。。。←意味わからない?
とにかく更生がきくところがきものは凄いのです!!


後半は麻の平織りの襦袢地から伊達じめを1本縫ってもらいました。
何種類かの麻生地を使ってきましたが、今回の麻の平織りの生地が硬すぎず、柔らかすぎず、ちょうどよさそうです。

運針を一人ひとり見ていきました。ほとんどの方が習ったこともなくできなかったのですが、
少しずつ格好がついてきまして、右手の親指と人差し指の中に溜まってくる縫われた布を、針を抜かずに右手だけでシュッと糸こきが出来るまでになりました。

コツをつかめばなんということもないのですが、私は高校生の頃、母の運針と糸こきを見ながらなんとも不思議で、やってみても始めはうまくいきませんでした。
「そうじゃないよ、こうやるの」と何度もやって見せてくれました。
お陰で今はなんなくこなせてますが親とはありがたいものです。



縫い上がった人から2尺指しで表へ引き抜いているところ。

多少難アリ… ^_^;ではありましたが、縫い目にキセをかけるとそれなりによくなりました!
キセでごまかしてはいけませんが和裁はうまいことできてますね!
キセってスゴイ!品や床しさを感じます。

針は絹用の「四ノ三」を用意し使ってもらいましたが、縫うときに力が入ったのか折れてしまう方も二人いました。
指の長さなどもありますので自分に合う長さ、生地によっての使い分けも必要だとは思います。

木綿針ですとこの麻の襦袢地には太くて滑らず、並縫いをするには縫いにくかったのですが、初心者には太いほうが安定して縫えたようです。
私ももう少し針のこと研究してみます。

せっかく指ぬき(並縫いには革製がすべらずよいです)も当てて運針ができるようになったのですから、手ぬぐいを縦に二つ折にして端から端まで運針の練習をするとよいのではないでしょうか?

並縫いさえできれば腰紐や着物を包む風呂敷なども古布や端切れを接ぎ合わせてオリジナルのものを作ることもできます。
そんな機会も持てると楽しいのですが。。。












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第2回紬きもの塾ーー糸の力、色の神秘

2013年05月14日 | 紬塾 '13~'16


ある一時期に桜で染めた糸です。ほんの一例ですが、みなさんに見てもらいました。
この時期を経て生の草木で透明感のある色を染めるにはどうするのがいいかが少しわかってきました。
タイミング良く染めると発光するような色が染まります。
それにはよく観察しながらいろいろと試してみることです。
技法書は参考程度でいいのです。
また先入観を持たないで創意工夫することはなにより大切です。
今でも日々染も織りも発見があります

桜は何色ですか?という質問になかなか答えることはできません。
日本の色名を駆使しても、印刷用の色見本でも足りません。
「ピンクです」という答えがもっとも受けやすいのですが、、、それだけとは限りません。
生きた色とはは何か?
平板なベタっとしたものではなく光と影で生み出されてくる、立体的なもの。

いい色を引き出すためには、状態を注意深く観察します。
美味しいお茶を茶葉の声を聴きながら淹れるように。
こんな話を今回はさせてもらいました。

この日も目一杯話してしまい、帰りはバス停までみなさん急ぎ足となりました。

終わると私はぐったり、ビールで息を吹き返しました~。


参考までに2001年から年3回発行していた『櫻工房便り』創刊号の表紙と裏だけですがご覧ください。

12年前のものですが今も昔も同じこと言ってますね。
笹山さんの文はいいね!です。

片付けていて出てきたのですが、少し残っている号もあります。
まだパソコンも持っていなかった時代でとても苦労して作りました。
知り合いの建築家の事務所の簡易印刷機で100部手づくりしました。
色がうまく出なくて本当に困りました。3年間のNo.9で終わりました。

当時川崎市麻生区王禅寺に工房を構え「自分の着物は自分で織る」というコンセプトで10年にわたり20名ほどの人に織りの指導をしてきました。

趣味ではなく“着る”という確約のもとに受け入れ指導を始めました。
私と同じ糸で私と同じ機、やり方で、でもその人のカラーも引き出せるよう自分の作品を作る以上に配慮はしたつもりです。
そんな日々の、仕事に対するは発見や反省を日誌に綴ってもらっていました。
みんな一生懸命でした。

もう創刊号は残部がないのですが残っている号も5~6号あります。6~8頁建て。
「布の美展」会場で販売できると思います。

糸の貼付のないもの3ツ折りのあとのついているものなどB品もありますので1部 300円でお分けします。
ただ、今読んでもとてもとても貴重な内容だと思います。
捨ててしまうのは惜しいので是非興味ある方に読んでもらいたいです。

ご希望の方はかたち21の問い合わせ、katachi☆mbr.nifty.com(☆を@に変えてください)からお申し込みください。氏名、ご住所、電話番号をお書き添えください。
今立て込んでますので発送までお時間をいただくと思います。





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第5期 紬きもの塾’13開講

2013年04月26日 | 紬塾 '13~'16


お昼過ぎには雨も上がり、紬塾の新しいメンバー7名が櫻工房に集いました。
20代~3、4、5、60代?と幅広い年齢層で、布が好きな方、着物を着始めている方、着物は好きではなく、振袖も着なかったけれど後悔する気持ちもある方、着たいけれど自分で着付けができない方、織物に興味のある方など様々です。
でも今期も気持ちのよい方ばかりでホッとしています。

自己紹介のあとはまずは私の師である紬織り・絣織りの人間国宝宗廣力三先生の作品集(日本経済新聞社刊)からじっくりと見てもらいました。

先生が亡くなられて29年が経ちました。
一般の方は宗廣作品をご存知ない方も多いのですが、東京近代美術館、神奈川近美、岐阜県美、新潟市美などにも収蔵されていますし、来年は先生の生誕100年にあたり宗廣門下生の作品展も予定されています。
もちろん先生の作品も展示されますのでまだご覧になったことのない方は見ていただきたいと思います。
もっともっと知られて良い仕事だと思います。

作品集図版のアップを見ながら「この絣はこうやって織ってあるとか、色数は少なくても糸を一越し、ふた越しと地糸と混ぜながら陰影をつけている」など、説明をさせてもらいました。

難しい絣も研究生がみんな織ったものですが、鍛えさせてもらったお陰で36年経った今でも体が覚えていて、しばらく振りの絣でも織れるのですから、若い頃に鍛えておくことはとても大切なことですね。






産地の紬とも違う、自己表現だけの仕事でもなく、洗練された普遍的な美しさを持った紬だと思います。
シンプルなデザイン、色、でも奥行きがある。
また着た時にも帯や着た人が映えるように考えられていると思います。

先生とは同じものは作ってはいけない、独自な世界をと思って仕事してきましたが、根本的な大事な部分は受け継がせてもらったつもりです。

先生は着物の将来を30年前にも心配されていましたが、でもこんな時代こそ本物の仕事をしなさいとおっしゃられていました。

着物は人々の暮らしの中に生きてこそのものです。私も作り手として、使い手として及ばずながら本物の仕事を目指して力を尽くしていこうと思います。

お陰さまで紬塾も5期と続いてきました。
今期もよろしくお願い致します。


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