散歩、旅行そして海外滞在の写真備忘録

過ぎ行く時間の中で、心に残り、蘇る記憶を、「私の写真備忘録」としてここにまとめたい。

2004.03.19 金 南部砂漠旅行 クサール・ウレド・スルタン

2006-06-30 20:44:53 | 回想・チュニジア日記
クサール・ウレド・スルタンは、この旅行で訪れたところでは一番南に位置する。
しかし、ベルベルのクサール、すなわち蒲鉾状の倉庫の遺跡も三箇所目になるとさすがに「またか」という気にもなる。
しかし、クサール・ウレド・スルタンのそれは、もっとも高さがあるように思った。形も整って見える。
いずれにせよ、曲線を豊富に使った自由な、遊びの多い形になっている。随分自由闊達に見え、見ていて疲れを感じさせない。






camera: Nikon CoolPix C4500

2006.6 トルコツアー コンヤ

2006-06-30 18:09:20 | 海外旅行
パムッカレからコンヤまで、バスは西に向けさらに410kmも走る。
コンヤは13世紀、セルジュクトルコが都とした町という。

コンヤにはちょっと立ち寄っただけという気がする。
しかし、バスの車窓から見た町の表情は明るく、垢抜けて見えた。個人旅行で数日滞在しても、きっと楽しいと思われた。ここも、機会があれば又ゆっくり行ってみたいところだ。

見物したのは、メヴラーナ博物館。ここは、13世紀にイスラム神秘主義メヴレヴィ教団を創設した導師ルーミの霊廟である。メヴレヴィ教団は「踊る宗教」で知られている。
ちょうど土曜日。若い人たちが沢山参拝していた。ガイドの話では、大学受験合格祈願に来ているのだという。どこかの国と同じだ。
そこで、そのような「若い人たち」と短い話ができた。彼らは英語ができるので、一応話が通ずる。我々に対する関心と好意がストレートに伝わってきて、とても気持ちが良かった。

メヴラーナ博物館外観


メヴラーナ博物館内部


メヴラーナ博物館で出あった学生たち

camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5

2006.06.30 菖蒲町のラベンダーと桶川の紅花

2006-06-30 10:23:56 | 散歩
地域紹介のテレビ番組に触発され、晴れた梅雨時の一日、菖蒲町と桶川にラベンダーと紅花の見物に出かけた。
菖蒲町と上尾は隣り合っていて、東京からも近い。お金はないが時間はたっぷりあるシニアの特権を利用し、関越高速は使わずにスローなドライブを楽しんだ。
車に篭っている限り、エアコンが梅雨時の蒸し暑さを忘れさせてくもれる。もっとも、その分、外には熱気を振りまいている。燃費も落ちる。そんなで本当に良いのかなと微かには思うが、快適さを捨てさせるほどの心の呵責にまではならない。

さて、菖蒲町のラベンダーは、菖蒲町役場周辺で見ることができる。ちょうど「ブルーフェスティバル」の最中だった。しかし、強い日差しのせいか、花にいまいち元気がなかった。代りに、花の間を元気に飛び回るクマバチの姿を楽しめた。

桶川では二ヶ所、「べに花ふるさと館」と城山公園の近くの畑で紅花を「観賞」した。両方ともそう広いわけではなく、何分にも畑であるので、「観賞」という目からは今一。しかし、桶川とか上尾の一帯が、江戸時代から紅花の「産地」であったことを始めて知った。

(クマバチとラベンダー)


(桶川、城山公園近くの紅花畑)


(紅花)

camera: Olympus E-330,
lens: Zuiko Digitsl 35mm/f3.5

2006.6 トルコツアー パムッカレの石灰棚

2006-06-29 20:47:01 | 海外旅行
パムッカレの石灰棚をぜひ実際に見たいものと、かねてから思っていた。
以前、雑誌でだかテレビでだかで見た、不規則な形をした白いプールを段状に並べた様な「棚」に青空色の水をたたえている光景にとても惹かれたからである。

エフェソスから西に約190km、バスがパムッカレに近づくと、真っ白な切り立った丘のような地形が遠くに見えてくる。パムッカレの石灰棚はその丘の上にある。

入り口から裸足になり、石灰棚に入っていく。以前写真だかテレビでだか見た、あの同じ風景。
ただし、石灰棚から眼下に広がる町と畑が広がり、さらにその向こうに山並みを見渡す、パノラマのような風景になっている。それら全体が、まさに「眼福」の気分にさせてくれる。
しかし、一部で水が枯れた棚があったのが気になった。豊かな水があることでこの風景が100%の価値をもつのに、と少し残念。

パムッカレは、古代ローマの時代に栄えた町だったとか。さらに、ビザンチン時代には、キリスト教にとっても重要な町でもあったとか。
石灰棚だけでなく、ここもまたかつての豊かな歴史の遺跡にも恵まれた地でもある。

トロイからここまで、いくつかの遺跡を見るにつけ、古代においてこのあたりは人類の文化の中心をなしていたことが良くわかる。つい、ギリシャ・ローマにだけ眼が行ってしまっていたが、それにこのあたりも加えて一緒に考えるべきであることが良くわかる。






camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5

2006.6 トルコツアー エフェソス遺跡

2006-06-28 18:00:24 | 海外旅行
かつてはエーゲ海に面した港を中心に発展したローマ帝国の都の遺跡である。
トロイと同じく、長い年月の中で海は川から運ばれた砂で埋まってしまい、この遺跡は海から離れた遺跡となっている。
とにかく広い。六月の晴天下、日差しは強く、遺跡の中をガイドの後についていくのがしんどかった。

遺跡そのものは例により殆ど「がらくた」になっている。美しいとはお世辞にも言えない。
ただ、大きな図書館の跡が比較的良好な形で残っているのが他のローマ遺跡と違うところか。
いずれにせよ、2000年も前にこんな町を作り上げる古代ローマ人の土木建築技術あるいは文化には恐れ入る。コンピューターも重機もなしで作り上げるのだから。
現代の我々の文化は、一体、何が本当に進んだと言えるのかとつい思ってしまう。

殆ど緑がない大理石のがらくたの塊を集めたような巨大な遺跡の中、所々に咲く花が、我々ツアーの疲れを癒してくれた。

クルスス図書館


クレテス通りよりクルスス図書館を望む


クレテス通り路傍のポピー

camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5

2004.03.19 南部砂漠旅行 クサール・ハッダダ(Ksar Haddada)

2006-06-28 17:54:53 | 回想・チュニジア日記
ここも、かまぼこを並べ、重ねたような建造物(穀物庫)を特徴とするベルベル人の「遺跡」である。
そのユニークな形から、ここは何と「スターウォーズ」の撮影に使われたという。
しかし、手入れが余りなされていなく、荒れた感じがする。
そのせでもないのだろうが、観光地の「しつこさ」もなく、ひなびた感じが良かった。
周囲はもう「ひなびた」ではすまないような、乾いた褐色の荒涼とした大地。このようなところに住む人々の生活と生活感覚は、我々日本人にはなかなか窺い難い。






Nikon CoolPix C4500

2006.06 27 ヒスイ色の屋根の寺 隆崇院

2006-06-27 20:57:14 | 散歩
品川区上大崎にある隆崇院。
目黒駅から目黒通りを高輪方面に向かい、首都高速との立体交差を過ぎてちょっとの所を南に入った所にある。
周囲は、ちょっとした寺町になっている。

このお寺は、普通ならあまりありがたみが感じられない鉄筋コンクリート作り。しかし、ここはびっくりするほど凝った造りになっている。
特に瓦屋根。釉薬をかけたような光沢のあるヒスイ色。青い瓦の屋根の寺は谷中で見たことがあるが、こんなに鮮やかで艶やかなのを見たのは初めて。
屋根のてっぺんにある火炎を模したような大きな飾りも立派。

庭の木立も深く、梅雨時の日差しの中、汗でべっとりした背中を涼やかにしてくれた。




camera: Lumix DMC-FX9

2006.6 トルコツアー シリンジェ(ギリシャ人の村)

2006-06-27 20:10:48 | 海外旅行
朝イズミルを発ち、エフェソスに向かう途中「寄り道」した村である。

バスは、オリーブの木が茂る山間の細い道を上っていく。相当高所にまで上ったなと思うと、突然かわいらしい村落が出現する。白い壁と赤褐色の瓦屋根の家が、山肌に寄り添うように集まっている。村の中の道は古びた石畳。

ここに着いたのは朝早い時間帯だった。観光客は我々だけ。土産屋もまだ店開きを準備中。
村の人は木に登って野イチゴを大きくしたような形の実(色は白、甘い!)を落とし、集めたりしていた。
角度の低い朝の光が、村のあちこちに変化豊かに溢れていた。

この村の特産は、ワイン、手編みレースなど。







camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5

2006.6 トルコツアー ベルガマ

2006-06-26 20:39:01 | 海外旅行
ベルガマはトロイの東南約200kmに位置する。

ベルガマの別名はペルガモンと言うそうだ。
私には、「ベルガマ」という名前は今回の旅行で始めて聞く事となった。しかし、「ペルガモン」となると、恐らく、子供の時分にわくわくしながら読んだ何かの歴史物語の中で出ていたからだろう、私にとっては何となくロマンチックな響きを持つように聞こえる。

この町には、その名の通り、アレキサンダー大王の遺産を継いだペルガモン王国の遺跡がある。
遺跡は、山とでも言えそうな小高い丘の上から町を見下ろしている。そこに登ると、殆ど360度のパノラマを楽しむ事ができた。
小高い丘を利用している点だけでなく、外部からの侵攻に備えた堅固なつくりを今でも感ずる事ができる。それは、部族と部族、国と国、あるいは民族と民族の間のせめぎあいの苛烈さが偲ばせるのに十分。
こうした歴史・経験をDNAに蓄えている現代の人々には、日本人には想像もできないような性向があるのではないかと思ってしまう。

この丘に上る途中にある町並みは格好の写真被写体のように見えた。観光用の佇まいは全く無いが、家々の配置、形、色、古さを感じさせる質感などがとても良い。
今回は残念ながらバスの車窓から眺めただけ。機会があればもう一度訪れたいと思った。

遺跡の丘から見下ろすベルガモの町


トラヤヌス神殿跡


野外劇場跡


camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5

2006.6 トルコツアー トロイ

2006-06-25 20:56:01 | 海外旅行
トロイは、トロイア戦争の伝説、特にその中の木馬の話で良く知られている。また、シュリーマンの発掘によりそれが単なる伝説ではないことが証明された事で有名だ。
ガイドの話によると、シュリーマンは出土物の大部分をトルコに献上するとの約束のもとに発掘を始めたとか。しかし、終わってみれば掘り出したもの全てを故国ドイツに持ち出してしまったとのこと。
そのため、現在トロイアに出土物は殆ど残っておらず、ドイツのどこやらの博物館でしか見られないとか。
この話は、今回はじめて知った。ひどいことをするものだ。シュリーマンは偉大と尊敬すらしていたが、ややがっかり。
結果的に、現在の遺跡は過去の繁栄の残骸のみ。まさに「つわものどもが夢の跡」である。
今ここにある、取ってつけたような観光用の「木馬」が悲しく見えたりする。

トロイはチャナッカレからはバスですぐ。ダーダネルス海峡がちょうどエーゲ海に出る地点に位置する。
その位置の有利性から、かつては港を中心に繁栄したと言う。しかし、現在トロイの遺跡に立つと海ははるかかなたに見える。川が運んだ土砂が海を埋めてしまったのだそうだ。トロイが栄えた時代は、それ程昔のこととなっている。


camera: Olympus E-1
lens: Zuiko Digital 14-54mm/f2.8-3.5